第283回 山下敏明 読書歴

今となっては、きっかけはよくわからないのだが、確か高校2年生の時に、同期の「ヤッコ」と「ヨッコ」、つまり「泰子」と「佳子」と3人で,札幌の「茨戸湖」で遊んだことがある。何で札幌、それも外れの「茨戸湖」くんだり迄行ったのか,最初に書いたように、てんでわからぬ。

ボートに乗ってあれこれしゃべっていた時,私がへえーと思ったのは,ヨッコが掘辰雄の全集を持っていると言ったことだった。この2人がその頃、読書家だったかどうかは知らぬが,ヤッコは私に,ジョセフ・ケッセルの「昼顔」を、同じく高2の時に貸してくれた。堀口大学の訳だ。これは1966年には映画化されて,監督は巨匠ルイス・ブニュエル、主演はカトリーヌ・ドヌーブ。これ”夜は貞淑な妻,昼は娼婦という2つの顔を持つ女セリーヌ。彼女の肉体と心の矛盾、情欲と純愛の相克を描き出した秀作”と言うものだ。

ケッセルは今はあまり読む人がいないようだが,私が高校1,2年生の時には、丁度出始めた新潮社の「現代世界文学全集」に彼の長編「幸福の後にくるもの」全3巻が、やはり堀口大学訳で入っていたし,又,1969年は彼のレジスタンス(=抵抗)小説「影の軍隊」が映画化されて、これも良かった。

監督は暗黒物が得意のジャン・ピエール・メルヴィル,主演はリノ・バンチュラとシモーヌ・シニョレ。つまり我々の年代にはこのケッセルは身近な作家だった。高2にして「昼顔」読んでいたヤッコは,私にシュテファン・ツヴァイク「愛欲の海」を貸してくれたのではなかったかしらんと思い出して,先日会った時に「ツヴァイク貸してくれたのはお前だったか?」と訊いてみたら、「そうだったかも」との返事だった。

高2の時にはこのツヴァイクの「見知らぬ女の手紙」を映画化した「忘れじの面影」と、「ある女の24時間」を映画化した「哀愁のモンテ・カルロ」を観た記憶がある。と言う訳で,ケッセルとツヴァイクの思い出にはヤッコがついてくるが、

堀辰雄を持っていると言ったヨッコでは,彼女が福永武彦を教えてくれたのが,今では感謝だ。ヨッコがどう教えてくれたかは,はっきりせぬが,私は福永の名を知って先ず「夜の三部作」と言われる「冥府」「深淵」「夜の時間」を読んでみて福永ファンになった。なったはいいが、困ったのは完成に10年を費やしたと言う昭和27年刊の「風土」が手に入らぬことだった。どのくらい手にはいらなかったかと言うと,大学のため上京して、神田だ,池袋だと古本屋を片っ端から歩いて訊いてみても,「風土」と聞いて,どの店もが出してくるのが、「風土」は「風土」でも哲学者・和辻哲郎の「風土」なのであった。今私が持っている「風土」は昭和43年(1968)刊の「決定版」と名乗るものだ。①1

「風土」はさておき、もう一つ彼の著作で入手出来なかったのは、②「1946・文学的考察」で彼が組んだ中村真一郎と加藤周一を知ることが出来た。中村真一郎で最初に読んだのは「夜半楽」だが、これは高校生には難しかったように思う。

2

加藤周一は中村について「〜彼は碁を打たづ、将棋を指さず、琴を弾ぜず,”カラオケ”に行かず〜」と語っているが,私が終局的に中村を好きだったのは、これ又加藤の評言「〜(彼は)独りの時は本を読み,考え,空想していた。周辺に人があれば、あるいは観察し、あるいは会話を楽しんでいた」にみられる中村の態度であって、私はこの大読書人たる中村の姿が好きだった。評伝「蠣崎波響の生涯」とか、「木村蒹葭堂のサロン」などは本当に面白かったし、何しろ、彼の数々の読書録を読むのは、及ばぬ、及ばぬと思いながらも実に楽しく、刺激されたものだった。もっとも、中村が確かポール・クローデルの〔繻子の靴」を訳した時に、「図書新聞」だったかで誤訳云々と指摘された時には、「中村程にしてからがな」と妙に感心したものだった。

福永と組んだもう一人の加藤周一は、渡辺一夫のユマニスム文学の系譜で既に知ってはいた。加藤の本で最初に読んだのは、昭和34年刊の評論集「現代ヨーロッパの精神」だった。総合商社を止めて司書となり、室工大に勤めて間もなくは大学紛争の頃で、この頃読んだのは回想録「羊の歌・正続」や評論集「言葉と戦車」だった。②3

ところで私は、大学4年生頃だったと思うが、神田を歩いていて学士院の前(だった筈)で加藤周一の講演会の知らせが出ているのに気付いて入ってみた。細かいことは忘れているが、司会者は加藤周一を紹介するにあたって、「加藤さんは米,独、カナダなど海外の大学で客員教授として活躍されており、その名の通り、世界一周をして、世界を又にかけて、、、」云々と言った。舞台に現れた加藤は、下から見る限り、小男と言っていい印象で、余風采があがるというタイプではなかったと思うが、驚いたことに話すにつれて、その姿が段々と大きく見えて来て、その時私は、語られる思想によって、語る人間の姿形が大きくなるもんだなあと実感したのだった。

加藤はゲーテのことを語る時、唇をすぼませて「ギョエテ」と発音した。直ぐに私は「ギョエテとは俺のことか?とゲーテ言い」なる句を思い出したが、勿論これは鴎外が「ギョエテ伝」を出した時の世のからかい句だ。

加藤周一は、昨2008年12月5日亡くなった。今年に入って出た2冊をここにあげる   ③4

私の本棚の加藤の棚もこれで打ち止めだが、彼の思想の真骨頂ははこれからますます発揮されるだろう


  1. 福永武彦・風土・新潮文庫・(1968) []
  2. 福永武彦・1946・文学的考察・冨山房・(1977) []
  3. 加藤周一・私にとっての20世紀・岩波現代文庫・(2009) []
  4. 加藤周一・高原好日・筑摩書房・(2009) []

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