第348回アメリカの人種差別とナチスのレーベンスボルン

2014.10.20寄稿

先頃、アメリカ映画「フルートベール駅で」を観た。2013年の米サンダンス映画祭で作品賞と観客賞を受けた秀作で、監督・脚本は黒人のライマン・クーグラー。実話だ。2009年元旦、サンフランシスコの電車の駅で、22歳の黒人青年が白人警察官に否応なく射殺される。

言うまでもなく黒人青年には咎められるべき落ち度はない。オバマがが大統領になって、黒人の地位が変わるかと思われたが、何も変わっていないようだ。「変わるかと思われたが」というのは私の意見ではない。私は「chenge」はないと思っていた。50年前、白人と黒人は平等という「公民権法」が出来たが、そんなことは大方の白人にとっては、空手形通り超して、無意味な文章に過ぎんだろう。

西部のミズーリ州ファーガソンで起きた射殺事件を見れば、判ることだ。此処人口6割り以上が黒人なのに、地元警察の9割が白人だ。新聞の統計では、黒人は全米人口の13.2%〔2013〕だが、犯罪捜査として、例えば車を止めて職務質問をし、社内捜査をを受ける割合は黒人が白人の3倍以上の由。

人口10万人当たりの受刑者数(2010)黒人が白人の6倍以上、貧困率(2012)は白人9,7%、黒人27,2%、失業率〔2014〕は白人5.3%黒人11.4%etc。オバマなんてのは黒人の中の別格の別格なのだ。

この映画の後、続いて「それでも夜は明ける」を観た。これも実話で、1841年のこと。自由黒人なる、つまりは奴隷でないとの身分証を持つ黒人バイオリン弾きが、うまい話にだまされて奴隷の身に落とされて12年間,,,,と言う話。ご存じ「南北戦争」の直前、1860年には南部の綿農園に実に400万人の奴隷がいた。農園主の支配の鉄則は、言うまでもなく考えるかぎりの手を使っての暴力だ。で、この映画の主人公だがあり得ないほどの幸運にも、奴隷反対の白人(ブラット・ピット)によって救われる。ところで、この映画をプロデュースしたのがこのピットで、「あと一作しか映画を作れないならば、作るべきはこの作品」と断言したほどの気の入れ様。エライもんだ。映画が終わって流れた解説(テロップ)の中に、主人公ソロモンは解放された後「地下鉄道」に協力と出てエライもんだと納得。これ逃亡奴隷をかくまったり、逃亡を助けたりのクエーカー教徒と自由黒人の援助組織で、南北戦争までに6万人の奴隷を救った。このテロップで40年も前の本を思い出した。「自由への地下鉄道1 」ヒルデガード・ホイット・スイフト著がそれ。

「レーベンスボルン」=「生命の泉」なるドイツ語をご存じか?ナチのSS長官ムヒラーが創った「産院」を指す言葉だ。何のための施設かって?となれば、ヒトラーが目指した千年王国=第三帝国を支える人材、即ち、金髪・碧眼・白皙(はくせき=色白)人種を増やすための場所=「人間種付け所」。で、ナチの各機関は全力をあげて、ポーランド、チェコ。ユーゴスラビア、ロシアにいたるまで手を広げて、「人種的に価値ある」即ち上記3つの条件に当てはまる子供達をさらい集めて、いずれ合体させ子供を生ませようとした。その数ポーランド一国で20万人以上というから、後は推して知るべし。その一方、例えば占領したノルウェーではちょっと違ったことをした。というのは、1940年ノルウェーを占領したドイツ兵は38万人もいて、当然現地人たるノルウェー女性と懇ろになるものもいる。ナチは最初この関係を禁じたが、何しろノルウェー人はバイキングの子孫たる人間であるから、何人も、体格、毛髪、目の色と純粋なアーリア人に近い。それでナチは方針を変えて、ドイツ兵を父とする子をはらんだ女達を、これ叉「生命の泉」と名付けたホームに集めて出産させ、その子供の多くをドイツに連れ去ったが、中には、そのままホームに残されたものもいて、この子達は戦後、理由なく「知的障害者の可能性」が高いとの断定を受け、「敵の落とし子」として、過酷な差別にさらされた。さて先日、「誰でもない女」なるノルウェーorデンマーク映画を観た。私の見落としでなければ、まだ批評や資料紹介がでないので、監督他はよく分からぬが、これ「レーベンスボルン2 」がテーマの映画。ドイツに連れ去られた女児が、「生命の泉」から脱出して、生みの母親の元へ向かおうとする,,,ガ.…最後に東ドイツでは(だったと記憶する)戦後、連れ去られた子供達をスパイにしてノルウェー、デンマークに送り込んでいた....との文章が出る。実に珍しいテーマだ(と思う)。本書の他に、シュヴァルベルク「子供達は泣いたか3 」(大月書店)、トヴァルデッキ「ぼくはナチにさらわれた4 」も「レーベンスボルン」がテーマの本だ。




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フランス文学者の渡辺一民は「私の選んだ文庫ベスト3」、大仏次郎の回で、①ドレフェス事件、②鞍馬天狗、③「天皇の世紀」をあげた。異論はないが、各各についての思い出を書くと、③「天皇の世紀」については、金子光晴が「きなくさい作品」と言ったことを、②「鞍馬天狗」については、文芸評論家の新船海三郎が大仏と子母沢寛を比較した文章ー大仏は戦中、文学報国会に加わり、1943年第2回東亜文学者大会で、「大東亜の夢に憑かれて日本は必死の戦いを戦っていると述べ、一方子母沢は戦中の翼賛体制を支えた、その文学報国会に参加しなかったーを思い出す。、①ドレフェス事件…私は大学時代、ユダヤ人ドレフェスをかばったゾラの義挙に感銘を受け、未だに作家たるものの役目は、「意義申し立てにあり」と確信しているから、これを読むべき第1位にした渡辺に賛成だ。

さて、大仏を持ち出したのは他でもない。過ぐる8月中旬、フランス文学者の村上光彦が5月に85歳で死去したと報じられたからだ。大仏のノンフィクション作品の外国ものに「ドレフェス事件」と並ぶものとしての「パナマ事件」と「パリ燃ゆ」とがあるが、この作品のために仏文の資料翻訳をしたのが村上なのだ。村上は後に共訳の「ドゴール大戦回顧録」でポール・クローデル賞を受けた人。そこで、大佛の仕事を支えた村上の情理兼ね備えた大佛論を出しておく。「大仏次郎ーその精神の冒険−5 」がそれ。


8月下旬、「ふくろう文庫」は中国の掛け軸とか絵巻とか、古いものだけをあつめるのかと来た人がいて、どういう意味かと訊くと、「NHK日曜美術館で宮芳平とヴァロットンをやったが」との答えで、私は「宮芳平画集」と「ヴァロットン」展図録を出して。新しいものも蒐めていますよ、と答えると、納得してもらった。宮については、過ぐる9月19日北海道新聞「ふくろう文庫から」に解説したので、ヴァロットン(1865-1925)の書影のみいを出しておく。三菱一号館美術館-6月14日〜9月23日ーでの図録だ。

 

  1. ヒルデガード・ホイット・スイフト.自由への地下鉄道.新日本出版社(1967) []
  2. クラリッサ・ヘンリー.狂気の家畜人収容所.二見書房(1976) []
  3. ギュンターシュヴァルベルク.子供達は泣いたか.大月書店 (1991) []
  4. トヴァルデッキ.ぼくはナチにさらわれた .平凡社(2014) []
  5. 村上光彦.大 仏次郎ーその精神の冒険.朝日新聞社(1977) []

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