第046回 犬の気持ちの何分の一かを持てば!

`94.1.28寄稿

私が子供の頃には、町中でよく番った(つが)ままの犬をみかけるものでした。つまり交尾が終わったものの,離れる事が出来ず尻と尻をくっつけたままでいる犬達です。

とここまで読んだ22歳のバイト嬢真理子が,この状態が全然分からぬと言います。「はて?この子かまととかしらん」「何と説明したらよいものやら?」「そうだ!!」

「ロフテング作の『ドリトル先生』は知っているね、その『アフリカ』行きの巻に『この動物は、しっぽがなくて、そのかわりに前と後ろに頭が一つずつついていて』と言う珍妙な動物が出て来るんだが,そいつを井伏鱒二先生は『オシツオサレツ』と訳した。うまいもんだなあ。妙な時に引き合いに出して、巨匠には、まこと失礼したけど、番ったままと言うのは、かような有様に各各後脚を足した犬を想像してもらえばいいんだがね。」

 

 

さて「犬が西向きゃ尾は東』と思いきや 然(さ)ならず、で畜生ながらなにやら狼狽気味のこうした犬を見ると,大人達は必ず彼と彼女が離れるまで,バケツで水をぶっかけるか,竹箒なぞで,ひっぱたくかするのでした。

犬に水をかけると言えば,徳川第五代将軍綱吉の時には,江戸の町人達は町中に桶と柄杓(ひしゃく)を用意した上、番人まで置いて、犬が喧嘩を始めると直ぐに水をかけて引き分けたと言います。

その桶と柄杓には「犬わけ水」と書いてあり、番人の着る羽織には「犬」と言う文字がつけてあったそうですから面白い,,,ではないのです。何故??って。世に犬公方(くぼう=将軍)様と呼ばれた綱吉が「犬を大事にせよ」とて、有名な「生類憐れみの令」(しょうるい=生あるもの、あわれみのれい)を出していたからです。そのおかげで犬が怪我をしたり、死んだりしたものなら黙って見ていた町人達の責任になったからです。

この世にも奇態な法令の可否(=よしあし)を鮮やか解明したのが板倉の本です。

「生類憐みの令1

さて、今年は戌(いぬ)年だと言うのに、正月早々富山県で中学校のグランドの鉄棒に、犬を首輪ごと吊るし、それで足りずに顔にスプレーをかけて殺すという事件が起こりました。

どこのタクランケ(=馬鹿者、北海道弁)が、かくもむごいことをやってのけたのでしょうか。

江戸時代には、故意、又は過失で過失で犬を殺した者はどうなるか。慶安4年(1651)に犬を殺して食べた者は引き廻しの上、はりつけにされ、又寛文11年(1671)には、犬を盗んで殺した男を、薩摩に(=鹿児島県)に流刑にした,,,という話しが塚本の本の中の「御犬様始末』に出て来ます。この本も新しい発見に満ちた本です。

「生類をめぐる政治2 」今は平凡社ライブラリーの廉価版になってます。

ところで、当節の犬事情は如何なる者でしょうか?全国各地の自治体は「犬収容箱」「不要犬ポスト」「犬留置箱』などと呼ばれる箱を設置しているそうです。

「私は、もし全ての人が、この犬の気持ちの何文の一かを持っていたならば、世の中は今よりはるかに明るくなるに相違ないと信じます。」「犬の生態3

戌年最初の「あんな本・こんな本』ですが、この平岩の言葉にまさる、戌年にふさわしいメッセージは、そう ざらにはないと私は思います。さて、今年もよろしく御愛読の程を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  1. 板倉聖宣.生類憐みの令.仮設社(1992) []
  2. 塚本学.生類をめぐる政治。平凡社(1983) []
  3. 平岩米吉.犬の生態。築地書館(1991) []

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