第384回 ブレヒト、ディラン・トマス、エミリー・ディッキンソン他

2018.1月寄稿

昔、池袋に「人生座」なる名画座があった。山窩(さんか)の研究と彼らをテーマにした小説で鳴った、三角寛が経営する映画館だった。サンカというのは、住所を定めず山や河原で生活し、独自の社会を作っている人々の事だが、これについての三角の仕事については、色々説があるので、今は置く。

この人生座が、私が20代の頃、一晩かかって五味川純平の「人間の条件」を一挙上映するイベントをした事があった。全3部作と記憶するが、全編10時間弱の長編で、主演は仲代達矢と新珠三千代。ついでに言うと、これほど長い映画を見たのはもう一つあって、それはホロコーストを扱った「ショア」。9時間を越える大作で、札幌の北星学園ホールでやった時は、2日に分けてやったので、ホテルに泊まって観た。「人間の条件」の方は、9時から始まって翌朝まで。流石に疲れて、朝外に出たらクラクラした。私は仲代がどちらかというと苦手だ。というのはいつも舞台で「見得を切る」時の動作表情が多いような感じがして、そこの所がもう少し自然に行かぬものかなと思うのだ。只、これは海老蔵にも野村萬斎にも感ずるので、舞台に立った者の身に付いた技なのだろう。それは置いて「人間の条件」の仲代は良かった。その仲代が今80も半ば過ぎて元気だ。何しろ、昨年から今年にかけて、ブレヒトの「肝っ玉おっ母と子供たち」を引っさげて各地を廻っている。これ、ヒトラーから逃れて亡命中のブレヒトが、1939年に書いたものの初演は戦後といういわくつきのもの。

舞台は17C、ヨーロッパ、30年戦争の最中「肝っ玉」とあだ名される野戦酒保商人のアナが幌馬車に商品を積んで、戦地で兵隊に売り歩く中、3人の子供を失うものの〜と言う話。かつて草笛光子がやり、大竹しのぶがやった。大竹の時は谷川道子が新訳とて「母・肝っ玉とその子供たち」とタイトルが変わった。仲代と無名塾がこれを取り上げたのは,ベルトルト・ブレヒト(1898−1956)の生誕90年の1988年確かこの年の6月13日、室蘭の中島神社蓬峡殿駐車場に佐藤信率いる「黒色テント」が、一晩限りのテントを張って、ブレヒトの「三文オペラ1 」をやり、私たちも観に行った。面白かった。A.ミラー編、浅野利昭の「ブレヒトさん咄2 」(白水社)の挿絵は佐藤だ。

仲代に話を戻すと、この「肝っ玉」で仲代は女形に挑戦した。左様、アナに扮したのだ。その時仲代曰く、「ドイツの女性は骨格ががっちりしているので、扮装も特別女を意識していない。母親の強い愛情を出せればいいと思ってます」と。そして、今又「肝っ玉」に扮して登場した訳だ。

さて、私がブレヒトを知ったのは、はっきりしないが多分、長谷川四郎の文章からだと思う。そして今私の棚に長谷川訳のの「コイナさん談義」(未来社/1963刊)を初めとして、晶文社の「ブレヒト、コレクション」(全4他と、2棚分がブレヒトだ。で、此処ではブレヒトが初めてというヒトのために、ブレヒト研究の第一人者・岩淵達治の「ブレヒト3 」を出す。

谷川道子の「聖母と娼婦を超えてーブレヒトと女たちの共生ー4 」(花伝社/1988)も面白い。先週、藤沢周平作、仲代達矢主演の「果たし合い」を観た。よかったねえ!!

