第198回 有名辞書、辞典の有益性と背景の本4冊 

`02.3月30日寄稿

寿岳文章 1900年(明治33)〜1996年(平成8年)という人がいる(じゅがくぶんしょう)と読む。変わった姓名だが,ペンネームではない.本姓は鈴木と言って,馬やら、牛やら犬のナントカとからかわれるものだが,一番上の姉の所に養子に行き寿岳となり,この家が寺だったので,得度(とくど)して,文章となった。本姓はありふれたものだが,本名は、これに反発してか、ものすごい「規矩王麻呂」(きくおうまろ)だ。平凡過ぎる姓に親ももやけくそだったのか?

名はおくとして,この人は英文学者にして、書誌学者,して又和紙研究かと言う大変な人だ。1976年(昭和51)にはダンテの「神曲」を完訳して「読売文学賞」を受けている。私はこの人の選集と単子本のほぼ90%を持っているが,最初に読んだのは、大学2年の時昭和32年刊の「本と英文学」で英語英文学専門の研究社が出していた「研究者選書 」の一冊だ。

中は全部で7章に分かれているが,特に私が注目したのは、「書物工芸家としてのモリス」と「座右の辞書」。

ウイリアムモリスは目下,晶文社から「モリスコレクション1 」が出ているので、

いつか又触れる事にして、今は後者の「辞書」について語る事にしよう。① 「「広辞苑」物語2

「座右の辞書」は、寿岳が、英文学者としての日々世界の文学作品を読み理解して行くためには、最低これ位の辞書が必要だ...と言う事を書名をあげながら、述べているのだ。その数ざっと70種程。それも英文学に限る型で!

② 「言葉の海へ3

これを読んだ私がどうなったか?と言えば、それも一言にして言えば、私はふるいたったのだ。

私は元来、ナニになりたいと思ったことの全くない人間で、いつもハッキリしてたのは「本を読みたい」位の事だったから、この時、ふるいたったのも英文学者になろうと言うようなことではなくて、そうか文学なるものを理解、それもよりよく理解しようとするならば、補助的なものとして、こんなにも沢山の辞,事書が要るものなのか、そうなれば、それを集めて手元に置きたいものだ、と言う意味のふるいたちだったのである。

その結果はどうなったか?と問われれば、ちょっと恥ずかしいので、それは又他の話題にするとして、辞書辞典には事あるごとに目を通した方がいいぞ、と言うことだけはわかるようになった。

例えば最近の例でみてみましょうか。最近の例と言うのは、当市で先日起きた名誉市民条例のことだ。

聞く所では、当市の名誉市民に対して、毎年度50万を支給すると言う案が出て、それに一部の市議が反対し、..と言う所から始まった話で...「室蘭民報」夕刊の「トーク欄」にも、私の気付いただけでも5人程市民の反対意見が寄せられた。言わんとする事、つまり、反対の点は皆同じで、つまりは、名誉なるものに対して、金が出るのはおかしい、と言うことで、5人目か6人目の人は、その50万を受け取る名誉市民とは、一体誰の事なのか...を明らかにして欲しいと言っていた.この点は私も不思議に思っていたところだ。

私の知識では、最近の名誉市民はと言えば、作家の故八木義徳しか思い浮かばず、は〜てさて故となれば、未亡人に対してでるのかな?となると、何やら腑に落ちぬ!!と言ったところだった。

このこと普段の私ならば聞き過ごしていたかも知れぬが、何しろ、平成2年から平成9年まで、本代が一銭もあがらぬと言うハナバナシイ実績を持つ当館に席を置いていると言うと、「エッ50万!!それだけあれば、あれと、あれと、あれと欲しい辞典やら、シリーズの姿が目にうかぶ.おまけに、市民の寄付をあおいで寄付額の実質3倍の新本を蒐める運動「ふくろうぶんこ」の選書をしている身としては、本当にヨダレがでる。

ここで諸君は昨年1月23日付けの新聞記事「40周年の室蘭東ロータリークラブ」100万を図書館に贈り、同文庫では300万円相当の本を買ったとか、同じく4月3日付けの「札幌の長岡さん、亡き妻の古里室蘭のために300万寄付、内200万円は図書館へ、更にそのうち100万円は「ふくろう文庫」に「ふくろう文庫」はこれにて、300万相当の新本149冊を購入」とかを覚えてはおらぬだろうか。今年の予算も市民会館にある分室が、新市民会館に移るための費用を別とすると、本代は実質横ばいだ。

「あー、50万円あれば、150万円分の新本がかえる。欲しいなあ」と言うのが私の本音だ。土台四の五の詮議する前に、否、それよりも、どこのどなたか知らぬけれど、名誉市民に50万を出そうと思いついた奇特な人が、先ず辞書に目を通していれば、余計な詮議と手数と反発は無用だったのになあと私は思う。

では、辞書にはナント出ているのか?

「名誉職=有給職に対する観念で、他に本業を持ち、生活費としての俸給又は給料を受けないで、国又は公共団体などの公の機関の職にある者を言う.公の職が単にその地位につくものに名誉を与えるにとどまるため名誉職と呼ばれる。名誉職は生活費としての俸給は受けないが、職務に伴う実質弁償、勤務に対する報酬又は手当などは受け取る事を妨げない。」「名誉市民=公共の福祉や学術、技術などへの貢献の卓越した者に、地方自治体から贈られる名誉の称号〜」

どうですか万人=(全ての人)がどこをどう読んでも、50万円を出す根拠になる様な記述はない,,,辞書は明快だ.ダよねー!!!辞書を引く事の必要性、これでおわかりかな???

さて、①〜④まで、全て有名辞書の背景を説いた本だ.本体の辞書も手にして、貴方も「名誉市民」に50万円必要かどうか考えてみては!!

名誉は徳行の報酬↔誰が50万円なぞ要ろうぞ!!

名誉を失うのは眼を失うに同じ↔金に換えられるなぞと誰が思うぞ!!

③ 「諸橋轍次博士の生涯4

④ 「日本博覧人物史5


  1. ウイリアム・モリス.モリスコレクション.晶文社 (2000) []
  2. 新村猛.「広辞苑」物語.芸術生活社 (1970) []
  3. 高田宏.言葉の海へ.洋泉社(2007) []
  4. 鎌田正.諸橋轍次博士の生涯.新潟県南蒲原郡下田村役場( 1992) []
  5. 紀田順一郎.日本博覧人物史.ジャストシステム(1994) []

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