山下敏明さんのあんな本、こんな本

第149回 ルイセンコ論争とOED編者J・マレー 

暑さにうだりながらも、おそらくはしっかりと飽食しているであろう貴方を,驚かす気持ちはさらさらないけれど、食うものがなく,肉親の肉身を食ってしまった話などが充満しているは本を取り上げよう。

書名は「飢餓」、この本、カバーが真っ黒で,.写りが悪いから,帯に書かれた文章を表とうら共、写してみる。先づは表ー「餓死者3000万!!文化大革命をはるかに上回る犠牲者がなぜ生まれたのか、”大躍進のヴェールを剥いだ迫真のルポタージュ”」次はうらー「毛沢東の”大躍進”は理想郷を建設するための前代未聞の試みだった。毛沢東は,人民公社が地上初の共産主義の楽園を実現させると約束した。ところが現実には最も豊かな穀倉地帯でも,何百万人もの農民が餓死し,生きのびた人々も,食糧は雑草の樹皮だけで,骸骨のように痩せ細っていたのだ。」その結果は,「河南省南部90万の固始県では、200件の人肉食が記録されている」となり,娘を絞殺した父親が”〜かき集めたほんのわずかな食糧と一緒に娘の遺体を鍋に入れました。〜」となる。①1

どうしてこんなことになってしまったのか,著者J・ベッカーはその大いなる原因として、指導者毛沢東の近代科学に対する無知を指摘する。つまり、西洋科学を学んだこともない毛沢東が,スターリンが重用したエセ科学者(生物学者)のルイセンコやミチューリンといった名うての曲学阿世の徒の学説(と言うのも変だが)を本物と確信して、採用したことにあると言う。「曲学(きょくがく)」とは、真理をまげた不正の学問を言い、「阿世(あせい)」とは,世俗におもねる(=へつらう)ことを言う、両語合体して、間違っている学問を使いながら、権力者や世間におべんちゃらをふって人気を得ることを言う。

厄介なことに、こうした輩は権力者の下で、同じく権力を振りまわすことが多い。ルイセンコもミチューリンもそうだった。無学なスターリンと毛沢東、この2人の頭を偽りの科学が毒した訳だ。「極寒のシベリアをオレンジの木でいっぱいに出来る」と豪語した。

ルイセンコは、メンデルに始まる近代科学である遺伝学を、「老いさらばえ、堕落したブルジョアを表している」として排除したが、悲しむべきことに、ルイセンコのエセ科学は日本にももたらされ、少なからざる弊害(へいがい)をもたらした。その辺りの事情を刻明に迫ったのが名著「ルイセンコ論争」で、ここにあげたのは私がもう30年も昔に読んだものだが、嬉しいことに2年前、書名に「日本の」が加わった新版が出た。重ねて言うが」これは名著です。

メドヴェジェフの『ルイセンコ学説の興亡」といういい本もあったけど、これは今では入手出来ぬ。

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尚、毛沢東がもたらしたこの飢饉(ききん)については、これも今は入手不能だが 丁抒「人禍」学陽書房 ’91年刊があったことをつけ加えておこう。

さて話は変わるが、図書館ならば、この事典を置いていない所はない、と言われる(とは言っても当館にはないけれど)程の事典、つまり事典中の事典と言うべきものに、全20巻のOxford English Dictionary (縮めて、OED)と呼ぶ”オックスフォード英語大辞典”がある。この、すごい(というよりはすさまじい)辞典の編者、J・マレーについては、孫娘のK.M.エリザベス・マレーの書いた「ことばへの情熱」があり、邦訳が三省堂から出ていたがこれ又目下品切れとは味気ない。

それは、ともかく、この辞典を編纂するにあたって、マレーを助けた謎の協力者がいた.元陸軍軍医のウイリアム・マイナーだ.ところが、この男は、マレーの前にその姿を現したことは一度もなかった。そこでマリーは、マイナーに会いに行くのだが、おどろくべし、マイナー !! マイナーの正体を知りたい人は、読むべし。又、OEDの実物を手にとってみたい人は、室工大の図書館の2階へどうぞ。③3

最後は本物の「ちびくろさんぼ」の紹介。本物と言う意味はこの名作絵本の作者ヘレン・バナーマンの手になるイラストが、始めてついた本だ、と言うことです。かつて、この作品を突然絶版にした岩波の態度を理不尽なことよ、と思っていらっしゃる方、この作品のどこが差別なのだろうと頭をかしげた方、灘本昌久の「ちびくろサンボよ、すこやかによみがえれ」径書房¥2,400と合わせて読んでみてください。④4

               `99.8.4


  1. Jベッカー川勝貴美訳・餓鬼 秘密にされた毛沢東中国の飢饉・中央公論新社(1999) []
  2. 中村禎里・日本のルイセンコ論争・みすずライブラリー(1997) []
  3. サイモンウインチェスター鈴木主税訳・博士と狂人・早川書房 (1999) []
  4. 灘本昌久訳・ちびくろさんぼのおはなし・径書房 (1999) []

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