山下敏明さんのあんな本、こんな本

第197回 バルザックを読む(19世紀前半フランス社会)

`02.3月15日寄稿

大学、1.2年の頃、私は、コーヒー屋の灰皿を蒐めたいた。昭和30年代には「名曲喫茶」なるものが、上野にも、神田にも新宿にも、銀座にもあった。曰く「ローマ」曰く「ウイーン」曰く「ランブル」etc. 銀座並木通りにあった「ウイーン」などは、ウエイトレスがドレスを着ていて、週に一回は、プロが来て、ソロなりカルテットなりで、の演奏を聴かせるのだった。

「名曲喫茶」とは何か...と言えば、CDは無論なし、LP(ガラスではないぞ)はあってもおいそれとは買えぬ次代だったから、名曲=クラシックを聞きたいとなれば、これらの店に出かけて行って、バッハの○○とか、メンデルスゾーンの△△とかとリクエストをして、それがかかるのを一杯のコーヒーで辛抱強く待つのである。演奏を聴きに行くのだからして、「静寂」が当然で、中には談話禁止と言う厳格な店もあった。聞く方もことさら深刻な顔で、とは言え気取ってたんだよ。

名曲喫茶のカップや灰皿は、中々デザインが良いものが多くて...その中から、イタダクものとしては平板な灰皿が良かったのであるが、何故そんなものを蒐めるかと言えば、将来、我が家を建てた時に、部屋の壁一杯に我が下宿を中心とした、地図を描いて、通った名曲喫茶の灰皿を埋め込んでやろうと、目論んだからだ。つまり青春の日の思い出に..。ね。その結果は...今は省く。(...そう言えば、室工大の図書館の等身大の木の表札(篇額)を持って行った奴がいるが、何の目的だったろう??)

さて、灰皿蒐めのそんな或る日、上野の御徒町に「バルザック」なる喫茶があると聞いて、私は勇躍出掛けて行った。

ところが、その店は「バルザック」の名に値せぬ小さなと言うより、貧相な店で、おまけに肝心の灰皿は、竹筒を斜めに切った型の白いだけのもので、全然面白くなかった.一応「バルサック」と字ははいっていたが...!!

さて又、何故「バルザック」と聞いて勇躍したかと言えば、私が丁度その時、河出書房版の戦前の「バルザック」全集の読破にかかっていたからだ。と言うのも、下宿に群馬から来た衣子さんと言う、共立女子大英文科の女がいて、同大の図書館に前記の全集があると聞いたので、それではとふるいたったわけ。

そうして、借りて来てもらったのを巻数順に読みながら、読了すると、日記の左ページに原タイトルと訳名を、右ページに粗筋(=あらすじ...だぞ、昨夏実習に来た女子大生はソキンと読んだ。何考えてんだか!!)を書くと言う風にして、まあガンバッタ....ンダナー!!

後年、私は創元者板、全26巻の「バルザック全集」を自分の棚に揃えたが、この時は嬉しかった。

ところで「バルザック(1799-1850)」とは言うまでもなく、フランスの文豪で、「人間喜劇」なる総タイトルのもとに全100点になんなんとする作品を書いた人だ。

「人間喜劇」には2000人余の人物が登場して,一代風俗絵巻をくり広げるので「19世紀前半のフランス社会を知りたければ,これを読め」と言われる位のもの。..では,後半はと聞かれれば,エミール・ゾラが書いた全20点余の「ルーゴン=マカール叢書」を読めばいいし,続いて20世紀前半は?となれば,ジュールロマンの「善意の人々」全27巻を読めばいいとなる.もっとも,最後はまだ邦訳されていないが、まあ明治維新を知りたければ,藤村の「夜明け前」を読むにしくはなし..と言うのと同じだ。

と言う訳で,バルザックは,読むにこした事はないのだが、一つ厄介な事がある.それは,バルザックの作品は,どれもが,筋の展開にかかる迄の前置きが長いことだ,言ってみれば,ある家を訪問するとして,一歩玄関に入ってしまえば,居住している人間も,住んでいる部屋部屋も限りなく面白く飽きないのだが,門から玄関迄の道のりが長いのだ。

この門から玄関迄の道のりにへたらぬ人のみがバルサック家の中に入れる訳。

さて、ここに知的好奇心並々ならぬK女がいて...過日私に「バルザック」を読むつもりなので、あれば助言をと言って来た」動機は知らぬが,私は受けて立って,先日「人間喜劇」の中の重要作20点を」選び、執筆年代順に並べて彼女に提示した。題して,曰く「K女のバルサック読破計画/初年度20作品/年代順に」。

そうして,私は、この猫も杓子も「IT」だ「THAT」だとさわいでいる軽っぽい時に重厚きわまるバルサックの作品を読もうとする、その壮大な気宇に感じ入って,惜しいけれども,昔私が「バルザックの家」を訪れた時に買ったグリーティングカード(と言うのか)2種を彼女に贈った。一つ目はこの館を木立越しに写したもの、二つ目は、バルザックの登場人物4人の人形を写したもの。台座の字を彼女の若い目と,私の老いたる目でにらんで,ゴリオ、ヴォートン、ゴディサールと3人までは分かったが,4人目が分からん。

パリ16区 シャイヨー区にあるこの家(レイヌーアール町47番地)は1840年からバルザックが7年間住んだ所で,今は「市立バルサック記念館」の由。この家、上下2本の通りを有する崖に建っているので,上から入っても,下から入っても1階と言う訳で,(2階は動かず)借金取りに追われるバルザックには,甚だ都合のいい家だった.上からおそわれれば下からトンズラ、下から迫られれば,上にサヨナラバイバイ。

さて、この軽俳浮薄な時代に抗する、この好ましきK女のために,私は棚から4点すすめるとしよう。この4点を一度に読めと言う訳ではない。20点を読む間に,適宜挟んでみたら...と言ったつもりだ。本当は各各説明したかったが,紙幅がないので,ざっと行く.①「バルザック1 」はヒトラーに追われて,ブラジルで自殺した,伝記の名手シュテファン・ツヴァイクのもの.

②「バルザック伝2 」は,ロシア革命からフランスに逃げたアンリ・トロワイヤなる,これ又手だれの伝記作家のもの。

③「わが兄バルザック3 」は一寸変わって,バルザックの実の妹のもの

④「おどけ草子4 」は「コント.ドロラティック=風流滑稽譚(と訳される)」の神西清による名訳.(全集の方の訳は,小西茂也)

ツヴァイクトロワイヤ神西清とそれぞれについても語りたいが、又の機会にする。ではK女よ「ランナウエイ」でなはいー「レッツゴー」。


  1. シュテファ・ツヴァイク.バルザック.早川書房(1959) []
  2. アンリ・トロワイヤ.バルザック伝.白水社(1999) []
  3. R・シュルヴィル.わが兄バルサック.星雲社(1993) []
  4. 神西清訳.おどけ草紙.国書刊行会(1987) []

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