第225回 「本の話」ができるまで、装丁の本

`04.3月19日寄稿

昭和61年(1986)に室蘭工業大学では、付属図書館を一般市民に開放した。それまでは、卒業して地元の企業に入った者が必要に迫られて、借りに来るのを除いて、普通の人々が図書館入って来ることは絶えてなかったから、これは一応画期的なことであった。しかし、その一般開放がスンナリと決まったかと言うと、誰もが想像するようにそんな筈はないのであって、と言うことは、最初は学内全体が、99%は反対だったのである。と言っても、これは誰の責任と言う訳ではなくて、時代のせいだと言えば一番分かりがいいだろうか。

私が室蘭工大に勤務したのは、昭和41年だが、その直後に学長になったK教授にNHKがインタビューして「室蘭と大学の関係は如何?」と問うと、K学長答えて曰く「本学は、国立大学であって、室蘭とは何の関係もありません」と。

私が、時代のせいだと、言うのはこの所であって、要するに、税金でまかなわれておりながら、大学の方では、そんな意識ー税金のおかげだと言うーは露程もなかったのである。

図書館の一般開放に話を戻すと、大学側の反対の理由と言うものは、さほど明快なのではなくて、国立大学に何故、一般市民を入れなければならぬのか?と言った類の感情論を筆頭に、我々が、研究に使っている本なぞ、一般市民に理解出来る筈がないじゃないか?と言ったこれ又尊大な感想やら、挙句の果ては、来館する際には、その者に本人の「今までの業績を示す者を提示せよ、と言った噴飯物(ふんぱんもの)もあった。

噴飯物と言うのは、土台、一般市民、つまりは、そんじょそこらの小父さん小母さん以下その他に、開放しようと言う時に、こんな条件では「そんじゃ、何か?例えば主婦の業の私の出来る漬け物一覧でも出せと言うのか」と言うようなことになりはせんのか?

それも、寝るのを惜しんで、研究、教育に身を挺している人間が言うならばともかく、何年も研究発表なしの御仁が言うのだから、”笑わせるな”と言いたくもなろう...かじゃ!!

まあ、ともあれ、図書館は、無条件で開放に踏み切った。その時私は市民向けに2度講演会を開いた。

何故か?それは、大学側の尊大な連中が言った意見、つまり「大学にある本は一般市民に理解出来る筈がない」と言う意見、に私はこだわったのだ。換言すれば、これは、逆に市民の側のひょっとして、ひょっと、「大学の図書簡に行ってみたとて、我々が読めるような本はないんじゃないの」との思いとつながるところがないではない。それで私は「いいえ、いいえ、それは思い違いと言うものです。そりゃむずかしい本がないとは言いませんしかし面白くて、楽しくて、為になる(為にならなくても、ちっともかまわぬのが読書というものであるけれども)本がたくさんありますよ。論より証拠来て見てビックリ、で聞いたような)して下さい...]と伝えるべく、この講演会を開いてその、面白くて楽しくてと言ったことについての話を語ったのだった。

ところが、それを聞いて、録音していた、室蘭民報社の寺井誠記者(当時)が、暫くして、私の所に来て、「あの話を連載してよろしいか」と言い、テープを起こし始めたのだった。

その第一回目がのったのが、平成元年(1989)11月4日(土曜日)で、その時のタイトルは「本の話」①鷲山第三郎のことだった。

ここで一寸貴方に聞きますが。我が郷土紙「室蘭民報」は、全国で数ある地方紙の中心、朝、夕刊を持つ唯一の地方紙(だそうだ)だということをしってますか?実はそうなんですよ。

さて、寺井さんの作業をみていると、こりゃ中々大変だと、私は気がついた。例えば、私が「ガルガンチェワとパンタグリュエル」と誰しも舌を噛みそうな作品をあげ或いは又、ヴィリエド・リランダンと言う長ったらしい作品名を告げると、私の“ハチオン”が悪いからして、寺井さんは、そのカタカナを辞書で確かめている。そこで私は、何回めくらいだったろうか、途中で「何なら話した当の私が書きましょうか」と申し出、以来テープ起こしを止めて私が書いたのだった。

それが、おかげで好評で、とは世の中薄情で誰も言っては呉れないが、ナント我ながら、と言うのも変だが、この3月までで、389回となった。連載してくれている室蘭民報社と、シブシブ読んでくれているであろう、読者の皆さんに、感謝感激雨アラレ!!

ところで、又又ナント、この連載1〜200回までを、このたび、室蘭民報社がにしてくれることになった。新聞の連載を新しく組んでくれたのは安藤薫さん、印刷してくれているのは不二印刷の寄木社長、カットや挿絵は、安藤さんが探し出して来た画号「ひびき」さん、帯の文を書いてくれるのは、報道部長の高木忍さん、写真は鈴木勝敏記者、そして、全体を締めくくってくれるのは、編集局長の工藤忍さん。

この本400頁になんなんとするもので、著者たる私は呆然とするばかり、だって今既に6枚目までに来ているのだけれど、どこで覚えて来たのか、私にはさっぱり分からぬ技術で、文章を起こしてくれ、索引を作ってくれる安藤さん。誤字、脱字にあくまで厳しい寄木社長、奇想わいて止まずの挿絵の「ひびき」さん。ねばりの鈴木さんそして、文章のプロ高木、工藤のご両人、この強力陣営のあえて、どこに、私が口をはさもうや???。

私が今していることは、本の出来るのを楽しみにしながら、我が本棚から、ここにあげたような本を出して来て「俺の本はどんな姿になるのかいな」と思いながら今迄出現した美しい本の数々にふたたび目を通すことなのです。「僕あ、幸せだなあ!!」「装丁探索1

「装幀時代2

「明治・大正詩集の装幀3

「書物と装飾4


  1. 大貫伸樹.装丁探索.平凡社(2003) []
  2. 白田捷治.装幀時代.晶文社( 1999) []
  3. 工藤早弓.明治・大正詩集の装幀.京都書院刊(1997) []
  4. ウォルター・クレイン.書物と装飾.国文社(1990) []

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