第048回 人魚の正体は?

`93.3.2寄稿

貴方なら、「人魚」と聞いて、どんな姿を想像しますか。やはりアンデルセンや、小川未明の童話で読んだり、見たりしたあのたおやかにも、どこか色めいた姿でしょうか。さて、下の図を御覧下さい。この不気味にして、怪異な物が、実は「人魚」の真の姿なのです。

と言うのは冗談。この怪物は、日本人の漁師が鮭の尾と、オランウータンの上半身を縫合した物で、アメリカ人に買われ,挙句1842年にT・バーナム、サーカス団が、フィジー諸島の近くで捕獲されたからとて、「フィジー人魚』として、ニューヨークで展示したものです。

こんな話しをとりまぜながら「人魚」とは一体何なのか、を6.7千年前のバビロニアの神話から説き起こして、日本の近代文学の中の人魚に至るまでを、綿密に追った好著、ヴィッグ・ド・ドンデの「人魚伝説1 」を興味津々で読み終えました。

巻末の30冊弱の参考文献をチェックした所、未読のものは3冊と分かったので、注文するべく書き留めて、書庫に収めた翌朝、2月19日の朝刊をみて「おや、〜」と思いました。

「ジュゴンを救え!ー人魚のモデル絶滅の恐れー」とて「来月に米国で初の国際会議」との見出しのもと「海牛類が絶滅に近い」「保護対策を立てねば」との記事です。

では、この「ジュゴン」とは何か?「儒艮(じゅごん)は海牛目ジュゴン科に属する海獣である。海牛とは奇妙な名であるが、海草類を食べているのでこの名がある。形はクジラに似ていて、体調2以上に達するが、イルカのように外洋を群れ成して泳ぎ回ると言うようなことはせず、珊瑚礁周辺の浅海の岩場でひっそりと暮らしていることが多い。人魚と間違えられたのはこの動物という。皮膚は厚くて3cm程もあるが、脂肪層も厚く,海藻を主食としている為か,肉に臭みが少なくて美味という」ー日本史の中の動物事典」ー

成程々々 ド・ドンデの本にも「フランスの有名な博物学者ジョルジュ・キュヴィエは〜ジュゴン,マナティーをふくめた海牛目に、セイレーン(=ホーメロスのオデュッセアに出てくる船乗りを誘惑する女の怪物)を意味するシレニエンスという呼び名を与えた。これが今日人魚の正体に関する常識 となっているが反論も多い   と出ていました。

そう言えば,動物学者の故高島春夫も反論の側の一人です。

「伝説の人魚の正体はこのジュゴンだという説明が,日本では明治以来流布されているが、私は常にくびをかしげる。〜実在のジュゴンはグロテスクな海獣で,これと伝説の人魚を直結させるのは非常に無理があると思う。」ー動物物語『人魚と儒艮』ー

さて、いずれの側に立つとしても、伝説のみならず人魚の全てについて知りたいと思ったら「人魚の博物誌2 」を読まねばなりません。

著者は目下「揚子江カワイルカ」の絶滅防止に全力を欠け,今回のジュゴンの国際会議にも日本代表として出席する「神谷敏郎』ですから,内容に万(ばん)遺漏(=いろう=もれ)のある筈はありません。

科学史的に見た人魚、海牛類の祖先の大海牛の話、人魚の解剖学など〜微に入り細をうがって(=細かい点まで気を配って)人魚を語ります。

ところで、北海道は「海牛」に満更、無縁の所ではありません。

例えば日本海側の留萠(ルモエ)管内の初山別村(しょさんべつむら)で`90年に発掘された化石が`92年には世界で初の海牛親子の化石であることが分かりました。1200万年前のものです。

又,`93年の6月には後志(しりべし)管内(北海道南西部)の黒松内町(くろまつないちょう)で100万年前の地層から海牛の肋骨(ろっこつ)の化石が見つかりました。

海牛の化石の発見は道内でこれで6件めですが、この年代のものは全国でも初めてだと言います。

鯨にくらべると余り関心が持たれていないかに見える海牛類に少しばかり注目してみませんか。折もよし「マナティ、海に暮らす3 」が出ました。

スピードボートにひかれて。その鋭利な刃物のようなプロペラで傷ついたマナティの赤ん坊を育てる話しを初めとして、草食を常とするこの平和な生き物の実態を,愛情込めて語っています。J・ホワイトは書きます。「マナティに攻撃性は認められない〜たとえ,なぐり殺されようとも,人間をころしたりはしないのだ」最後に私の好きな「人魚」の画を一点紹介しいましょう。

橘小夢(たちばなさゆめ)の「海の幻想」です。「つけたし」「人魚って,もち肌なのかな、それとも鮫肌なのかなあ」とつぶやくとのり子嬢ににらまれた。

 

 

 


  1. ヴィッグ・ド・ドンデ.人魚伝説.創元社(1993) []
  2. 神谷敏郎.人魚の博物誌.思索社(1989) []
  3. J・ホワイト.マナティ、海に暮らす講談社(1993) []

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