第144回 秦豊吉=丸木砂土

`99.4.16寄稿

世の中には「清らか」な人が沢山いて、言葉にしても、「そう言うみだらな言葉を使ってはいけない」と直ぐに目くじらを立て、仕草にしても、「日本人ならそうしたかっこうは出来ない筈だ」とか言って ・・・・・つまりは自分の言動だけが世界の汚れをふせいでいるのだ・・・ とガンバッテみせる・・・・ 御大層な御仁がいるものですが、そう言う人が見たら、目玉が飛び出そうな名前を持った人がいました。もっとも名前と云ってもペン・ネームですが、曰く、「丸木砂土=まるき・さど」

これは言わずと知れたフランスの作家で、サディズム(=加虐淫乱病)の名のもとになった倒錯的(?)作品の数々を書いた、サド侯爵(→Marquis de Sado)のもじりです。

丸木砂土は本名、秦豊吉で、

この本名でドイツのレマルクの有名な反戦小説「西部戦線異状なし1 」を翻訳した人です。

「清らか」な人から見ても、これはほめていい行為です。然し、「丸木砂土」の方は、新宿の帝都座で、日本初のストリップ・ショーなる「額縁ショウ」を上演した人です。おまけに「秘密の文学 」なぞと言ういかがわしい(?)書名の本を書いた人です。

私の大学時代に、この本は「ヅツキ本」となっていて、確か¥50。私は早速読みましたが、これは名著です ・・・とは言うものの、「清らか」な人は、この2点だけでも、この人を許せないと思うでしょう。貴方ならどうですか?

目くじらを立てるか、受け入れるか、まあ秦と丸木両人の初めての伝記(行動する異端2 /森彰英 著/¥1.600)。面白いから先づは読んでみて下さい。

ところで、先日、私は「本の話」で、尾崎喜八なる詩人の事を書きました。下がそれです。

本の話★-<265>(1999年3月30日火曜日 室蘭民報朝刊)

前回は「お宝、何でも鑑定団!!」なる番組の、「ウオンテッド」コーナーで出た「水口キセル」についての本を紹介しましたが、また、同番組で40年程前に銀座で買ったヘッセの水彩画に200万の値がついたのを観た人から”ヘッセの水彩画集はあるのか”との質問が来ました。

40年前-ヘッセ-水彩画、と聞きながら、私は昭和34年2月に片山敏彦と清水茂の訳で出た「ヘルマン・ヘッセ/ロマン・ロラン往復書簡3 」(みすず書房刊)を思いうかべました。

これを読んだ時、手紙自体もさることながら、私に深い感動を与えたのは、中に貼布されていた葉書半分大、十数枚のヘッセの水彩画でした。手紙にはさまれたこの美しい小さな水彩画を観て、ロランは非常に喜んで「果実のように甘美で、花々のように笑っている」とヘッセに書いた由。私も見た途端にその淡く明るく、澄んだ美しさに、心をなごむのを覚えたのでした。

私は質問者に残念ながら画集はないことや、95年8月に「知られざるヘルマン・ヘッセの世界展」が札幌の丸井で開かれ、80点の水彩画が展示されたことなどを話しながら、ドイツ文学者、富士川英郎の随想集「読書游心」を思い出しました。

中に「尾崎喜八とドイツ詩人」なる一文があって、「尾崎が初めてヘッセを知ったのは、片山敏彦を通じてのことであり、その”ヘッセを読みたい”一心からドイツ語の勉強を始めたという。それは昭和2、3年頃のことであったらしく、〜”夕べの泉”というヘッセに捧げられた詩は、その感化の真只中から生まれたような詩で、この詩の注釈をうけとったヘッセは喜んで、その返しとして自作の”無常”という詩と、同じ題をつけた1枚の肉筆の水彩画を尾崎に送ってきたという。尾崎のヘッセの傾倒は、その後の生涯を通じて、滞りなくつづき〜、また、詩画集でもある『ワンデルク』の瀟酒な訳本は、原書にあるヘッセの13葉の水彩画の複製をすべて収めた楽しい書物になっている」とあります。

