第259回 日本美術の流失とフェノロサ

`07.5月寄稿

おいしいワインをみつけたから、とて、貸しておいた本を返しがてら、咲美さんが姿を見せた。そして、本に挟んであった1枚の絵ハガキを私に示して、“これ私の好きなもの”と言う。見ると、平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)・1872〜1979)作の「五浦釣人」だ。五浦とは茨城県の海岸で、今岡倉天心の美術館のある所だ。近くには天心の旧宅や、天心が愛した「六角堂」がある。これ、天心が作らせた小さい建物で、断崖の上に建っていて、此処で天心は太平洋を眺めつつ、思案にふけったのだろう.土饅頭型の墓もあったと記憶している。と言う訳で、田中の作品は、釣りを好んだ天心像なのだ。あでやかな咲美さんが、この木彫作品が好きだとは、渋いことよ...と私は好感を持ったが、内心、偶然だと驚いたのは、私が、今回本棚で取り上げようと考えていたテーマが、天心とコンビを組んだフェノロサだったからだ。

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ(1853〜1908)はアメリア人で、東大で政治学・経済学・哲学を教えた。...教えたが学生の評判は良くなかった。例えば三宅雄二郎は言う.「〜来がけには(つまり来た頭初には=山下)随分勉強せしも、後には欠席多くして、一年の3分1も休課せしことあり。素()と書類を読むこと寡(すくな)くして、事実を知ること多からざるが為め〜」。

フェノロサが余り本を読んでいない人だと分かるが、何故彼はこんなにも大学を休むのか。それは彼が日本の美術の価値にめざめ、日本美術の研究を初め、かつ多くの美術品を収集し始めたからである。因みに、三宅雄二郎とは、雪嶺(せつれい)と号した金沢生まれの評論家で、藩閥政府の批判で健筆をふるった人だ。

学生の評価は芳しくなかったが、当のフェノロサは「余が収集及び研究に従事した28年の間〜」と言う程に日本美術について勉強した.そして、知識+鑑識眼(28年も勉強すれば、その目も大いに肥えたであろう)をもって、日本美術を買いまくった。その数はどの位か、と言えば、彼曰く「1886年(明治19年)にボストン美術館に、フェノロサ・コレクションの名で寄贈した一千以上の絵画〜」だそうな。となると、これは価格にしていか程?...となれば、28万ドルだった由。28万ドルが高いか安いか?

1883年(明治16)に出来た「鹿鳴館(ろくめいかん)」なる社交クラブがある。華族・外国使節だけが入会出来、この連中は夜毎舞踏会を開いて踊りまくった。この館の工事費が18万ドルだったそうな。因みに、この館を設計したのは。英国人建築学者で、他にニコライ堂なぞも設計したジョサイア・コンドルだ。もう一つ因みに、コンドルは画家・河鍋暁斎に師事して「暁英」の号をもらった。28万体18万、高いか安いか?

さて、フェノロサは28万ドルを費やして買いまくった。「なにしろ丸山応挙の鯉を描いた掛物が建った2円で古道具屋に並んでいたり、今では国宝となっている作品の数でトップに立つ雪舟の山水画が5円で売られていた〜。」と言うのである。こう言うドウモナラン状況の中で、フェノロサは逸品を買いまくった。

例えば「フェノロサと明治文化」で栗原信一は言う。「今日、日本人の最も残念に思うことの一つは『平治物語絵巻』3巻の中の1巻が、米国内にある事であろう。これも日本の社会が油絵と文人画にうつつを抜かしている間に、フェノロサの手に買い取られたものである。」「名品流転1

「フェノロサと明治文化2

「フェノロサ3

この絵巻は、「平治のの乱」を描いたもので、本来15巻あった筈と言われるものだが、現存するのは①「三条殿夜討巻」(さんじょうどのようちのまき)「信西(しんぜい)の巻き3巻③「六波羅御幸の巻」(ろくはらごこうのまき)3巻のみ、①はボストン美術館、②は静嘉堂文庫、③は東京国立博物館にある。

ボストンのは、日本にあれば、国宝級と言われるものだが、この完全復刻版(早い話がそっくりさん)が「ふくろう文庫」にある。桐箱に入った絵巻が更に漆塗りの箱におさめられ、...と堂々たるものだ。

ボストンにはもう一点国宝級の絵巻があって、それは、「吉備大臣唐絵絵巻」で、これは1932年にボストンに買われた。この流失で、政府はあわてて、翌年〔重用美術品等の保存に関する法律」を制定した。

ところで、今回、これ又ボストン美術館所蔵で国宝級と言う作品の完全復刻版が「ふくろう文庫」に加わった。次ページの報道作品がそれだ。記事をじっくり読んでほしい。

ボストン美術館では現在の所、これら国宝級の作品の展示をしていない。先品の劣化を恐れてのことで、これは当然のことだが、完全非公開となると事は又違って来て...と言うのは、研究者も観ることが出来ない訳で、東大の黒田日出男教授などは、その点を強調して、せめて、研究者のために公開を、と言った意味の訴えをしている。

ふくろう文庫「如意輪観音図」掛軸復刻版入手

 

さて、幸いにして入手し得たこの作品の購入代金を、幸いにも「ふくろうの会」代表の柴垣美男さんが寄付してくれた。誠にありがたい。

国内でも、国宝は年間30日以上の開陳は法律で禁じられている。と言うことは、つまり、所蔵している所へ行っても、殆ど見ることが出来ぬと言うこと。「ふくろう文庫」では、それが見れる訳。仲々のものでしょう。」


  1. 堀田謹吾.名品流転.NHK出版(2001) []
  2. 栗原信一.フェノロサと明治文化.六芸書房 (1968) []
  3. 保坂清.フェノロサ.河出書房新社(1989) []

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