山下敏明さんのあんな本、こんな本

第236回 子供達への「本への誘い」活動.河鍋暁斎本他

`05.3. 寄稿

「地域連携学習」で、1月28日苫小牧沼ノ端小学校へ行って来た.どんな学習かと言うと、5年生には「蔵書票=Exlibris」の作り方、6年生に「本の腰巻き、つまり帯】の作り方を教えるもので、目的はと言えば「本への誘い」と言うことになろうか.子どもに向かって、何が何でも読め!読め!でなかうて、読書と言うもんは本を買う楽しみから始まって、本を持つ楽しみ=喜び、そしてもちろん読む愉しみ、読み終わったら,満足感と共に、これは俺の(私の)本だよ、と蔵書票を貼る喜び、そして、それを友達に”この本面白いよ”とすすめる喜び=楽しみ、と多様な楽しさがあることを伝えて,分かって欲しい、と言うのが目的の授業だ。

他人に本をすすめるためには,先ず自分が面白いと感じたもの、がなければならず,更に又、それをすすめる巧みな言葉が必要だ.要するに「読みたい」と言う気を相手に持たせねばならぬ。それが一番表れるのは帯の文句だ。それを作ろう。そして,自分の愛蔵する本に,本を持つ楽しさが充全に表れている蔵書票を貼ろう,,,てなことを伝えて、もう大分続いているなと思ったら,今年で7回目と言うことに相成っていた。我ながら驚きだが,こんなに続いたのは,父兄と先生達の協力があってこそだ。

さて,今年は,5年生には,5000年になんなんとする本の歴史を語ろうと考え、事の序でに、1000年は持つと言う和紙で出来た「和本」を生徒達に見せようと思いつき、当館所蔵の、約400年前、家康によって作られた「七書」と、180年前に出来た、本俸初の物理学書である「気海観欄」を用意していた。

すると、石川校長からFaxが来た。父祖伝来の和書を所蔵しているが、その何点かについて、書誌的に不明の所を教示されたし,,,と言うもので、このことは父兄代表の墨谷真澄さんから、先に聞いていたので驚かなかったが、受け取った中味は仲々に難しいもので、分かる所は知らせたが、不明の所もまだ多い。

どんな本があったかと言えば、例えば「臣軌」、これ唐の則天武后(そくてんぶごう)の命によって作られたもので、臣たる者の守るべき法にについて述べられた者だが、当の中国では既に失われてしまって、鎌倉時代の抄本が、我が国にある、と言う不思議な本だ。

又例えば、「萬歳(まんせえ)節用集」。「せつようしゅう」とは、室町時代に成立した国語辞書で、江戸時代から、明治にかけて、広く行われた実用辞書だ。広く行われたとは、言葉のあやではなく、現に、大空社から、代表できな節用集を蒐めた1期20巻からなる「節用集大系」なるものが、ナント5期まで出ている。つまり100種

と言った具合で、まことに興味津々の和書達であったが、私が一番喜んだのは、和書の歴史を語る見本として、当館所蔵の2種と合わせて、校長先生所蔵のこれらを、生徒達に見せる事が出来たことだった。まことに「グッドタイミング」。

石川校長先生は,仄聞する所によると,陶芸が趣味で,好きな酒を毎晩たしなむにあたって,自作の器を使う由。

さて,校長先生と昨年,私の「本の話」の出版記念の宴以来で、校長室で文字通り久濶(きゅうかつ)を叙した訳だが、驚いたことに先生は,その場にFAXで言ってよこした和書数点と共に、一幅の掛け軸を持参していた。「河鍋暁斎」の作品だ。

飯島虚心の「河鍋暁斎翁伝1 」によると、河鍋は、初め”狂斎”と号していたが、明治3年10月の或る日、ある

書画会で、泥酔して様々な狂画を描いて物議をかもし,為に入牢、受刑の身となった。この時,狂=きょうの字を改め,暁齋(きょうさい)と号した由。掛け軸が広げられて,同席したもの皆、暁斎の作品と分かって驚いた.と言っても我々如きに真贋の鑑定が出来る筈もない。あとで私は、ふざけて生徒達に、校長先生はシンスケとやらの司会するナントカ番組にでるそうだと言うと,直ぐに女子生徒から”お宝鑑定団?”と合の手が入ったが,授業が終わって廊下を行く校長先生に,何人かの生徒は「先生、来週なの?」なぞと問いかけ,先生は又「予選通ったらな」なぞと,明朗闊達、当意即妙に応じておった。

それはともかく,「河鍋暁斎」は幕末と明治維新の激動の時代に生まれ合わせて,一種、割りを食った画家だった。周知のように、アーネスト・F・フェノロサなるアメリカ人が発表した「美術真説 」なる画論によって形成された,当時の美術の価値観からして,古いと見放された人達ー才能があってもーは,歴史の底に埋もれざるを得なかったのだ。「河鍋」もそうした一人なのだった。

暁斎の価値を見出したのは、むしろ外国人で、それは,イギリス人の建築家コンドルとか,コレクターのフランス人エミール・ギメとかであったが、そうした事については,ここに上げた本を読んで欲しい。

暁齋の全作品の半分以上は海外にある、と及川は言う.然しありがたいことに、暁斎の曾孫にたる女医の河鍋楠美の努力によって,記念美術館が昭和52年に開設されている.(埼玉県蕨市南町4-36-4、河鍋暁斎記念館、JR京浜東北線、西川口駅下車、徒歩15分、毎週木曜日休、10:00〜16:00☎0484-41-9780)

私も何年か前に行って来た。美術書を蒐めている当館の「ふくろう文庫」としては,平成6年に出た六耀社の全3冊の画集が欲しいところだ。

「河鍋暁斎逸話と生涯2」   「河鍋暁斎戯画集3

「河鍋暁斎4 」  「最後の浮世絵師5

ところでお宝鑑定なるものは別として,,,私は生徒達に、持説である「父子(おやこ)3代文化説」を語った。本を読むお祖父さん、お祖母さん、その人達が残した本を読むお父さん、お母さん、そして又その子ども達。こうして3代読み続けて、一家に文化が根づいてくる。

この暁斎が真物か贋物か,,,,芥川竜之介が愛した作家アナトール・フランスは、生前おびただしい美術品に囲まれて暮らしたが、死後殆どが贋物だと判明した。

すると或る人曰く、”それで結構、彼は美なるものに囲まれている雰囲気を愛したのだから”と。

私はこの話が好きだ.駅長だった祖父、校長だった父の残した本やら掛け軸に囲まれて、石川校長は、さぞかし心豊かな子ども時代を送ったに違いない。これぞ文化3代だ。


  1. 飯島虚心.河鍋暁斎翁伝.ペリカン社(1984) []
  2. 大野七三.河鍋暁斎逸話と生涯.近代文芸社(1994) []
  3. 河鍋暁斎及川茂篇.河鍋暁斎戯画集.岩波文庫(1993) []
  4. 落合和吉.河鍋暁斎近代日本画の鬼才.筑波書林(1984) []
  5. 及川茂.最後の浮世絵師.NHK出版(1995) []

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