山下敏明さんのあんな本、こんな本

第315回「温泉文化史・東西昔話」

2012.1.16月寄稿

1月21日土曜日、登別市立図書館3Fで講演をする。図書館が市民向けに行う文化講演といった趣のものだ。演題は「温泉文化・東西昔話」。それでこの何日か用意をしている。いつもの如く、書棚から関連の本を出して、既に読んで付箋を付けてある所をチェックしてという順序でやるのだが、今「温泉」と書名にあるものが2,30冊目の前においてある。今日は1月16日、図書館は休み。それで朝食後、新作DVDの「小川の辺」を返しがてら、登別は「さぎり湯」に直行し、入浴後そばを食べて帰宅−で、今これにかかったところ。

大正15年4月に発行された田山花袋の「復刻版温泉めぐり1 」には(1)「温泉のいろいろ」から(105)の「満鮮の温泉」まで、各地の温泉が紹介されているが、

今日行って来た登別は、ナント、尻から2番目の(104)に「登別と北投」とあって、花袋が書くには、「〜さてこう書いて来て、もう二つ優れた温泉が日本にあるのを私は思わずにはいられない。沢山書いて来た何の温泉場にもすぐれて勝っている温泉場が。それは何処か?、即ち北海道の登別温泉と、台湾の北投温泉とである。〜殊に、登別温泉の湯の分量の多いのなどは、人の目を驚かすに足りると言うことである。遺憾ながら、私はまだ両方とも行っていない。〜」このあとで花袋は面白い表現をする。「〜そうした温泉、つまり登別と北投が内地になくって却って外藩にあると言うことは、一種不思議な皮肉を私に感ぜしめずには置かなかった」。

北海道は台湾と一緒に植民地扱いされているのである。もっとも私の年代でも、大学時代、夏休みのあと又東京に出かけるのを「明日、内地に戻る」なんぞ言っていた。

さて、ここに嵐山光三郎の「ざぶんー文士放湯記ー2 」がある。

私はこの人嫌いではない。大方読んで来ている。「悪党芭蕉」なんて大した本だと思う。余談だが、何年前だったか、嵐山と札幌駅構内で行き交ったことがある。忙しげに歩いていて、その姿形は、今どき珍しくトンビ=二重回しのようなマントを着て、シャーロックホームズ風の帽子をかぶって、お付きの者3人程従えて中々格好良かった。それはいいが、この「さぶん」で嵐山が花袋について言うには....

場所は奥日光の温泉、花袋は国木田独歩と湯につかっている。すると、女湯に客の入る音が聞こえて、独歩は覗き見をする。目の先には黒髪の女がいて、独歩が花袋に言うには、「この女は好き者だぜ、一度男にくらいついたら、食いつくしてしまう」...で、この女はナント20歳の与謝野晶子だと分かる。どうしてか?、宿の入り口に”境敷島会御一行様”とあり、女性短歌会の研修旅行の一行の1人だからだ。覗き見のあと独歩が花袋に言うには「やあ、おめえ、チンポコ固いじゃないか、興奮しやがったな〜、お前の筆名は汲古(きゅうこ)だったな。そんな小難しい名はやめて、勃起としたらどうだ。えーおい。ウーン、勃起じゃ生々しいか。では固いってのはどうだ。チンポコ固い、じゃなくて『山田固い』。そして追っかけて「固い、歌体、火体、過胎〜おめえ田舎者だが花が好きだからな、そうだ花袋にしろ」。こうして本名録彌(ろくや)は花袋となった。????文学史の史実をちりばめているのはいいが、こう品のない与太を飛ばされると....。

私は中3から高1に欠けて、その頃文庫本で出ていた田山花袋の本をは全部読んだ。同時に徳富沪花のも全部読んだ。皆が長くてもてあますという長編の「時は過ぎ行く」も「生」もちっとも長いとは思わなんだ。アルフォンス・ドーテの「パリの三十年」にヒントを受けて書いた「東京の三十年」も好きだった。

ところで、フランス文学者の中村真一郎は、「花袋には、それこそ”バカ正直”な誠実と純粋さがあり、〜やがては、人々をある感動に誘い込む力を持っていたのであろう」と言っているが、高一の私も誘い込まれた方だったのだろう。「一兵卒の銃殺」にも「重右衛門の最後」にも本当に感動した。

その誠実な花袋の筆名の由来が「固い」だって?。「おふざけが過ぎないか?」と言いたい所だが....。他人が言ったり書いたりしたことに、「まさか?」

とか「眉唾だ」と言うひとがいる。

こう言う反応を示す人は、往々にして無知で見聞がせまい人が多い。自分の知見外の人間や事柄が存在することが分からぬ人なのだ。「まさか派」をそうとらえている私は、だから、この嵐山の「固い」説に対しては「初耳だ」とだけにしよう。嵐山は「ざぶん」を書くにあたって伊藤整の「日本文壇史」に一番世話になった、と言う。「初耳」の私としては、「日本文壇史」を読み返すことにしよう。

「東京三十年』には確か「KとT」なる一章があって、これは国木田と田山のことだが、これも読み返してみよう。それにしても、虚構とは言え連想に品がない。

高一の時に田山、徳富を専ら読んだと、と書いたが、高2の時には有島を読んだ。高2の夏に全国高校弁論大会があって、社会科の水口先生に強くおされて、私は全道大会に出たが、結果道代表となって東京に行ったのだった。その時、神田で買ったのが叢文閣版の全10巻の有島武郎全集で、確か¥2,000だった。嬉しくて嬉しくて皮のトランクにびっしりと入れて帰ってきたが、この有島について又「ざぶん」はどう書いているか?。

有島は御存知の通り「婦人公論」の記者・波多野秋子と心中した。その辺りを嵐山は...2人は水風呂に入っている。「〜秋子の手が武郎の睾丸をふわりとつかんだ。”葡萄・一房の葡萄よ”」。風呂から上がって2人は死の用意をするが、その前に「〜秋子は虎のような声を出して唸った。それから、ソファーに座ると大股を開いて、武郎をみつめて妖艶に微笑んだ。〜股間の陰毛が水で光っていた。〜秋子は両足をあげて武郎にしがみつき〜で「葡萄のようにぶら下がった2人の遺体〜全身が腐爛してどちらが男か女かわからない〜」。

「小説」だから目くじら立てる必要はないが、『ざぶん』に飽きて、呆れた私としては、受講者には川村湊の「温泉文学論3 」をすすめるつもりだ。

気分直しに版画家・前川千帆の名作「版書浴泉譜4 」(昭16)の中の「洞爺湖」を出しておこう。

ナントのどかな風景だろう。私が小2で疎開した時の洞爺は正しくこの風景だった。その辺も語ってこよう。

※ 前川千帆(せんぱん)は、ここで始めてザリガニを食べて不味かったと書いている。私は万世閣の前にあった「飯野」という小料理屋(?)の裏の離れに、すぐ上の姉と2人で疎開していた。温泉小学校では授業の記憶はなくて、毎日イタドリを切らせれた。兵隊用のタバコ代わりにイタドリの葉を使ったのだ。

 


  1. 田山花袋.復刻版温泉めぐり.岩波文庫(2007)) []
  2. 嵐山光三郎.ざぶんー文士放湯記.講談社(1997) []
  3. 川村湊.温泉文学論.新潮社(2007) []
  4. 前川千帆.版書浴泉譜.竜星閣(1954) []

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