第230回 中国虫文化

`04.8月18日寄稿

水上勉に1.2.3頁ばかりの短編「こおろぎの壺」と言うのがある。中国の作家、老舎(ろうしゃ)が水上の家に来る。水上はかって大分県の知事に見せられた「こおろぎの壺」を話題にする。水上によるとそれは“木の根をくり抜いた筒状の容器で”“若狭の百姓達が腰に吊るしていたタバコ入れのような感じである”と言う。

この壺は、こおろぎを飼育するためのものである。何のためにこおろぎなんぞを飼育するのか。それは育てたこおろぎを、他のこおろぎと闘わせるためのものだ。ということが小説を読み進むうちに分かってくる。

老舎は、1966年非業の死を遂げた.紅衛兵に殺されたのである.場所は北京市の西北城外の太平湖畔.67才だった.代表作は「駱駝祥子(ろうとしゃんつ)」。1920年代の北京が舞台。らくだのシャンツと呼ばれる車夫の悲しく貧しい生活を描いたもので、1982年に映画化された作品もビデオで持って大事にしている。

このおだやかな大作家、老舎の悲別の生涯を扱った本を読むつど、私は毛沢東と文化大革命と紅衛兵とにうんざりするが、今はこおろぎの話.老舎についてはいずれ又。

これを書いている今は8月18日。もうすぐこおろぎをめぐってたいへんな動きが起こる、と言っても、それは中国での話。もうすぐ、と言うのは処暑(しょしょ)と言われる8月23日、この日は太陽の黄経が150度になって、暑さが止み新涼が間近くなるそうな.この日から白露と言われる9月7日、この日は又知ったかぶりの受け売りをすると、太陽の黄経が165度となって秋気が漸く加わるのだそうな。秋分前の15日だ。整理すると、処暑から、白露までの間が最適だと言うのだ。何にか?こおろぎをとっつかまえるのにだ。それがどうしてたいへんな動きなどと言うことになるのか?それはこおろぎ狂いの連中が、都会から、良いこおろぎを捕ろうとして、田舎へ殺到するからだ。

田舎と言っても、只の田舎ではない。日高の馬、鵡川(むかわ)のシシャモじゃないけれど、こおろぎの名産地は昔から決まっている。そこへ出動した連中はどう言う行動をとるか?

“〜彼らはこおろぎ捕りのじゃまになる物は、ことごとく排除する.稲は根こそぎにし、瓜は放り投げる.瓦礫の下にこおろぎがいれば地面を掘り返す。...農民達は番犬を飼うなど徹夜で田畑に監視の目を光らせているが、余りの人数にお手上げ状態である”  「虫の文化誌1

北海道で言うなれば、この連中、何故こうも“ハッチャキこくの”か(一心不乱になるのか)振り出しに戻ると、それは、質のいいこおろぎを捕まえて、飼育して、換言すると,更に質のいい物にして,と言うことは、一端の闘士仕立てて、闘わせて、時と場合によってはお金を得るためだ。

この、こおろぎ同志のの闘いを、中国では「闘蟋(とうしつ2」と言い我が国では「こおぎ合戦」と言う。とは言っても、我が国では「くも合戦」はするが「こおろぎ合戦」はしない。こおろぎを闘わせて賭けをする場合は、中国以外では、台湾、タイ、ジャワ、バリ島など...だが、...松浦一郎に言わせると,それは“〜おそらく華僑(かきょう)によってそれが広められ〜”と言うことになる。

つけ足すと「こおろぎ合戦」は我が国になしとしたが、これ又松浦一郎によると,三重県志摩は「波切(なきり)」なる所で,子ども達が「こおろぎ相撲」なるものをやっていたが、これは他愛無い子供の遊びになっている、そうな。

「鳴く虫の博物誌3

さて,水上が言う「木の根をくり抜いた筒状の容器」なる物は、正確には「養盆(ようぼん)」と呼ぶそうな。それはどうも木の根云々と言うような物ではなくて、文化の粋をつくした焼き物が本当らしく、瀬川千秋によると、“豆練炭のような形と大きさをした、蓋つきの素焼きの鉢”である由。この中に、こおろぎの寝床となる「鈴房」なるものと、「水皿」と「餌皿」とがおかれる。

水皿はむろん飲み水を容れる訳だが、時にはこおろぎを水浴びさせるのにも使うと言う。そして餌皿で、食わせるのはつまり、飼育する際の日常食の基本は“柔らかく炊いたご飯”だと言うのだ。

こうして飼育しても、こおろぎも生き物であるからして消化不良も起こせば、便秘にもなり、暑気辺りもすれば、冷えもする.あげくの果てに痴呆状態にもなる。それらをひっくるめて必死で管理して、闘いにのぞませる。その闘い方は...とここまで来て,私しゃ疲れた...けど面白い。

万里の長城なるドデカイものを作ったのは中国人、そして、この2㎝弱の虫をそれに相応しい小さな容器で、飼育して,闘わせて楽しむのも中国人。巨と細、大と小、中国人は、いや、人間は不思議だなあ!!

さて、いかな中国人とても、闘わせて楽しむだけが能ではない。その音色を楽しむことも知っている。そのため「葫廬(ころ)」なる道具がある。これ、ひょうたんのこと。「詩の中の昆虫たち4

これにキリギリス、エンマコオロギ、スズムシなどを入れ、懐中で暖めながら、随時虫の音()を聞く由。

私はと言えば、養盆も葫廬も要らぬ。居間の戸を開け放ち、ビールを飲み飲みここに挙げた本読みながら、庭にすがく虫の音に耳を傾ける方が言い...。因みに私の好きな歌は、「鳴きもせで、只身をこがす虫よりは、夜すがらすがく虫ぞ恋しき」。恋心は言葉にしてこそ...。


  1. 小西正泰.虫の文化誌.朝日新聞 (1992) []
  2. 瀬川千秋.闘蟋.大修館書店( 2002) []
  3. 松浦一郎.鳴く虫の博物誌.文一総合出版(1989) []
  4. 安富和男.詩の中の昆虫たち.三一書房 (1997) []

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