山下敏明さんのあんな本、こんな本

第175回 第ll次「新書本ブーム」

2000.12.22(金)寄稿

今は、第ll次「新書本ブーム」の時代だそうだ。そう言われると、確かに、新書版は元気がいい様子で、本屋を覗くつど、新書の棚の前で食指が動く度合いが最近多いようだ、と自分でも思う。

「新書版」なるもの…と言っても昔は大体が「岩波新書」を指してそう言った気がするが…、を手にした最初は何時だろうか。私の場合はやはり高校生になってからで、と言うことは、昭和20年代の終わり頃となるが、その時一番面白かったのは…と自問すると、(H。G。WELLS)の「Shorto Hisutory of the world」(1922)「世界分化史概観」なる訳名の2册本で入っていて、これは原書がペンギンブック(だったか)にはいっていたから両方買って英語と世界史の受験の足しにと意気込んだが、石器時代のなぞ、見たことも無い単語だらけで、翻訳の方も、面白くもなんともなかった…と言う具合にあれを省き、これを除け…で、と言うことになると、今に忘れぬ一册は、医者で民間学者の安田徳太郎が書いた「世紀の狂人」だ。(絶版)

これは、

“狂人は社会的産物であり、狂人の描く妄想はあくまでも社会的反映を持つ、従って狂人の妄想を通して、吾々は逆に彼等の生きる政治社会的情勢を分析することが出来る”

とする安田が、狂人開放につくしたフィリップピネル(1745~1826)の生涯を書いたものだ。

余り面白いので、つまらぬ生徒会の会議の時、会議をそっちのけで、机の下で読んでいたら、反対派からトッチメラレタ記憶がある。ピネルは例えば、患者を苦しめていた「拘束衣=こうそくい」を廃止した。
私は昔、旧レニングラードの ペトロパブロフスカの監獄で、レーニンの兄(革命家)が投げ込まれていた独房を見た(光一つささぬ真っ暗な土間の部屋だった)が、その時、初めて「拘束衣」なるものを見た。両腕の袖は、腕の3倍はあろうか、と言う長さで、これをひもの如くにして、前に組んだ、或いは後ろにねじあげた腕を寸分も動かぬ様にタスキにしてしばるのだ。こりゃとんでもない拷問だと内心震えた。

それはともかくこの本が高校時代の新書の一番。大学に入っての一番は、同じく岩波新書の、「日本の風土病」(絶版)寄生虫学者、佐々学の本だ。

これは面白かった。「ツツガムシ」に関する本だが、最近、室工大の機械科のS教授に、何冊かすすめた中に、これを入れておいたら、これが一番面白かった、と言とった。“矢張りね”だ。

社会人になってからの新書の一番は、やはり岩波新書の「追われゆく坑夫たち」、(絶版)上野英信の本だ。この本にはたまげた。九州の中小の炭坑の実体を描いたものだが、記憶に間違いがなければ、落盤事故を起した所へ、役人の視察でもあったらたいへんだと、中にまだ坑夫たちが生きて埋められているのに、水を流し込んでふたをし、つまりは見殺しにするなんてことが、次々とルポされていくのだ。この作家は死ぬまで骨太な人だった。(「媚屋私記」「出ニッポン国記」など、国に見捨てられた民の姿を追ってのルポで、近代日本を考える時の必読の本だと、思う。)最近、息子朱が、父英信と母晴子を回想した「蕨(わらび)の家」(海島社¥1700)が出た。いい本だ。

と言う訳で、今回は元気印の新書本を4册紹介する。

書く方も気合いが入っていて、読む方も、自ずと気合いが入ると言う具合の本だ。

先ずは大和朝廷ばかりが日本の文化ではないぞ…と言う本1。史家・網野善彦が「中世再考」(講談社学術文庫)で言う

~東日本と西日本とが条件によっては個別の民族になりうるだけの、文化。言語。習俗。等々の差異を持っていたと考えるのである。

を実証したような本。ものすごく面白い。貴方が「エミシ」の子孫なら、(でなくでも)是非読んでみてごらん。

次は飢餓なるものが、とどのつまりは人災だと言うことがわかる本2…八戸藩の度重なる飢え、しかも「猪」による害が、何のことはない、大豆を売って金にしょうとする藩主(大名)と大阪商人の結託による、農政上の意図的なあやまちだ…とわかる、そして、この資本主義的構図が、今も尚変っていない、と言うことも。

それから韓国生まれで、主に日本で活躍した詩人の話3。これは東大で比較文学を学んだ著者博士論文が基になっている本だが、むずかしくはない。金素雲がのこした訳詞の数々は、読めば、読む程、身にしみるいい詩ばかりだ。しかし、その業績は日本に占領されていた国の民のものとしては、どう言う問題をはらむのか。只、この本は上品な本だから、私がこれからあげる本には一言も触れていない。

それは、「復讐するは我にあり」で直木賞をとった。佐木隆三の「恩讐海峡」(双葉社。絶版)だ。ニセ札つくりの犯人強盗殺人の犯人の「武井遵」を主人公禄たノンフィクションだが、この武井が、実は金素雲の息子だった。哀傷きわまる詩の訳者の父と殺人犯の子…不思議な人生だ。

アニメの秀作「白蛇伝」の原作を成する起原はどこか、を追ったのが、最後の本4。複雑多岐にわたる論証でとてものこと、まとめて、こうだと言えぬ。読んでもらうしかない。文化の根の深さのおもしろさ、とでも言っておこう。


  1. 赤坂 憲雄.東西/南北考 いくつもの日本へ.岩波書店(2000) []
  2. 菊池 勇夫.飢饉―飢えと食の日本史.集英社(2000) []
  3. 林 容沢.金素雲『朝鮮詩集』の世界―祖国喪失者の詩心.中央公論新社(2000) []
  4. 南條 竹則.蛇女の伝説―「白蛇伝」を追って東へ西へ.平凡社(2000) []

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