山下敏明さんのあんな本、こんな本

第039回 「造本を楽しむ」、読書のもう一つの楽しみ

`93.09.01寄稿

本の造り方には色々な方法がありますが、その一つに経本(きょうほん)仕立てと言うのがあります。経本を言うのはつまり、お経の本で、そのように折り重ねられて、一冊になっているものが、広げると一連らなりになって裏表とも読むことの出来る本です。私もこの作りの本を何冊か持っています。右にあげたのは作家深沢七郎が自分で折った文字通り手造りのほんです。この手の本で、私が特に大事にしているのは「現世経」2巻本です。「みちのくの人形たち1

これは、ペルシャの11世紀頃の詩人オマールカイヤムの「ルバイヤート2 」(四行詩のこと)を。英国のフィッツジェラルドが訳したものを更に学匠(がくしょう=学者)詩人の矢野峰人(ほうじん)が邦訳したもので、「この世を楽しめ』と言う思想、もっと平たく明確にいうならば、「酒と女を楽しめ、生きているうちは」という考えに満ち満ちた世に名高い詩集です。

この生きている間の楽しみを大事にしようとのカイヤムの心を汲んで、矢野は「現世経3 」(げんぜきょう)と訳した訳です。

現世(げんせ)はこの世のことで、仏教では(げんぜ)と読みます。この世の楽しみを詠った一例を示しましょう。

第24の歌「われら又身の塵土(ちりひぢ)とならぬ間(ま)に心ゆくまで現世(うつしょ)の時過ごさばや

塵に出て塵にとかへり。酒、歌も。歌姫も無く果もなく眠る身なれば」

この詩をくだいていうと、「お金は好きなように使ったほうがいい。やがて我々も土になってしまう。地下には酒もないぞ、歌もないぞ、ましてやいい女もないぞ」といったものです。

この「ルバイヤート」のペルシャ語原典からの訳は岩波文庫にあります。

さて、先年 林あまりの歌集「ナナコの匂い4 」が出ました。林あまりはクリスチャンながら、男と女の間柄を大胆に詠う女人で、そうした意味では詩の伊藤比呂美と、川柳の時実新子と並んで、いわゆる御三家の1人です。

この歌集の中味も。例えば「おちんぽを握って自分で入れる時(コンセントみたい)とほほえむナナコ」といった具合のものですが、私の興味をひいたのは、その歌よりも。その本の造りです(ホントカナ?)

先の「現世経」は全長5m余りでしたが、この本は全長8.5mの本で、いわゆる経本仕立てなのですが、発行元は、ナント、「アコーデオンスタイル本」と名付けました。

成程なあ、「アコーデオンスタイル本」か、「経本仕立て」といっても、今どきの若い人にはわからぬもんな、と私は感心ンしました。ところが今年に入って、今度は大型な上に全長7mという折りたたみのつまりは、これ又経本仕立ての本がでました。「アルゴー号の大航海5 」評論社です。

物語は「金羊毛皮」を求めて古代ギリシャの英雄達が、エーゲ海、黒海、地中海を航行する大冒険飄です。縦40㎝横18㎝の大型の紙面一杯に登場人物が躍動しページを捲るにつれて、「アルゴー号」の航海の行程が目に見えるような臨場感(りんじょうかん=実際にどの場にいるかのような感じ)あふれる本です。

まるで,地図をたどっているかのような本だなあ、と思ったら、発行元が、この経本仕立て本につけた名前が、いみじくも「ビジュアル。マップ。ストーリー』。又しても、成程なあ....です。

かくして、造本上、「経本仕立て」という歴(れき=はっきりとした)とした名を持っている本が、世につれて、「アコーデオンスタイル本』となり、「ビジュアル。マップ本」と変わる面白さ、いや情けなさ。

さて、本は仕立てのほかに色々な型値のものがあります。 真四角の本、三角形の本。まん丸い本、長方形、とは言え、飛び抜けて長い本、それを横にした飛び抜けて横長の本、

一つの本の中に、違った二つの物語が入っている本もありますこれは同一ページ上にA,B

二つの話しが収められると言った仕掛けです。という訳で、内容は言わずもがな、造本上、或いは造形上、面白い本を集めるのも、読書と関連した別の楽しみなのです。


  1. 深沢七郎.みちのくの人形たち.夢屋書店(1979) []
  2. オマールカイヤム.ルバイヤート.岩波書店; 改版(1979) []
  3. 矢野峰人訳.現世経.大雅堂(1959) []
  4. 林あまり.ナナコの匂い.マガジンハウス(1988) []
  5. ジョバンニ・カセリ.アルゴー号の大航海.評論社(1993) []

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