第358回 栗の話様々・国民連合政府案・韓国近代美術

2015.10月9日寄稿

松山の栗原恵美子女子が伊予名産の中山栗を送ってくれた。恵美子女子は拙著「本の話」の愛読者にして「ふくろう文庫の支援者、かつ俳人である。その栗を食べ終わって連想した諸々を、私は「本の話」691回として書いた。

12月6日の「室蘭民報」に出る筈。ここではその他のことを書きたい。アト・ランダムに!!

中山栗は驚くほど大粒だったが、①栗の大きさはいかにして計るか。これには一定の法則があって,即ち一升山盛りにして50以下が大粒、75程を中粒,百以上を小粒とする。となると有名な丹波栗は大粒、柴栗は小粒となる。② いつだったか仲間が仙台に集まって...というので、室工大電子卒の梅原くんと寝台列車に乗った時、我妻さんが食堂車のワインで栗を食べようとして持参した栗を、梅原くんがスプーンで半分程ほじくるとすぐ捨てる。もったいない食べ方をする奴だと思ったが,後で彼が曰く、あのほじくるのが面倒で栗は嫌いだが、マロングラッセは好きだと。

③ このマロングラッセには日本の栗は不向きで、ヨーロッパ栗を使うが、マロングラッセが日本で作られたのは1947年、この時はイタリアからの栗を使った。私が初めてマロングラッセを食べたのは大学受験で上京した時で、姉の恋人の東大仏文科のKが食べさせてくれた。

④ イタリア栗と言えば、そのイタリアで聖マルティンの日(11月11日)に貧者に栗を与える習慣がある。

⑤ 愛媛の人の投書で、お月見になると村の各家に飾ってある月見団子を盗んで食べる遊びがあって,その時に、月見団子と思ってワシツカミにすると、それはイガ栗で、そういう意地悪をする家があるとあった。さぞ痛かろう。

そう言えば、長野で「ホタル糞」なるからかいがあり、これは ホタル狩りの時に、野糞をして、そのこんもり状態の上にホタルを置く。ほのかに光るホタルを見つけて, ヤレ嬉しやと掴むと、ウンチを掴むことになる訳。これまことにバッチイからかいである。

⑥ 「火中の栗を拾う」=他人の利益のために、危ないことをする、だが、出典はイソップだと書く本が結構ある。これは間違いで、正しくはフランスのラ・フォンテーヌ(1621-95)の寓話にある話で、猿が猫をおだてて火の中の栗を拾わせ、猫が大火傷するという話。仇てると言えば私が中学3年の時、クラスに直ぐおだつのがいて,そのアダ名は「オダッチ」だった。本人には悪いが滅多にないアダ名だな。

⑦ 徒然草40段に、「因幡の国の或る家の娘が、美人だけれど栗ばっかり食べているので、親がこんな変わり者は嫁にやれない」という話が出ている。私も栗大好きで、晩飯代わりに、ビールと栗だけでもいいくらいだから、この娘、もらっても大丈夫だな。....とまあ栗談義はこの辺で止めておく....。「栗1

ノーベル賞の発表で連日賑やかだが、私は以前の受賞者の一人小柴さんを四国の空港待合室で見たことがある。ソフトクリームを2つあっという間に平らげて,いい感じだった。いい感じと言えば、益川さんも「話せるのはオンリー日本語」なんて実にいい。その益川敏英さんが最近絶妙な発言をした。それは、戦争法強行採決の後、これを廃止すべく共産党が提示した「国民連合政府」案に対してで、先生曰く「”戦争法案廃止、立憲主義を取り戻す”の一点ででの連合政府の実現を呼びかけたのは、非常に適宣を得た提案だと思います」と。耳を傾けるべし。

