第140回  史実と真贋

`99.1.13寄稿

高野長英は、江戸にかくれ住んでいた時、例えば冬、落葉、枯葉を家のまわりに敷きつめて、捕っ手が迫った時にも、そのカサコソを踏まれる音で危険を察知出来るような工夫をしていた、・・・・・・ と、私が二昔も前に読んだ「高野長英伝」に書いてあった。然くし、実際に十手捕縄にかこまれた長英は、逃げる間もなく・・・ となると決然と自殺、つまり自刃(じじん=刀で自決すること)して果てた。 ・・・・と言うのが、今迄の長英の最後だった。何と壮烈な最後だろう!! が、吉村昭はこれを否定する。吉村は長英を捕らえに行った同心(下級の役人)の「加藤」なる人物の証言を掘り起こして来て、長英は殴り殺されたのだと結論する。つまり、高度な捜索能力を誇っていた幕府の警察体制を小馬鹿にするかのように逃げまわっていた長英に対して、追う側は、長英憎しの念に焼えていて、・・・・ 発見するやよってたかって有無を言わせず叩き殺したのだと言う。まあ、いずこの国でも機動隊がデモ隊におそいかかる時のすさまじさには目をそむけるものがあるけれど、長英におそいかかった幕府の捕り手達の気持ちは、吉村の言う通りだったのだろう。では、何故、それが自殺とされたのか?

私は、この本「史実を歩く1 」に出てくる本を全部、発行時の単行本で読んでいるが、その文庫版のあとがき他を集めた本、飯を食べながらでも放したくない程、面白い。

私は、世人が「批評の神様」とあがめる小林秀雄なる御仁が大嫌いだが・・・ と言うよりも、ずっと、「ウサンクサイ人物」と思っているのだが、その小林について本書「真贋・考2 」にこんな話が出てくる。「〜小林秀雄は新「佐野乾山」を真作としたひとりであった。彼は贋の良寛(1758−1831)の軸をつかまされたと知った時、名刀一文字助光で切って捨てたという。では新「佐野乾山」が贋作と知ったらどうするのだろうか。少なくとも新「佐野乾山」に一文字助光の助けをかりることはない。沢庵石の上で持っている茶碗の手を放せば、地球の重力がすべてを解決してくれる。〜」

江戸中期の陶工、尾形乾山(おがた けんざん)のニセモノ出現の時の話である。いや小気味よい。「ニセモノ」についての本、色々読んできたけれど、この本、その中でベスト3に入れていい本だ。ニセモノに振りまわされる○○東大名誉教授だの、○○美術館館長だのの実態がわかってくると、「いい仕事してますなあ」のチョビヒゲの方が何やら偉く見えてくるぞ・・・・と言ったら、失礼か。

子供の頃、活動写真、いや映画で東野エイジロウが出てくると嫌になったもんだ。なにしろ意地が悪いか、根性が悪いか、と言った役所(やくどころ)ばかりで、・・・ そう言えば進藤エイタロウなる役者も好かんかった。それがいつの間にやら、好々爺(こうこうや=やさしいおじいさん)になって、挙句の果てが、黄門様になったのにはおどろいたなあ。

この本「黄門さまと犬公方」、どこが面白いか? はあえて言わぬ。只、是非とも、鈴木一夫の「水戸黄門の世界3 」(河出書房刊、¥1.900)と、

塚本学の「徳川綱吉4 」(吉川弘文館刊、¥2.000)の2冊と合わせて読んで呉れると、面白さが倍になるとだけ云っておきたい。

「私などは岩波文庫を買った記憶など十回を出ない。余計な憎まれ口を叩くにも及ばぬが、文庫本ばかりを書架に列べて、その量の殖えて行くのを喜こんでいる人達は、まだまだ書物好きとはいい兼ねるのではないかという気がする。」と述べる読書家中の読書家の森銑三(もり せんぞう)と柴田宵曲(しばたしょうきょく)の本が、文庫になった。変な話だが、これ読まずに本を語るなかれ・・・ と云う本だ。

今年もよろしく、余白がないので挨拶は改めて。

’99.1.13.(水)


  1. 吉村昭.史実を歩く文藝春秋 (1998) []
  2. 松浦潤.真贋・考.双葉社(1998) []
  3. 鈴木一夫.水戸黄門の世界.河出書房(1995) []
  4. 塚本学.徳川綱吉.吉川弘文館刊(1998) []

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