山下敏明さんのあんな本、こんな本

第281回 ロマの女王エスマとキョウサイ

忘れぬうちに一つ先に書いておく。前々回(no279,図書館報「ひまわり」では2008年12月号のno95)で、私は「話は変わって麻生首相、連日暴言を吐く,字は読めぬは、、、」と書き出して、「~も一つ、野中某に対して、”部落出身の人間が大臣になるってのはどうかな”といった趣旨の暴言にたいしては、次の本を読めと言いたい」として、平凡社新書の「対論・部落問題」(組坂繁之+高山文彦著¥720)を挙げておいた。

序でに言うと麻生はこの時、部落出身の人間を天皇の前に出すのは如何なものか、と言ったという話があるが、それは今置いて、この本を読んだ人(麻生ではないぞ)から、質問がきた。それは同書217pに出てくる話で,大宅賞をとった作家の高山が、「ジプシー・キャラバン」なる感想を組板に語っていて、この映画に出ているエスマというおばさんシンガーが47人の孤児を育て上げた話を紹介し,黒人ダンサーのジョセフ・ベーカーは12人の孤児を育てたが失敗した、が、エスマはやり遂げた,とし,エスマが映画の中で「世界の人たちは,時には私たちロマのことを思い出してほしい。なぜって,私たちが戦争をした事がある?、よその国を侵略したことがある?、人の命を奪ったことがありますか?、私たちがそれをしてこなかったのは、私たちが国をもとうとしなかったからだ」と語ったと知らせます。質問というのは、この個所を読んで,エスマについて教えてくれと言うもので、、、、そこで,私がいつも車の中に入れておいて,時々聴いているCDをここに紹介する。「ESMA・Queen of The   Gypsies/ STEMRA発行、MC43005」エスマはタイトル通り「ジプシーの女王」と呼ばれる歌手で、CDの説明には「彼女の音楽には,カラフルで,情熱的で,楽しくエロティックだ。彼女のルーツは北インドにある」と書かれている。ジプシーの女王エスマに関してはこれくらいにして、もう一つ「ジプシー」なる語は今は使わない。代わりに使うのは「ロマ」、念の為。次に行くが、今週末1月24日、第四土曜日(これを書いているのは1月21日水曜日)に「第10回・ふくろう文庫ワンコイン美術講座」を、いつもの通り「ぷらっとてついち」の集会室でやる。題目は「画狂人・河鍋暁斎」````このワンコイン講座をやった結果、」いささかの効果が出ているらしくて、それは聞いてくれている何人もの人たちが、NHKの新日曜美術館やら,谷啓が出ている「美の壺」やら小林薫がナレーターを努める「ナントカ」を最近見るようになった。以前は全く見なかったが,ワンコインを色々聞いたあとで、目も耳もそっちに向くようになったと言ってくれることで分かる。更に又、これは苫小牧で「ふくろう森の会」を主宰して私を応援してくれている隅谷さんを初めとして何人かが言ってくれたには,「ワンコインで取り上げると、そのあと、どっかで、と言うのは新聞なり、テレビで取り上げる.ワンコインの方が取り上げるのが早い」と。一番近い例で言うと、去年の1月、第四回で「琳派」を語って、その際、近代に及んだ琳派の流れの代表的な画家として、菱田春草の屏風絵「落葉」を見せて語ったら、ついこないだの新日曜美術館で春草を取り上げた。更に次のテーマは「ピロスマニ」であって、私はこのグルジアの素朴派の画家について室蘭民報連載の「本の話」に2回、北海道新聞の「ふくろう文庫から」にも1回書いている```つまりは「ワンコイン講座」で取り上げる画家なり話題なりの後を追うようにして、それらのテーマについて報道されると言うことが続いて、「ワンコインはいい線いってるわ」と言うのが、結局の褒め言葉な訳で、これはやっている身としては、ありがたく光栄である。① 2008年刊/暁斎漫画/京都国際漫画ミュージアム/¥1,500 ②1999刊/河鍋暁斎と高井鴻山/小布施町教育委員買う/¥1,500

と言う訳で、今回は「河鍋暁斎」。これ、ギョーサイでなくてキョーサイと読む。ここん所を間違えると、鬼の首でも取ったようにギョーサイ派を馬鹿にする人がいるが、これ,即ち間違えることは無理もないことで、手近の人名事典、とってみてごらんなさい。例えば「新潮日本人名事典」、「新潮世界美術事典」もそうだし、更に権威のありそうな平凡社の「日本人名大辞典」も、おどろくことには岩波の「国書人名事典」も「ぎょうさい」。これはどうしてかと言うと、元来、この人は狂斎(キョーサイ)と名乗っていたのだが、明治3年(1870)40歳の時に、上野の不忍池の料亭「長蛇亭」での書画会に出席した際、酒に酔って描いた絵が,お上を愚弄するものと解されて、しょっぴかれた上,笞打ち50回(おー痛そう)の刑に処されて・・・これを機に「暁斎」と字を改めたが,訓みはそのままの「キョーサイ」で・・・と言う所が他には分からなくて「ギョーサイ」と間違われた歴史があって、まあつまる所は「キョーサイ」だ。夢間違うなかれ!!これににた例は鏑木清方でこれもカブラギデではなくてカブラキだ「ふくろう文庫」所収の全画集の函にはKABURAKIとあるぞ。

読みはこの辺にして、キョーサイは、幕末・明治はともかく、大正・昭和では知る人ぞ知る画家で、まあ、一種、忘却の彼方に埋もれていた画家だった。例えば、ここに1991年の9月に出た「絵解き・江戸庶民のことわざ」(東栄堂刊)なる本がある。著者はフランシス・ステナケルと上田得之助で、原題は「Cent Proverbes Japonais 」。1885年パリで出た。それはいいのだが,肝心の「絵解き」した画家の名前が原著にはなく、諸事情があったにせよ、この本の挿絵がKyosaiであると分かって、この翻訳本にはようやく河鍋暁斎画と明記される始末だ。いみじくもこの本を訳した北村厚一は解説で、「ちなみにKyosainoは、今日ではほとんど忘れられているが〜」と書いている。くり返すが1991年日本で出た本の解説でこうだ。と言う訳で,諸外国を除けば,本国日本で長いこと忘却の運命にあったKyousaiを取り上げる(と言ってもこれ2月号「ひまわり」)の原稿だから,これ出る頃には講座は終わっているが)。Kyosainの展覧会は昨年5月の京都での大展覧会までで18回開かれたそうだが、ここに関係のある図録3点を出しておく(②〜④)。④1990年刊/河鍋暁斎記念美術館/¥1,050        京都での展覧会には私も行ったが,京都国立博物館での「肉筆画」のみを集めた会場は超満員。一方同時期に開かれた「国際マンガミュージアム」デノ「暁斎・漫画展」の方はパラパラ???暁翠は娘。「ふくろう文庫」には既に全3巻の画集と,絵日記2巻がある。

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