この提案に対しては多くの有識者が賛意を表明している。政府の問いに対して「戦争法案は違憲」とバッサリやり、加えて「政府は国民のヤトワレマダム」とかました、慶応大の小林節教授も「我が意を得たり」と言い、菅原文太の」奥さんの文子も「この案はとってもいいと思います」という。作家の澤地久枝も、精神科医の香山リカも、翻訳家の池田香代子も...と、ゾロゾロだ。

中でも私の目を引いたのは、早稲田の守中高明教授の弁「反ファシズムの戦いにも先例があります。”フランス人民戦線”です。1936年4,5月の総選挙で、それまで激しく対立していた社会党、共産党の諸勢力が反戦・反ファシズムの一点で共闘し圧勝しました。今こそ私たち市民は歴史上のこの範例に倣って、統一戦線を構築すべき時です」。これまさしく我が意を得たりの弁。...で、その先例を示そうと、人民戦線の内閣の首相レオン・ブルムの「人間から人間へ」(人文書院/1975)や、人民戦線の最も積極的な知識人ジャン・ゲーノの「ある革命の証言」(二見書房/1970)を出そうと思ったが、政治一本槍の本では読者も退屈かと思い、違う本を出す。

それは、人民戦線側の勝利と、レオン・ブルマ内閣の誕生を準備する実際的成果をもたらしたと評価される「文化擁護のため 」の1935年パリ国際作家大会の全貌を示す記録の「文化の擁護2 」703pの大冊。1935年6月221から25日まで、世界38カ国の代表的作家が250名余があつまっての大会記録だ。ところで、今日10月9日(金)孫崎享が公演に来蘭するとのビラをみた。元外務省国際情報局長の孫崎も、先記の「国民連合政府案」を支持する一人で、「戦争法廃止の一点で協力をすすめることは今後の大きな展開の可能性を持っていると思う」と言う。期して待つべし。

道立近代美術館で、「日韓近代美術家のまなざしー朝鮮で描くー」展を観てきた.面白く観た、はいいが、見ている間私の胸中にあったのは、金英那の「韓国近代美術の百年3 」の中の「〜日本人の審査員が好んだのは近代の韓国の描写ではなく、むしろエキゾチックで奇異な風俗、牧歌的な田園の風景だった。植民地統治者であり日本の、このエキゾチックなものへの嗜好は、つまるところ、植民地の歴史的後進性を空間、時間、他社性において表現しようとする帝国主義的な好奇心、または欲求を反映していた」なる一文だった。皮肉な見方のように見えるがそうではない。西郷弧月、牛田鶏村、藤島武二、平福百穂、川崎小虎といった面々の画面に上記の指摘が当てはまるのである。

ところでもう一点、金恵信の「韓国近代美術研究4 」(ブリュッケ/|5000)を出すが、玄在徳が描いたイラストに触れて、「〜”報国隊”の画面上に描かれた三人の人物から、丸い縁の眼鏡をかけた男が、新文化運動を主張した親日作家•李光珠(イグァンス)である。彼は香山光郎という創氏名で様々親日活動を行っている」として、「香山」の由来は、神武天皇即位の地である「香具山」にありとして、香山の文章を引く。「私は天皇の臣民である。私の子孫もやはり天皇の臣民として生きることだろう。李光珠という氏名を持ってでも、天皇の臣民になれないことはない。しかし香山光郎の方がもっと天皇の臣民にふさわしいと信じ、創氏改名を決めた」。この香山は朝鮮動乱時、北朝鮮に連行されて、そのあとはわからない。波田野節子の「李光珠ー韓国近代文学の祖と『親日』の烙印ー5 」を読むにつけ、他国を植民地としてはいけない、又他国に忠誠を誓ってはならぬと思わされる。可哀想な李光珠


  1. 今井敬潤.栗.法政大学出版局.(2014) []
  2. A.ジッド/Aマルロー.文化の擁護.法政大出版局(1997) []
  3. 金英那.韓国近代美術の百年.三元社(2011) []
  4. 金恵信.韓国近代美術研究.ブリュッケ(2005) []
  5. 波田野節子.李光珠.中公新書(2015) []

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