第193回 スターリン批判

ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」は、イングリット・バーグマンとゲーリー・クーパー主演の 映画によっても知られた有名な小説だが、スターリン独裁下のソヴィエトでは、すんなりとは出版されなかった。

と言うのは、この小説の中に、イバルリ・ドロレスなる女性について、辛辣な批判が書かれて いたからだ。それがどうした、と言われると、ドロレスは「スペイン市民戦争」の時に、軍人独裁者フランコに対して反対した共産党の女性政治家で、「奴ら(フランコ側の兵隊)を通すな」と言う、有名なせりふを吐いて、「ラ・パッションナリア=情熱の花」と呼ばれ、スターリンのお気に入りだったからだ。ドロレスを批判することは、スターリンを批判することになる訳。で、それは誰にも許されぬことだった。

この時、この小説の出版に尽力したのは、作家シーモノフで、我が国でも、スターリングラードの攻防戦を描いた傑作「昼も夜も」で知られた人だ。

ポリス・パステルナークの「ドクトル・ジヴァゴ」は、これ又、名匠デビット・リーン監督の下、オマー・シヤリフやジェリー・クリスティ、それにチャップリンの娘、ジェラルディンなどが出演し、主題曲「ラーラのテーマ」もヒットして、アカデミー賞を総ナメした名作の原作で、1958年ノーベル文学賞を受けたが、ソヴィエト国内では、パステルナークに政治的圧力がかかり、受賞のため出国するならば、市民権をハクダツするとおどかされて、彼は受賞を断念し、失意の中に死んだのだった。

ところで、この作品の主人公ジヴァゴがイデオロギー的な誤りを犯している、つまり、反革命的な思想を持っているとしてパステルナークを非難したのだが、1956年当時、「新世界」なる雑誌の編集長をしていたシーモノフ、つまり前述のヘミングウェイの作品を守った人だった・・・・と言うのだから、ややこしい。

思いかえせば、私が初めて読んだロシア文学は、中学2年の時のプーシキンの「大尉の娘」、初めて読んだソヴィエト文学は、高校2年の時の、ミハエル・ショーロホフの「静かなるドン」、初めて買った全集(ロシア文学の)は、大学1年のときの、ナウカ社版の「ゴーゴリ全集」、ソヴィエト文学のそれは青木書店版の「ゴーリキー全集」だった。

ソヴィエト文学で一番面白かったのはロシア人ではないが、ナチスの迫害を逃れてソヴィエトに帰化したポーランド人、ワンダ・ワシレススカヤが、独ソ戦のナチスの残虐ぶりを描いた「虹」だった。

さて、今回紹介するのは「日常と祝祭1」だ。これを読むと、スターリン時代に不当に迫害された作家や詩人達、そして、その事情について、今にして、「そう言うことだったのか!!」と改めてわかる、そして、そのことが、不真面目な言い方に聞こえてくると困るが、すこぶる面白い。が、それはそれとして、私が一驚したのは、ここにコピーした200冊のリストだ。

これは、ブレジネフが政権を握っていた1960年代後半から、ほぼ10年がかりで出版された「世界文学業書」なるものの全巻書目だ。

世界文学業書全巻書目

これは、1918年、作家ゴーリキーが国立の大出版所を創立して、作家や学者ら、つまり知識人に仕事を与えて、彼らの保護につとめた時に、ゴーリキー自身が考案した一大企画だと言う。

これは見事に当たって、各巻30万部、総計6000万部が売れた由。この巻数と言い、中身と言い、それにしても、何と堂々たる全集だろう。

これだけの東西古今の名作が、これだけの部数世に出て、しかも、現実問題として、人々がこれを心こめて読んだとしたならば、それらの作品に盛られた思想の影響は、思いもよらぬ巨大な「ナニモノカ」であったに違いない。

「人類の英知」は途切れることなく人々に伝えられた訳だ。

ところで貴方は、この中ナントナニを読んでいますか?・・・・と言う嫌味な質問はともかく、この何もかも浮足立って、殺伐たる時代の今こそ、こう言う深厚なる本の数々にいどんでみようと思いませんか。

では、本年の御愛読(?)に多謝。来年もよろしく。

2001.1.17(木)


  1. Aleksandr Puzikov (原著)、木村 妙子 (翻訳).日常と祝祭―ソヴィエト時代のある編集者の回想.水声社.(2001) []

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