第387回(ひまわりNO203)女はなぜ土俵に上がれないのか. 城市郎「発禁本」

2018.5月寄稿

私の兄弟は皆、小学校に上がると母からスクラップブックを与えられて、それで通信簿や運動会でもらった賞状などを自分で貼っていくことになっていた。そして中学校に上がると、今度はアルバムを貰って、今までたまっていた、ということは小学校時代からの写真をそれに収めるのだった。カメラなんかはそうない時代だから、数は限られていたが、それでも高校を出る頃には結構な冊数になった。父母に関するものは兄のアルバムが一番充実していて、それは先に生まれているのだから当然だが、その兄もアルバムに若き父と並んだ横綱男女川関に抱かれた赤ん坊の兄が写っているのがある。ズラリと並んだ関取達と、前に居並んだ日本髪姿のきれいどころの真ん中に若い父が嬉しげに笑っていて、これは父が相撲の勧進元をつとめた時のものだという。兄は昭和4年の生まれだから昭和5年頃の写真だろうが、このせいでもあるまいが兄は今でも相撲好きだ。一方私は戦後民主主義教育を受け野球少年として育った口だから、何をおいても見なければと言う程のファンではない。今では殆ど観なくても、残念でも何でもない。只相撲についての考証は好きだから本棚にはその関係の本が4、50冊は並んでいるし、又この「あんな本・こんな本」でも2004年の12月号(no50通算ではno.233)2010年の8月号(no115.同じくno299)で相撲を取り上げていて、①宮本徳三「相撲変化」(ベースボールマガジン社)②山田知子「相撲の民族史」(東京書籍)③平林章仁「七夕と相撲の古代史」(白水社)④谷川徹三「日本の相撲」(ベースボールマガジン社)(以上no50)宮本徳蔵「力士漂白」(ちくま学芸文庫)内館「女はなぜ土俵にあがれないのか」(幻冬社新書)(以上no115)を紹介してきた。バックナンバーhttp://t.yamashita/info参照。 さて、今度のさわぎだ。市長の生命を救いに行っているのに土俵からおりろ、女子小学生もダメだetc.そして言い訳は「伝統」その伝統なるものが殆ど明治以降に金もうけのうまい知恵者によって作られたものであることetcは前に列挙した本を読めば一目瞭然だから、ここでは再説せぬ。只 内館の「女はなぜ土俵に上がれないのか1  」

は、今のさわぎに対する根本的答えとなるものだから再度上げておく。それにしても「女が不浄」だなんてよくも言うもんだ。土俵の上で賞状渡している政治屋連中の方が余程ヨゴレテイルダロウニ。これを書いている今日は4/13財務省のNO2とやらの福田某のセクハラが問題になっている。女は不浄とする相撲協会の連中を初めとして同じ考えの世の男共に言いたい「なんで不浄な女をだきたがるのか」と。言っておくが私は「女は不浄」なぞと只の一度も思ったことはない。荒俣宏(博物学者』は、花道、化粧回、化粧水、土俵の内外に女を匂わせる小物がいくつもみつかると指摘する。「女人禁制」を唱える相撲協会の連中からこの謎の答えをもらいたいものだ。「スー女のみかた」を書いて”応援絶対主義”をとなえる和田静香さん、ファンをとりまとめて入場券不買運動でも起こした方が、相撲界の浄化に役立つのでは!!

私が室工大にいた頃だから、もう30年も昔のことだが城市郎が蔵書を「一億円で引き取ってもらえぬか」との話が新聞に出た。城市郎と言えば、初版本蒐集から発禁本蒐集に移って名のある人だ。発禁本蒐集をすすめたのは書痴・斉藤昌三だった。城の本を出る都度読んできた私は、直ぐに当時のA学長にこれを本学で引き取れぬかと話した。先生の専門はコンクリート工学の構造計算で、その専門に比して通常は頭の柔らかい人だったが、この時は「山下君、いくら君の意見でも好色本はむつかしいよ」と断られた。これは先生に失礼ながら実は短慮であって、というのは「発禁本」は別に好色本ばかりではない。権力側が言論、表現、出版に加えた弾圧本の総体が「発禁本2 」であって、それには政治、社会、芸術etc.あらゆる分野の本が含まれる。

その後ある時私はこの話を柴垣弁護士に話すと「1億円か一人100まんとして00人、私なら出すな」と言ってくれたが、かような人は多くはいないから、この話はたち消えとなった。ところが先頃明治大学が城の蔵書を受け入れたと発表した。同大は先にも百科全書的学者の林達夫の蔵書を引き取って、図書館に林の書斎を再現した。具眼の士が上にいるかいないか差が出る話だ。小判の前の猫が上にいる所では全てが不毛になるという理屈だ。平和体制の幕政を武力で倒して維新という名の混乱をおこした長州の子孫たる安倍が「明治150年」を祝おうと張り切るかと思えば、プーチンもロシア革命100年を言い出している。

スターリンの「大粛清」で殺されたもの200万人、富農撲滅や強制労働で死んだ者の総数2000万人。こんな数字を背景に史家ドミトリー・シャホフスコイが「ロシア革命は過ち」と断じているが、人権無視の点から言っても当たり前だ。この悲劇の100年を描いて、一寸変わって、しかも面白い本が出た。「諷刺画とアネクドートが描いたロシア革命3 」がそれ。実に上手くまとめてある。

昔モスクワの「赤の広場」に並んでレーニンとスターリンの遺体が並ぶ地下神殿を見た。氷点下40℃に近い日で、兵士が次々とカメラを取り上げて(預かって)いく。カメラの革ひもがバリバリに凍って首から外すとU字形に棒の如く立っているのには驚いた。スターリンの死体の前で我妻さんにささやこうとしたら、鋭い目付きで制止された。まあ、話の種としていい思い出だ。

ジム・ジャームッシュの変わった映画「パターソン」を観たアメリカはニュージャージー州の町パターソンというバスの運転手の変哲もない1週間の生活を描いたもの。

この運転手がこの町出身のアメリカの現代詩の3大詩人の一人にあげられるウイリアム・カーロス・ウイリアム4 」の詩が好きでーという設定にびっくりしていたら、長瀬正敏が扮する大学教授が「詩集パターソン」を手にして現れたに又びっくりした。観終わって実に久しぶりに彼の詩集を本棚から取り出した。大して馴染んだ詩人ではないが、これ5月号だから次の詩を紹介しよう。「花咲くイヌアカシアの木」だ「みどりーのーあいだ/かたいーふるいーひかる/やぶれたー枝ーから\しろいーやさしい五月ーが来る」3行でーの所はあいている。


  1.  内館牧子.女はなぜ土俵に上がれないのか.幻冬舎新書(2006) []
  2. 城市郎.発禁本.桃源舎(1965) []
  3. 若林悠.諷刺画とアネクドートが描いたロシア革命.現代書館(2017) []
  4. 片山ユズル・中山容訳.ウイリアム・カーロス・ウイリアム詩集.国文社(1965) []

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