第359回北京研修と中国の民族と文化大革命

2015.11.11寄稿

室工大の建築を出た西方君は今や木製サッシの第一人者で、その仕事で、度々中国に出かけるという。以前はデンマークあたりが木製差しについては先進国だったが、今は中国が先端を走っているそうだ。その西方里見•耿子夫妻に連れられて10月中旬、北京に行って美術館博物館を歩いて来た。

北京についてガイドから直ぐ言われたのは、北京は目下慢性的な水不足なのでトイレで使用した紙は便器に入れずに、前に置かれた篭に入れてくれ云々。聞いて思い出したのは昔、新潟県内の「地主の屋敷」を訪ねる旅をした時のこと。日本10大地主は皆新潟にあると言われた程の、その地主の家は皆堂々たるものだったが、その中の数軒でのトイレにやはり落とし紙は捨てずに篭に入れてくれというのがあった。なんでも畠の肥料にする時に紙が混じっていると困るのでと言う様な理屈だったと記憶している。トイレットペーパーといえば、これも昔、福建省第一の名山武夷山に行った時のこと。ここは朱子学の元祖朱熹が「紫陽書堂」なる講学所を開いた所だ。泊まったホテルが5星だというのに、風呂のお湯が碌に出ない。トイレの具合がおかしいetcで大食堂脇のトイレに行くと、ずらりと並んだ便器は見事だったが、紙が全然ついていない。それでフロントに行って言うと、ハンカチ大の四角いゴワゴワの紙を3枚呉れてそれが限度だという。これには往生した。1999年3月だったかに千葉の習志野署に夫殺しで拘置されていた女がトイレットペーパーを飲み込んで窒息自殺したという変わった事件があったが、このホテルの紙3枚じゃ、それも不可能だったろうな。トイレットペーパーを発明したのは、アメリカ人のジョセフ・ケイティで1857年のこととジャン・フェクサスの「うんち大全1 」にあるが,巻紙はその形態のしからしめるところで、最初から色んなものが印刷された。

ロジェニアンリ・ゲランの「トイレの文化史2 」にはロシア皇帝がフランス訪問となった時、仕事熱心な一官吏が皇帝紋章入りのペーパーを製ってアワヤ外交問題が発生したやも知れぬの話が出ている。

私が室工大勤務中、ペーパーを持ち去る輩は許せぬとて,ペーパーに室工大のゴム判を押しまくった教授がいたが、それでペーパーの持ち去りが減った訳ではなさそうだった。印刷といえば、2009年6月下旬静岡は富士市の林製紙がトイレを題材にした鈴木光司の「ドロップ」なる作品を水をイメージした青インキでペーパーに印刷して売り出したことがある。鈴木は御存知「リング」や「らせん」のホラー小説の書き手だ。この「ドロップ3 」は1回平均使用料80cmに200字で印刷されたトイレは読書の場所には打って付けだからさぞ読まれたことだろう。1個210円だった。

印刷と言えば、10月初旬無粋な印刷があった。自衛隊が自衛官募集の文言を刷り込んだペーパーを中学校に配った事件。つまらんことをすると思っていたら、早速「戦争法の尻拭いをさせないでー滋賀高島市立中生徒」なる投書が出た。御もっとも!!と言う訳で今回は尻拭いをするにはもったいない様な秀逸なデザインのペーパーを紹介しよう。やくみつるの「原色トイレットペーパー大全4 」がそれ。

トイレと言えば、巨大な北京空港でトイレに行くと、男のトイレの中、前の廊下が白一色の集団で占められている。白い円筒型の帽子に白衣の男達が「占拠」なる言葉を使いたくなるほどひしめいていたのだ。頭を洗っている者もいれば、上半身裸で水をかけ合って洗っているものもいれば、廊下ではじゅうたんを敷いて皆して立ったり、座ったりの三拝九拝。ここで突然思い出したが、昔インドネシア(だったと記憶するが)でメッカの方角が緯度だか、経度だかは知らんが、計算違いで、あらぬ方角に向かって祈っていたことが分かった、と言う話があったな。イスラム教がインドネシアに入って何年経ったかは知らぬがとにかく長いこと、あらぬ方角に手をあわせていたのに大した罰も被らなかったとしたら、アラーの神さまも意外に優しいのかもな。閉話休題

