山下敏明さんのあんな本、こんな本

第355回 文化人を自認する人たちが試される時、それは非常時

2015.6.9寄稿

戦争法案や沖縄辺野古移設が焦眉の急の今....で、「『螢の光』」と稲垣千頴(ちかい)1

」なる本を取り上げる。あなたは「蛍の光」が四番まであることを知っていたろうか。エッ、二番でしょう?って?。

この本に、「第二次大戦後『蛍の光』はいち早く教科書に登場する.1949(昭和24)年国家主義的三番・四番を捨て、新検定制度最初の小学5年生の音楽教科書に掲載されたのである。」とある。

私事ながら、私は小5で在校生総代で送辞を述べ、小6で卒業生代表で答辞を読んだが、上に記された三・四を消された「蛍の光」を歌った最初の小学生だったと今になって知る。では、私がアンダーラインを引いた「国家主義的な」という三番・四番の歌詞は、最初いかなるものだったか?、今、議論の必要上、四番だけ書いてみる。「千島のおくも/おきなわも/やしまのそとの/まもりなり。いたらんくにに/いさおしく/つとめよ、わがせ/つつみなく」で、意味は「千島の最北端も、沖縄の地も、大八州日本のうちの領域である。派遣された地で、勇気を持って国のためにつくしておくれ、わが兄よ、夫よ、どうぞご無事で」。

この時代、1879年(明治8)琉球藩は日本政府によって強引に編入され、これ、いわゆる「琉球処分」。となると、この歌詞の意味は、千島沖縄とは、日本という国の北端南端を守る地域だということだ。

このことについて、教育学者の山住正巳は言う。「『蛍の光』を聞いた沖縄の方々が、こんなに早く自分たちの土地が日本という国の南端を守る地域として位置づけられていたのかということを知って、怒りを込めた複雑な顔つきをされたのが、私には忘れられない」と。

そして、この位置付けは今や日本のみならず米国までもが加わってのものとして、変化していない。とここまで書いて寝たのが6月6日夜。明けて6月7日の朝刊を開いてびっくりした。御存知百田大先生の発言の数々。曰く「もともと普天間というのは田圃のなかにあった」。曰く「つぶれてほしいのは朝日・毎日・東京」。読売が外されているのは、百田が自分と同じ側だと思ってのことだろうが、味方の筈の読売までもが,「看過できない”報道規制”発言」と批判しているのは、予想外の皮肉だね。要するに百田は権力にするよるだけのべんちゃらこきで、作家となのる只のまんぱちこきで、更に又そのエゲツナイ虚名の上げ方で金を稼ごうという守銭奴なのだ。ヤクザを相手にするものではないと上品ぶる人もいるが、この場合は、そう済ましている訳にはいかぬのではないか。

百田の言い種(ぐさ)を借りれば、「つぶされる」べきは百田自身ではなかろうか。江戸の昔、百珍とか百馬鹿とか同じ種類のものを蒐める遊びがあった。しかし百田ほど、一人にして数多の馬鹿の種を持っているのはいないのではないか。百田改百馬鹿とするのがよかろう、とさえ思われる。

ところで、百田の話に同調して、大西某議員が「マスコミをこらしめるには広告収入がなくなることが一番だ。文化人・民間人が経団連に働きかけてほしい」と発言した。因みにこの男、昨年衆議院総務委員会で、野党の女性議員にセクハラ野次をとばしたという下品な男。この男の頭には、「働きかけてほしい」という文化人や民間人のメンバーが既にあがっていたのだろうな。

先の大戦の時にも、軍部に迎合した文化人は掃いて捨てる程いた。その例は桜本富雄の本などに数多出ている。そして今も、権利にすり寄る文化人がいることは言うまでもない。文化人を自認する連中が本物かどうかが試される時となってしまったが、ここで近刊の「ヒトラーと哲学者2 」を、自他共に学習すべき例としてあげておこう。

ヒトラーに加担した法哲学者のカール・シュミット、哲学者のマルティン・ハイディガー。対抗した者としてベンヤミンやアドルノや、ハイディガーの愛人だったアーレント他が出てくる。今では知らぬ者のいない顔ぶれだが、知識人のあるべき姿を示唆する者として、読むに値する。

「ハイディガーは地位と権力に惹かれたただの日和見主義者で、ナチス支配の下で出世と威光をを手にする機会を狙っていただけなのだ」と指弾されるが、この意味では小者の百田や「たかじん」も同類だ。

新聞の文化・芸術のお知らせに、「彫刻の美〜本郷新に学ぶ彫刻鑑賞展」として、「本郷新(1905−1980)札幌生まれ。今尚読み継がれる彼の著書「彫刻の美」を例に展示作品の見どころを紹介します」とある。場所は札幌宮の森旧本郷アトリエ。へえーと思いながら、私は「彫刻と戦争の近代3 」を出してくる。

「〜彫刻作品を扱う多くの図録・書籍では、戦争中の彫刻についての言及が非常に少ないと言うことである」と書く著者の平瀬が、更に、戦時中の彫刻家のかつどうについて、「〜それらの動向を批判するつもりはなく更に、〜戦中には様々な〜活動があり、興味深い活動も含まれていた、ということを示したいだけである」と書く。

つまりは彫刻者達を「戦争協力者」として指弾する目的で書かれた訳ではない本書で、平瀬は、本郷が戦中軍事国家となってしまった日本の理念を問われて「高度国防国家の建設が現代日本の命題であり〜と答えたことに触れて、「高村光太郎に師事したモニュメンタル彫刻を手掛け。戦後はリベラル彫刻家として名を馳せた本郷のこのような発言は日本の戦争と美術の関係をとらえていく上で重要な意味を持つであろう」と皮肉でなく言う。実際、戦後の「わだつみのこえ」と、上述の「高度〜の発言をどう整合させるのだろう。考えてみればふざけた話だ。

ふざけた話と言えば、日本人の米離れで納豆の国内消費が頭打ちなため、納豆業者が発酵食品の文化が盛んなフランスに進出するとのニュース。私は毎朝納豆食べてるが、...遠藤五輪担当相が2013年度計131回の飲み食いで679万円使ったと新聞にでてたが、納豆食った形跡は皆無。日本の伝統食を守るため、又国威発揚のため、自らも納豆を食べ、五輪で集まる諸国の選手にも、毎朝メニューに納豆を加えたらどうか...てのは単なる八つ当たりだけどね。「健康食なっとう4

 

 


  1. 中西光雄.「螢の光」」と稲垣千頴.ぎょうせい(2012) []
  2. イヴォンヌ・シュラット.ヒトラーと哲学者.白水社(2015) []
  3. 平瀬礼太.彫刻と戦争の近代.吉川弘文館(2013) []
  4. 永山久夫.健康食なっとう.農山漁村文化協会(1983) []

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