山下敏明さんのあんな本、こんな本

第304回 卯年に因んで兎の話

`10.12.15寄稿

「守株(しゅしゅ)」又は「株守(しゅしゅ)と言う言葉がある。昔宗の農夫が、兎が偶然、木の切株に頭をぶつけて死んだのを見て以来、百姓仕事を止め、木の株の番をして暮らし、国中の笑い者になった...出展は「韓非子」

つまり、ある日桑畑に出た農夫の前に飛び出た兎がいて、これが桑の切り株にぶつかって頓死した。農夫は労せずして兎を得た訳で、ならばと、来る日も来る日も又しても兎がぶつかって死ぬのを待ったが、その中、田畑が荒廃してしまった=これを指して、守株の愚で、人間は働かねばダメだと言う教訓、もしくは1日習いをいつまでも固定して進歩ののないことのたとえとなる。因みに「韓非子」とは中国は戦国時代の韓の公子で、彼が書いたとされる法律、刑罰が政治の基本だとした前20巻の本(だと)

さて、この守株にもとづいて出来た歌があって、即ち「待ちぼうけ」作者は北原白秋、作曲は山田耕筰。

①「待ちぼうけ、待ちぼうけ/或る日せっせと野良かせぎ/そこへ兎が飛んで出て/ころりころげた木のねっこ」

②「待ちぼうけ、待ちぼうけ/しめたこれから寝て待とうか/待てばえものは駆けてくる/兎ぶつかれ木の根っこ」

③「待ちぼうけ、待ちぼうけ/昨日は鍬とり畑仕事/今日は頬づえ日向ぼこ/うまい切り株木のねっこ」

一説には白秋はこの話が満州の伝説だと思っていて、満州の教育会用の童謡として作ったと言う...が博識の白秋がこの諺、知らぬ筈もないだろうが、とも思う。「兎の日本文化史1

ところで、童謡と兎とくれば...で、皆が思い出すのが「だいこくさま」石原和三郎作詞、田村虎蔵作曲。

①「おおきなふくろかたにかけ/だいこくさまが来かかると/ここにいなばの白兎/皮をむかれて赤はだか」

②「だいこくさまはあわれがり/きれいな水に身をあらい/蒲の穗綿にくるまれと/よくよく教えてやりました/」

③「だいこくさまのいう通り/きれいな水に身をあらい/がまの穗綿にくるまれば/兎はもとの白うさぎ」

④「だいこくさまは誰だろう/おおくにぬしのみこととて/国をひらきて世の人を/たすけなされた神様よ」

今、皆が思い出すのが、と書いたが、つい先日そうでないことがわかった...と言うのは12月8日に、私は苫小牧の沼の端小学校で、5.6年生に「兎」の話をした。これは5年生に蔵書の楽しみを味わせるべく「蔵書票」の作り方、6年生には、自分が読んだ本を他人に勧める楽しさを知るべく「帯」の作り方を教える授業で、前段で2011年の「卯年」に因んで「卯=兎」の話をした訳だが、そこで「因幡の素兎(いなばのしろうさぎ)」について語ろうとして、この話を知っているかどうかを聞いたところ、殆どの生徒が知らなかったのが、私は本当に驚いたが、同席していた墨谷真澄さん(池ノ端小学校地域連携委員長)によれば、「今学校で神話を教えてないからではないでしょうか」とのことだった。

と言う訳で、知らない人のために「因幡の素兎」の話の大まかな輪郭を知るために、態々4番までの歌詞を全部書いた訳。「ウサギがはねてきた道2

さて、その話とは...大国主命(おおくにぬしのみこと)は兄弟たる八十神(やそがみ=大勢の兄弟)と共に、因幡の八上比売(やがみひめ)に求婚するため出かける。この時、一行が気多の岬(けたのみさき)にくると、皮をむかれた赤裸の兎がいる。これを見た兄達は「海水で身体を洗い、高い山の上で風に当てるといい...と教える。むろんのこと、これは意地悪で言っているから身体にいい筈がない。そこへ遅れた大国がやって来て、兎の話を聞く、兎が言うには、自分は隠岐の島に住んでいるのだが、こっちに来たくて、だけどその方法がないので、ワニに、お前の一族と私の一族はどちらが数が多いかくらべてみよう。私が数えてやるから、この島からあっちまでずっと並んでごらん。と提案し、ワニが並んでしまうと、その上を跳んで来て最後の所で、ヤーイだまされたろう、と叫ぶと、ワニにつかまって毛をむしり取られ赤裸にされたのだ云々(うんぬん)。そこで大国が兎に言うには川口行って、真水で身体を洗い、川辺の蒲の黄(はな)を敷いて、その中に寝転べと。その通りにすると、兎の身体は元通りになった。そこで兎が曰く「あなたこそ、八上比売にふさわしい方です。この予言は当って大国は大国主となった。という訳だが、この話色んな意味で単純でない。その単純でないところをアトランダムに述べていくと、

• 兎の皮膚は、つまり毛皮はまるで紙のように薄くて、手荒くつかもうならかなりの部分でつるりとむける。しかも一旦向けても直ぐに直り、痕がつかぬと、これ、外敵から身を守るための兎の生身の知恵で...つまり、ワニに皮をむかれ「赤裸」なる点は、古代の人々もよく知っていた兎についての知識でではないのか

• 次に...大国主命が言う「蒲黄」(がまのは)とは、実はこれ、漢方での止血剤で、つまり、敷き散らした蒲黄に寝転ぶことによって、身体中に止血剤が散布され、これで肉芽組織が盛り上がって直った...というのだ。そして又、すばらしいことに、この記述は、日本で、最初に書かれた薬の記述だと言う。

• 次に...するとつまりは大国主が医療に通じていた、となる訳で、この八十神を加えた一団の男達は呪術師達の一団であったろうとなり、かつ又、兄達に一種のイジメを受けるのは、団体に若輩者が入る時の一種の通過儀式たるイジメで即ち荷物を担がされ云々とは、成年式或いは入団式の儀式を意味する話だろうとなる。

• もっと面白いのは、この話は、朝鮮の玄兎郡の住民達が隠岐島に漂着し更に因幡の国に渡来移住した話がもとになっているとの説もある由。「うさぎの兎3

もう何年前になるか、私は卒業生達と、石見銀山を訪ねたとき、鳥取から国道9号線を走ったのだが途中に「白兎海岸」なる所があって、その沖には「淤岐ノ島」(おきのしま)なるものもあった。近くには皮膚病や火傷にご利益があるとされる「白兎神社』もあった海岸の前にあった浜の漁師がやっているバイキング式の食堂があったが、ここはまずかった。

何にしても、「兎」...知るべきことがワンサあって「兎」のようにノンキに昼寝などしていられないぞ。

「ワニ」とは「何ぞや」の問題もあるしな!!

「百分の一科事典 ウサギ4









  1. 赤田光男.兎の日本文化史.世界思想社(1997) []
  2. 川道武男.ウサギがはねてきた道.紀伊国屋書店(1994) []
  3. 増井光子,うさぎの兎.博品社(1998) []
  4.  スタジオ・ニッポニカ.百分の一科事典 ウサギ.小学館(1999) []

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