第(357回) 戦争時の学童疎開や、ナチスの障害者安楽死計画

2015.9.18(戦争法案採決の日に)寄稿

電話でナチスの障害者安楽死についての本がないかと質問が来た。なんでもNHKの Eテレで知ったという。我が家でテレビがないので、新聞で調べると、8月25、26両日に「ハートネットTV」とやらで取り扱ったと分かった。これに答える前に日本のこともちょっとふれておく。

戦争中の1944年8月に政府は学童の集団疎開を始めたが、この狙いは子供を守るためでは毛頭なく、「防空の足手まといをなくすこと」及び「次代の戦力を培養する」ためだった。それ故、「戦力」として期待できない障害児学校の疎開は一番後回しだった。ついでに言うと、伊豆大島知的障害者入所施設の藤倉学園なるところは、軍の施設を作るために、と代替地の指示なしに追い出された。

又これとは逆に、1942年2月、愛知県の盲学校が盲人の耳は敏感だから「聴音兵」として志願させてくれとの嘆願書を軍に出したことがある。この「聴音兵」については、私は2012年5月号の本欄で書いたことがある。障害者を邪魔者扱いする政府の例はまだあるが...質問に戻るとして、ナチスの障害者の断種と「安楽死」の実態が初めて日本に明らかになったのは、エルントス・クレーの702頁の大著「第三帝国と安楽死ー生きるに値しない生命の抹殺ー」(批評社/1999年刊/¥8,500)によってだが、これは高価すぎて勧めるには気がひける。それで、ヒューG.ギャラファーの「ナチスドイツと障害者『安楽死』計画1 」を出す。

ドイツでナチスに協力した弁護士、裁判官、教授などは30%だったが、医師は45%と高率だった。その理由は3つあるとベルリン「人間・健康センター」所長のロルフ・ウイーナウは言う。

①は、「優生学」を理由として弱い人間をなくす...ことで医師とナチスの主張が一致したこと。

②は、ベルリンにいた6,000人の医者のうち、3,500人がユダヤ人だったこが、これを追放してナチス指示の医者に仕事を与えたこと。

③は、ユダヤ医師に代わった医者たちに国民の健康増進指導をさせたこと。

かくして、ナチスと協力した医学の下で、慢性疾患者、精神・身体障害者が狙われ、35万人が不妊手術をほどこされ、20万人が安楽死させられた。この運動は?「T4計画」と呼ばれるが、それはこの運動の本部が、ベルリン・フィルハーモニーのホールがあるティーアガルテン通り4番地があったことに由来する。全聾の中西喜久司著「ナチスドイツと聴覚障害者2 」(文理閣/2002刊/¥2200+税)も挙げておく。

7月11.12と秋田で「本の力」と題して講演したあとの懇親会で、キプロス島に住んでいたという山田氏を知った。氏は「21世紀の日本の住宅を変えた50人の建築家」の一人に選ばれた室工大卒の建築家・西方里見君の仕事に賛同している人。好学心旺盛な人で、話が弾んだが、「タルムード」のことを訊かれたことから始まって、「シオンの議定書」いわゆる「陰謀論」まで及んだ。「シオンの議定書=プロトコール」とは、ユダヤ人が世界征服のために記した恐るべき大陰謀の秘密文書〜と言われるもの。これを日本に最初に紹介したのは「包荒子」なる人の「世界革命之裏表」(1924)だが、この人、実は関東軍の安江仙弘という陸軍大佐。「プロトコール=議定書は」は、今はロシア帝国秘密警察のピョートル・イワノビッチ•ラチコフスキーがロシア帝国政府のユダヤ人弾圧のためにでっち上げた偽書だ、というのが定説。この偽書の正体を詳細に追ったのがノーマン・コーンの「シオン賢者の議定書3 」(ダイナミックセラーズ/1986刊)で、訳者は内田樹。内田はこの時、東京都立大学の助手だったが、この後2011年まで神戸女学院で教えて、今は戦争法案に反対して堂々の論を張っているのは皆さんご承知の所。つい先、6月に文春文庫から「日本人はなぜユダヤ人に関心をもつのか」や「日本の人文科学に明日はあるのか」などを含めた「最終講義」を出したばかり。


