山下敏明さんのあんな本、こんな本

第289回 彼岸花=マンジュシャゲ

もう6, 7年になろうか。

伊達の農協で花札(と言うと変だね)、花の札に「こんどう」と書かれているのがあって、「こんどう」??初めて聞く名だな。小学校の時、同級生に近藤啓子と言う目のクリクリしたのがいたっけな。だけどあれとは関係がないな・・・と思いつつ帰宅して、花の本を色々取り出して見てみるが、いずれにしても「こんどう」は出ていない。ハテナ、何かへんだな?と思っているうちに妙なことを連想した。と言うのは、私が仲人したSの息子のRが先年結婚して年賀状やらナニヤラが来るようになったが、それをRに代わって書く嫁さんの書き方がすこぶる変なのだ。ここに図解するが、例えば年賀状のウラに、右端に寄せて読めない位の細字かつ小さい字で挨拶が会って、左下の隅っこにこれ又同じような調子で名前がある。他にちょっとした用事の場合でも、用件は1,2行にして右に・・・とくるから、葉書全体は殆ど余白で、最初は字がどこにあるかを探すのに苦労した程だ。大袈裟だと言う人もいようが大袈裟ではない・・・で,この嫁さんの書き方を連想した訳。①1

ハハア、花の札には、もう1つ2つ何かあったんだな、と思い返して、又行ってみた。すると、この推理見事当っていて、左の通り。つまり左上と右をたすと、こんどう+丨=にんどうなのだった。【に】が2つに分かれていた訳。そうか、そうか「にんどう」だったのか、これなら分かった。よし買ってやる、と私はつぶやいて、その息も絶え絶えに干からびているちっぽけなつる性の植物を買って来た。「にんどう」は=「忍冬」で、冬も葉っぱが落ちないのでこの名がある。おまけに、昔(と言ったってどの位かは知らんが)子供たちが、この花の蜜を吸って楽しんだので、「吸いかずら」とも言う。つまりスイカズラ科。

買って来たこれ、つるが他の植物に巻きつかぬように、ナンテ注意が必要だが、狭い庭でそんなゼイタクは言ってられないから、紅葉の下に植えておいたら、これに巻きつき、伸びた蔓の先には花が咲き,実がなるようになって来た。狭い庭だと言ったが,植えてみたい花は、イクラもある。②2

例えばノウゼンカズラが欲しい。これも昔、佐渡島で見て、余り鮮やかなので,ダメと承知で3度トライしたが,3度とも越冬出来なんだ。これ漢字では「凌霄花」と書くが,最初の2文字「りょうしょう」が「ノウゼン」の語源だと言う。分ったような分からんような。本草学者の貝原益軒が、ノウゼンカズラの花にたまる露が目に入れば,目がつぶれると言っているが、これは誤り(だそうな)。ついでに、スイカズラのカズラもノウゼンカズラのカズラも「つる」のことでありますよ。我が家で3度もダメだったこの花、有珠の国道の民家に見事に咲いている所あるけど、有珠の気温,風はやはり白鳥台とは大分違うのかな。

今、我が庭にはソバの花が満開で,実もびっしりついている。と言っても,別にこれを採って流行の「ソバ打ち」をしようと言う魂胆ではない。時々行く伊達のソバ「翁」の玄関先に落ちていた種を拾って来て蒔いたのが発端・・・で今一番欲しいのは、無理と分かっていてほしいのは、「マンジュシャゲ」。無理と分かっていて、というは、この花、北海道では咲いていないからだ。 3

マンジュシャゲ=曼珠沙華=彼岸花=ひがんばな=ヒガンバナだ。何年前だったか、愛知県は半田市の童話作家・新美南吉の生家を訪ねた時のことだが、そちこちに咲いているマンジュシャゲの群生の美しさには,只々感嘆した。当の南吉の書いた童話「ごん狐」にこれが登場する。こんな具合だ。「お午が過ぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵さんのかげにかくれてゐました。いいお天気で,遠く向こうにはお城の屋根瓦が光ってゐます。墓地にはひがん花が、赤い布のようにさきつづいてゐました」

墓地に「ひがん花」があるのは何故か?となれば、一説に,昔、土葬をしていた頃、遺体を肉食獣んみ食べられないようにするためで、これは不快な臭気を放ち毒を含むその球根を動物が嫌うからだ。じゃによって人々は、この花を「死人花」とか「火事花」とかと、縁起でもない名前で呼んできたのだが、私はだからと言って嫌いにはなれぬ。大体が、そなたも、こなたもと作家達が悪いわな。

例えば北原白秋の歌集「思い出」の中の「曼珠沙華」は」こうだ。

Gonshan Gonshan  何処さゆく

赤い  御墓の曼珠沙華    曼珠沙華

けふ(今日)も手折りにきたわいな

因みにGonshan(ごんしゃん)とは白秋の故郷の柳河語で「良家の令嬢」のこと。

又例えば、梅木三郎作詞の御存知「長崎物語」

赤い花なら曼珠沙華

阿蘭陀屋敷に雨が降る

濡れて泣いてる じゃがたらお春

して又例えば、二葉あき子は「ああ切なきは女の恋の曼珠沙華」とくる。極めつけは先述の白秋の詩の最後の文章で、「〜曼珠沙華,恐や、赤しゃ〜」だ。

しかし、この花、悪いイメージばかりではない。かって飢饉の時にはこの根を毒抜きして食べて「救荒植物」の一つと見なされたし、水田の畦に植えれば、雑草を押さえるアレロパシーなるもの発してくれる。・・・と言う訳で、私は偏見なしに、この「赤い花」が大好きだ。いずれ、100万本が咲くと言う埼玉県日高市や大分県豊後高田しに行こうと思っている。10月上旬はこの花の見頃だ。④4


  1. 有薗正一郎・ヒガンバナが日本に来た道・海青社・(1998) []
  2. 湯浅浩史・花おりおり・朝日新聞社・(2003) []
  3. 栗田子郎・ヒガンバナの博物誌・研成社・(2002) []
  4. 有薗正一郎・ヒガンバナの履歴書・あるむ発行・(2001) []

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