白一色に囲まれて辛うじて用を足して出てきてガイドに「あれは?」と聞くと「回族」だとの返事。回族と言えば、全部で56民族が住む中国の中で、国内最大の少数民族だ。イスラム教徒だから廊下でやっていたようにコーランも唱えるが、普段は中国語を話すし、見た目も漢族とほとんど違いがない。その点同じくイスラム教を信ずるとは言えトルコ系民族で目も青いし、髪も栗色の人もいる。おまけにトルコ語に似ていると言うウイグル語をしゃべるウイグル族とはだいぶ違う。過ぐる7月初旬にはイスラム教徒にとっては神聖きわまるラマダン(断食月)をウイグル族がやることを中国側が禁止して摩擦が起きた。ウイグルを「新疆」と言うが、これは18世紀に清がが攻め領土としたからつけた「新しい領土」という意味だ。清の乾隆帝は自分を「十全老人」と号した。十全とはウイグルを含めた国々の平定に10回出兵しいずれも勝利したことを誇る意だ。私は「中国国家博物館」で「乾隆南巡図」の長大たる絵巻を観ながら民族とか国威発揚とかを考えざるを得なかった。で帰ってから、書庫から先づ出して来たのが以前読んだ

加々美光行の「中国民族問題5 」と横山宏章の「中国の異民族支配6 」改めて復習だ。

さて帰ってから直ぐにチャン・イーモウ監督、コン・リー主演の「妻への家路」をDVDで観た.1957年から77年の間、反右派闘争と文化大革命の時代に、強制収容所にぶち込まれていた夫チェン・ダシオンを妻コン・リーが待ち続ける話だ。20年待ち続けた妻は心労から記憶障害になっていく。せっかく生きて戻ってきた夫の顔を見ても夫とわからない。娘が一人いるが、この娘は父親が一度強制収容所から脱走してきたのを、自分がバレイ界で成功したいがために、当局に密告した傷を持つ。ここで余談だが、昔中国に憧れるフランスのジャーナリストが、妻と娘(少女)を伴って中国に赴任する。娘は中国の学校に入り、愛国教育を受ける。そして、中国の実態に気づいて、両親が夫婦間で漏らす失望の言葉を当局に密告する。唖然としたジャーナリストは夢さめて帰仏しようとするが、許可がおりず、周恩来に直訴してようやく帰国がかなったという話を朝日で出た(と思う)本で読んだことがある。いわゆる「紅衛兵」として教育された子供たちが親を「階級の敵」として密告した例はワンサとある。閉話休題

映画では「文化大革命」が終わって「名誉回復」された人々が妻の待つ駅に続々と帰ってくる。中に夫がいるが妻は分からない。今、中国共産党は文化大革命を「大きな災難をもたらした内乱」として否定する決議を採択している。しかしガイドの話では毛沢東を懐かしむ空気が殊にに若い人に多いとの話。これ本当のようだ。歴史に学ぶことをせずに毛沢東のみならず、スターリン、ヒトラーまでも懐かしむ手合いがいることは確かだ。毛沢東が如何に悪辣だったかを手っ取り早く知るために、高島の本「キワメツキ最後の盗賊皇帝毛沢東7 」を多くの人に読んでもらいたいものだ。

茶髪のために就職を断られた大学生が「髪は黒出なければいけないの?」と投稿して某紙論戦が続いた。5月末のこと。茶髪だった橋本が大阪市長になるや茶髪を封印した事をほめる人から始まって、まあ大変なもんで、ソフトバンクやらの禿頭の孫とかは「髪が後退したのではない、私が前進しているのだ」といったらしいが、同様の有様の私もこの論争に参加資格はなさそうだから、「黒髪8 」の本を出す事で茶髪をイヤお茶をにごそう。


  1. ジャン・フェクサス.うんち大全.作品社(1998) []
  2. ロジェニアンリ・ゲラン.トイレの文化史.筑摩書房(1995) []
  3. 鈴木光司.ドロップ.アドレナライズ(2012) []
  4. やくみつるの.原色トイレットペーパー大全.扶桑社文庫(1994) []
  5. 加賀美光.行中国民族問題.岩波現代新書(2008) []
  6. 横山宏章.中国の異民族支配.集英社新書(2009) []
  7. 高島俊男.中国の大盗賊・完全版講談社現代新書(2013) []
  8. 廣澤榮.黒髪と化粧の昭和史.岩波新書(1993) []

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