まあ内田はおいて、山田さんとの話に戻って、ユダヤ人増悪の諸々については何がいいか...という話になって、で、松浦寛の「ユダヤ人陰謀説の正体4 」を挙げておく。

日本におけるユダヤ人に対する関心を研究テーマとする宮沢正典と、D・グッドマンの「ユダヤ人陰謀説」(講談社/1999)もいいかなと思ったが、論の広さ、詳細さにおいて見落としている点はないと思える松浦の本が一番、だと思う。酒を飲みながらの会話で、多少雑になった点を補うための、これは山田さんへの返書(といった所か)。

6月下旬、下村文科相は、卒業式や入学式で国旗掲揚と国歌斉唱をするように全86の国立大学長らに要請した。私などは、この人全国の学習塾経営者連(とやら)からの政治献金(?)でしきりに疑われているのだから、その辺きれいにするのが先じゃないかと思うが、それはともかく、この国歌云々、頼みもしないのに、と思わぬではない。案の定、大学側の反応は「大学は〜全ての権威から自由でなければならず、大学の自治が最大限尊重されるべきだ」(北海道、東北地方)「大学が決めればいいこと。国が介入したり要請したりするべきではない」(中部地方)などの返答が出た。折しも7月末「ふしぎな君が代5」(辻田真佐憲著)が出た

戦争法案強行採決の今、時流に乗った右寄りの本かと危惧したが杞憂に終わった。目配りのいいこと無類のこの本の結論は「”君が代”は日本の国歌として受け入れる。だからと言って、それは誰もが文句を言わずに歌わなければならないことを意味しない〜”君が代”斉唱を愛国や服従の”リトマス試験紙”に用いるなど論外」。で、ゆえに「歌いたい人は歌えばいいし~(但し)"聴く”ことは求める、”なぜ歌わないのか”と問い詰めるようなことはしない。それが”聴く国歌”という意味に他ならない」。下村も橋本も、学長も校長も傾聴すべし。こん人の「日本の軍歌6」(幻冬社新書)もいい本だった。「国歌として歌わせたがる”君が代”の”君”はアメリカなのかもしれず」(投稿句)は嫌だもんね。

ドイツのメルケル首相が9月9日、中東などから殺到する難民対策として約60億ユーロー(約8、000億円)を拠出すると発表した。これに答えたミュンヘン市民(男)の言葉が素晴らしい。「難民を受け入れて多様性が深まれば、ドイツの力になる。難民を受け入れるべしの論を張った一人に、2009年ノーベル文学賞のヘルタ・ミュラーの名を見つけて私は嬉しい。彼女はルーマニアのチャウシェスク独裁政権下で84年に就業・執筆を禁止されたが、彼女を受け入れたのがドイツだ。代表作「狙われたキツネ7 」は秘密警察と相互密告制度の下、抑圧される民衆の日常生活の恐ろしさを描いたものだ。抑圧を克服したものが難民へ示す助力の言葉、えらいもんだ。(2015.9.18戦争法案強行採決の日に)

  1. ヒューG.ギャラファー.ナチスドイツと障害者『安楽死』計画.現代書館(1996) []
  2. 中西喜久司.ナチスドイツと聴覚障害者.文理閣(2002) []
  3. ノーマン・コーン.シオン賢者の議定書.ダイナミックセラーズ(1986) []
  4. 松浦寛.ユダヤ人陰謀説の正体.筑摩書房 (1999) []
  5. 辻田真佐憲.ふしぎな君が代.幻冬社新書(2015) []
  6. 辻田真佐憲.日本の軍歌.幻冬社新書(2014) []
  7. ヘルタ・ミュラー.狙われたキツネ.三修社新装版(2009) []

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