昨年のロンドンでは、2つの火事があって大変だったようだ。小さい方(というのは変だが)はリージェント・パークにある動物園の火事。リージェント公園は貧しい水車大工の子として生まれたものの、非凡な才能を持つ建築家と評されたジョン・ナッシュ(1752−1835)の設計。昨年末の火事で人気のツチブタが、気の毒にも煙を吸って豚死(失礼、間違え)頓死し、南アフリカ産のジャコウ猫科のミーアーキャット4匹が行方不明だと。大き方は昨年6月に中旬に起きた、ロンドンの高層住宅「グレンフェルタワー」の火事。なにしろ71人が死に、「社会的殺人」なる批判も出るほど。と言うのも、まずスプリンクラーがない。火災報知器も作動しない、おまけに外壁が大問題

何故なら、一昨年の改修工事の際、馬鹿も程があろうにと思われるが、使ったパネルが全て欧州各国で使用禁止になっていたもの。これが恥さらしなことに英国ではほぼ野放しだったというから、「社会的殺人」の文句も出ようというもの。

このタワーのあるチェルシー区、古くはあの「ユートピア」を書いた、かのトマス・モアが住み、今はこれ又かのサッカーのベッカムが住む、いわゆる上流人士、金持ちの住む所。なれども、このタワーは取り残された古い建物だと言う。

この火事の被災者は今も8割りが仮住まいとされ、黒々と焼け残った建物が建ったままと、政府対策に批判が集まっていてそうした記事を切りぬいて、私はロンドン関係の本、例えばC・ヒバートの名著「ロンドン」etc.に挟んでいるが、そうした切り抜きの中に、一点異質と言うか、流石と言うかの文章を見つけた。池澤夏樹のもので、池澤は思いもかけないことに、詩人・ディラン・トマス「ロンドンで、一人の子供が火災で死んだのを悼むことに対する拒絶」なる詩を引いて「彼(トマス)はドイツ軍の空襲で死んだ1人の子供の安易に悼むことを拒んだ」とし、自分(池澤)もそのように、「この火事で亡くなったシリアの青年を悼むことを拒み」と続ける。Dylan Marlais Thomas(1914-1953)は英国の詩人で,専ら生と死、性と愛を主題に詠ったひと。ロンドンの火事で、D.トマスを連想するとは、流石、池澤だと言うのが私の感想。滅多にない機会だから、この際トマスの本を出すのも悪くないと書庫に入ってみたら....トマスはウイスキーのストレートを18杯一気呑みして死んだとされる人で、私は破滅型の人間は余り好きでないから、たいして熱心に読んできた気がしなかったが、そのトマスの本が10冊あって、我ながら驚いた。一応「ディラントマス全詩集5  」

を出す。名優リチャード・バートンが好んだ詩劇「ミルクの森で」(国文社)や、J・Mブリニンの「詩人の運命」(晶文社)も悪くない。詩人といえば驚いたことに女流詩人・エミリー・ディッキンソン(1830−1886)の生涯が映画化され、正月DVDで観た。「静かなる情熱」がそれ。驚いたと言う意味は、この詩人は生きていた間は世間から全く無視された人で、今でこそ文学辞典の類には米最高の詩人と書かれているけれど、やっぱり一般的には今でも余り知られていないからだ。とは言え、エミリーはマサチューセッツ州のアマースト出身で、ここは北大のかのクラークが生まれ、また新島襄や内村鑑三が留学した町だ。そして(ここからは現状を確かめずに書くが、ーと言うのは、私はネット検索をしていないので)岩手県の金ヶ崎とアマーストが姉妹都市になったことから、2001年10月に,同町立図書館に「エミリー•ディッキンソン資料センター」が出来て、3000点を越す資料が収容された.これ又いい機会だから、この映画を観てエミリーを読んでみたいと思う人のために、2点出す。詩集「自然と愛と孤独と6 」フィシャーとレーブ共著「エミリー・ディッキンソンの生涯7 」外見的には殆ど起伏のない生涯を送ったエミリーが、映画の主人公になるとは思いもしなかった。長生きはするものだーと言った所だ。

 


  1. ブレヒト.三文オペラ.光文社(2014) []
  2. 浅野利昭.ブレヒトさん咄 .白水社(1987) []
  3. 岩淵達治.ブレヒト.清水書院新装版(2015) []
  4. 谷川道子.聖母と娼婦を超えてーブレヒトと女たちの共生.花伝社(1988) []
  5. ディラントマス.ディラントマス全詩集.青土社(2005) []
  6. エミリー・ディッキンソン.自然と愛と孤独と.国文社(1964) []
  7. フィシャー.レーブ共著.エミリー・ディッキンソンの生涯.東京メディカルセンター(1969) []

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