第335回 作曲家テレマン.上野英信の妻の記.そして塙保己一

2013.9.16寄稿

もう大部前になるが,1年に1度、卒業生が集まっての墓参りの旅(室工大建築科卒、27歳で癌で倒れた水野正弘君を偲んで)でのこと。夕べの一酌の間に,盛岡在のこれも建築出の梅田が余興で,持参したCDのオークションをやった。その中に,梅田が買ってみたものの余り興味がわかなかったらしきCDの一かたまりがあって,梅田が言うには全部まとめて¥6,000だと。...

誰も手を挙げぬので,我妻さんが「それでは気の毒」とまとめて買った.何枚あったか忘れたが,ロマ(ジプシー)音楽が主で,その他に教会音楽も入っていたが....例えば,ギョーム・ド・マショー(1300-1377)なんてえらい古い人のミサ曲...、私には珍しい感じのものが多くて、¥6,000は高いものにならなかった。

ーでー中に、ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)のソナタ集があった.テレマンはドイツのマグデブルク生まれ.貧困家庭で,音楽は独学。それでも気張ってライプチヒ大学で語学と,科学を学び,最初は協会のオルガン奏者となって,やがて頭角をあらわし、...ということになるのだが、本当のところはバッハやヘンデルよりも人気があったそうな.テレマンの得意とするところは「卓上音楽」。

これは早い話しが,バック・ミュージックで,と言うのは,貴族や宮廷や教会の宴会の時に奏でられるものなのだ。そのせいか、出だしからして軽快というか賑やかというか,モーツアルトも顔負け,と言った感じで,イキナリワッと始まる感じだ。で、テレズニ言うと,私はこのテレマンを時々かけて、ヒョイヒョイとタクトをふる真似なぞをする。

ところが、このテレマンで先日驚いた。「日本テレマン教会」なるものがあって、今年創立50周年を迎えたと言うのだ.監督の延原武春氏二よると、テレマンの「人が喜ぶために作曲している」なる言葉に共鳴して始めたのだそうな.いい話だなあ。

葉室麟は2005年に「乾山晩愁」で歴史文学賞をとった、いわば遅咲きの作家だが、今彼の12年に直木賞をとった「蜩(ひぐらし)ノ記」が映画化されている由。監督は黒沢明を尊敬する小泉堯史.配役は藩主の側室と密通した戸田秋谷に役所広司、その監視役の壇野庄三郎に、この間「天地明察」に出てた岡田准一。この岡田、役所を尊敬している由。(ここで私に言わせると、この役所、嫌いではなく、うまいと思うが、そちこちのコマーシャルで映画と同じ全力投球的表情を見せられると、人間勝手なもので、あきて来る)

それは、まあ、ともかく、葉室はこれを知って「尊敬出来る人物を持てることの幸せ」を語り、「私にも記録文学作家の上野英信という師匠がいます」とむすんだ由。

上野とくれば、私の棚にもその衝撃的な「追われゆく坑夫たち」(1960/岩波新書)から始まって、最後の頃の「出ニッポン記」「眉屋私記」他「追悼、上野英信」まで全点(?)揃っているが、この葉室の言葉で思い出したのは、上野の妻・晴子の「キジバトの記」。全国から来訪するファンを英信は酒で迎えた.晴子は貧苦に耐えながら英信を支え、「〜夫の性格は余りにも強く、その目指すところあまりにも高かったゆえに、伴侶として力不足の私はしばしば失速し転落した」と言い、又「〜たしかに彼は堂々と男らしいさわやかな酒の呑み方をした。でもそれは、他人を交えている間だけのことである」と言い又「〜師としてして仰げば、彼程多くのものを与え得る人は稀であろう」とも書く。この壮絶な妻の記録、読むべし。

「キジバトの記1 」

たしかに時代が変わって来てるなと思わせられるのは、宗教界の動き。なにしろ太平洋戦争の時の宗教界の軍事国家への協力振りは、キリスト教であれ、仏教であれ酷いものだった.神童にいたってはいわずもがなだ。

それが今や,宗平協(=日本宗教者平和協議会)が結成50周年を迎えるまでになった。この会の目的は,核兵器廃絶、反戦平和運動etcで、はなはだ頼りがいがある。

話しを変えるが、何年前だったか、近江八幡で,ヴォーリズ生誕祭があって、ヴォーリズの手になる建築がまとめて開放、とかで行って来た。ヴォーリズはメンソレータムを売り出したアメリカ人宣教師だが、本職より有名なのは建築設計者としての名前だ。私の出身校明治学院大学のチャペル(教会)もヴォーリズ設計だ.大津に宿をとってあちこち歩いたが、いわゆる「近江八景」も何ヶ所か見た。これ、近衛政家・尚道親子が,中国洞庭湖の瀟々八景(しょうしょうはっけい)を真似て歌を詠んだのが始め.明応9年のことだと言う.(1942、応仁の乱の時代だ)「瀟々八景2 」

さて、その近江八景の一つ「三井の晩鐘」の三井寺(つまり天台宗総本山、園城寺)の長吏(ちょうり=長老),福田英明の談話がとてもいい.曰く「今の憲法になり,戦争に行かなくていい.〜兵隊に行って死ななくていいとなった.一番肝心なことです.憲法は変えてはいけない〜」。「安倍首相になってからコロッと自民党の感じが変わった.〜人の悲しみ喜びを自分のこととして考えなさいというのが仏教の教えです」.曰く「福井県の大飯原発になにかあれば琵琶湖の水もアウトです。」

もっとも、もっともと同感しつつ,弁慶の引きずった三井の鐘は今おいて,本家本元「瀟々八景」のことも、もっとちゃんと頭にいれなきゃな、と改めて堀川貴司の本を取り出した。

私はこれを書いている今日9月16日生まれだから、理由もなく、9月に縁のある人が好きだ.殊にその人が本好きならば。例えば、塙保己一(はなわ・ほきいち)。何故か?過ぐる9月12日は保己一が死んだ日。この盲目の国学者が作った一大双書が「群書類従」1227種の古典をあつめたもの。「伊勢物語」も「将門記」も全部これに入っていて、我々はどれ程お陰ををこうむっていることか。「三代編纂物群書類従・ 古事類苑・ 国書総目録の出版文化史3 」

目が見えるのに「読書は嫌い」なんて「モッタイナイ」ことを言う人間の気がしれぬ。

 

 


  1. 上野晴子.キジバトの記.裏山書房(1998) []
  2. 堀川貴司.瀟々八景.臨川書房.(2002) []
  3. 熊田淳美.三代編纂物 群書類従・ 古事類苑・ 国書総目録の出版文化史.勉誠出版(2009) []

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