そこで私の連想は桜本富雄の「詩人と戦争 」に移ります。中で桜本は、「12月8日の詩編」なる資料、つまり大東亜戦争の始まった12月8日に感激して詩を作った面々の名と作品のリストを提示しているのですが、そこに尾崎喜八の名もあって、しかも、戦争賛美の詩を8篇も作っていることがわかりました。

そこでまた、頭にうかぶ文章があって、書き手は鶴見俊輔です。「軍国主義になると、大正時代のロランに捉えられた社会主義者、ロランに魅せられた自由主義者、平和主義者、その多くは、軍国主義者の下に恩恵の衣替えをしていく、名前を挙げて言えば、尾崎喜八、高橋健二、高村光太郎、倉田百三、武者小路実篤ら、〜勿論、今挙げた人達は、日本の純文学者であり人道主義者を代表する人たちです。この人たちは自分の立場を軍国主義の中で、変えていく。でも日本人がすべてそうなった訳ではない。戦争中に宮本正清がロランの「魅せられたる魂」を訳し続けて、大政翼賛会が始まった昭和15年から、岩波文庫で出し続ける。これは壮挙です。この他に私が知っている人達は、武谷三男、会ったこともない片山敏彦など、皆さん意外に感じられるかもしれないが、大仏次郎もそうです。」

ここでまた、連想するのは、重本恵津子の「花咲ける孤独-評伝、尾崎喜八-」です。一読者として、尾崎を愛して止まぬ重本は、つらさに耐えて書きます。「〜光太郎と喜八は許されてはいけない。〜なぜなら彼らは善良な人々が心から頼みにしたヒューマニストであったのだから。ロマン・ロランの直系の弟子であったのだから。ロランは第二次世界大戦にあくまで反対し、同国人から憎まれて孤立し命さえ狙われた。また、喜八の心の友であったヘルマン・ヘッセは憎しみより愛が美しく、戦争より平和が美しいと告白したため、やはり同国人から憎悪された。そして南スイスで、ナチスからの亡命者を援助した。こうして彼らが心服し敬愛する師や友が人間の尊厳のために闘っているというのに、それをしなかったということはたとえ日本人だからと言って許されることではない。許されないことによって高村光太郎と尾崎喜八の名は良心を突き刺す棘となっていつまでも私達の心に残るだろう」

つい最近、尾崎訳、G・デュアメルの「我が庭の寓話 」が岩波文庫に入りましたが、尾崎の来し方を知って読むのと知らないで読むのとでは意味が違ってくるでしょう。ヘッセの水彩画に発して連想された本の数々をあげましたが、テレビも読書の刺激になり得るようです。

鶴見俊輔の引用文の中でほめられている片山敏彦は、

私の好きな人ですが、生誕100年とて「片山敏彦の世界4 」(¥3.200)という本が出ました。

呆れた事ばかりが続く毎日ですが、身体と心のリフレッシュのために読んでみてください。

1971年にみすず書房から出た「片山敏彦全集」はずっと入手がむずかしいものでしたが、日本図書センターから復刻版が出ました。全10巻。これはもう直ぐ(室蘭市立)図書館に入ります。首を長くして待っていて下さい。

今回の最後は、晩酌を欠かさぬ私から、下戸の人でも面白い筈ですよ、とすすめるに迷いのない本です。

題して「とっくりのがんばり5 」(与倉・矢島 共著/¥1.800)。

私は、益子は島尾達三の二合徳利を愛用していますが、この本で扱うのはいわゆる貧乏徳利です。以前は、旅行の都度、行った先の地酒を徳利で買って、 100本程持っていたのだけど、新築、引越しの時、手伝いの学生・星野君が欲しがって、お礼に全部持っていかせたっけか、この本、彼にも知らせてやらなくっちゃ。

‘99.4.16(金)


  1. レマルク秦豊吉訳.西部戦線異状なし.新潮社; 改版版 (1955) []
  2. 森彰英.伝記行動する異端.(1998) []
  3. 片山敏彦と清水茂訳.ヘルマン・ヘッセ/ロマン・ロラン往復書簡.みすず書房刊(1959) []
  4. 片山敏彦.片山敏彦の世界.みすず書房(998) []
  5. 与倉・矢島 共著.とっくりのがんばり.TaKaRa酒生活文化研究所(1998) []

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