第081回 野村胡堂とあらえびす

短大卒のバイト いや当今はフリーターと言うそうですが の女性が、前はサラ金融の「アイク」に勤めていた、と言うので「フーン、アイゼンハワーか」と駄洒落(だじゃれ)を言ったところ、キョトンとした顔でどうも通じていません。1年間、アメリカ留学もして来た、と言うのに、この女性はアメリカ第34代大統領にして、もと元師のD.Dアイゼンハワーの愛称が「アイク」だと知らぬのです。

いや、ひょっとしたら。アイゼンハワーそのものを知らぬのかもしれません。と、妙な話を始めましたが、実は「かつて吉田首相は〜」と書きかけて、いやまてよ、当節の若い人には、白足袋(たび)ワンマンの吉田茂と言っても通じぬのではないかとふと上の話を思い出して考えこんでしまったのです。しかしまあ案じていても仕様がない続けましょう。

吉田茂首相は、寝る前に「銭形平次」を愛読していると言って、当時のマスコミを賑わせましが、同時に「知識人」なる層から、かなりの顰蹙(ひんしゅく=顔をしかめること)を買いました。

知識人なるものが言うには、「いやしくも一国の首相ともあろうものの、愛読書が捕物帖とは教養がない話で、恥ずかしい」と言う訳です。もっとも、英国大使も勤めた吉田茂は、C.ドイルの「シャーロック・ホームズ」も好きでしたら、最初にこっちの名を出せば、横文字からの知識だけがたよりのエセ知識人には逆に受けたかも知れません。

それはさておき、余り本を読まぬ人でも、長谷川一夫や大川橋蔵の映画で「銭形平次」を知らぬ人は少ないと思いますが、その投銭の平次親分、恋女房のお静、それにガラッ八の八五郎の生みの親、野村胡堂(こどう)のとびきり楽しい伝記が出ました。藤倉四郎の「銭形平次の心 野村胡堂 あらえびす伝 」です。

藤倉は、開巻第一頁で「銭形平次捕物控」の書き出しについて「〜ペンは軽くなめらかに弾んでいる」と書いてますが、どうして、どうして藤倉自身の筆もこれにおとらずと言った快調さで、胡堂にしてあらえびすこと野村長一(おさかず)とそ

してこの二人を取りまく、多彩な人達について、始、「軽くなめらかな弾んだ」筆致で書いています。その楽しいこと、気持ちのいいこと、読み終えると、おかげで自分までが、登場人物同様、一端(いっぱし=一人前に)いい人間になっているかの感じさえだかせられます。

長一とハナとの一途(いちず)な恋、苦しいけれども楽しい生活、そして、授業料未納で、東大中退を止むなくさせられた長一が、如何(いか)にして職を得、作家、胡堂、音楽評論家、あらえびすとなっていくか、そしてこの名前の意味と由来は?今すぐに全部知らせたいところですが、それでは貴方の大いなる楽しみをうばってしまうことになります。

多彩な人達と書きましたが、善人でしかも有能な人間が、こんなに集まっていいのかしら、と思われるほどに、胡堂一家を取り巻いていて、彼らの心暖まるエピソードの数々にも。心底楽しませられます。これも、あえて一切、お知らせしません。一服の清涼剤なる言葉がありますが、この本こそ正しくそれで、こんな清涼剤なら、二服も三服も飲みたいもの、...いくら飲んだとて薬害の恐れはありません。

さて、胡堂の故郷、岩手県紫波郡紫波町に今年6月10日、「野村胡堂、あらえびす記念館」が開館しました。

胡堂の著作、有名なSPレコードのコレクション7000枚余、他を収めたものです。盛岡在の梅田君が、早速訪ねて、記念館の記録を贈ってくれました。私は、藤倉の本で知った、家族愛に満ちた〜た人々の面影を、この記録で知り得て大満足でした。

近いうちに、ここを絶対訪ねよう、今年は無理として、そうだ「かたくりの花」が咲く頃に、此処を訪ねよう。

何故かたくりか?って?それも藤倉の本を読めばわかります。私より先に読み終えた妻が、長一の愛息一彦が孔の床で待ち兼ねて、やっと2.3枚聴いたと言うヘンデルの「救世主」を聞こうと、棚からLPを出してきて、私がこれを書き終えるのを待っている。

私の待っているのは、トーマス・ビーチャム郷指揮、ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団、合唱団ものものです。

イ)胡堂百話、中公文庫 ’81 ¥500

ロ)三万両五十三次(1-4)、中公文庫 ’82@¥490

ハ)銭形平次捕物控、光文社文庫 ’85¥480

ニ)野村胡堂集(少年小説大系23)三一書房 ’92¥7000

ホ)銭形平次傑作撰(1-3) 1)七人の花嫁 2)橋の上の女 3)鬼の面 潮出出版社 ’92@¥1200

あらえびす

イ)名曲決定版(上下)中公文庫 ’81@¥580

共著のもの

イ)大江戸歳時記、捕物傑作撰、夏の巻、胡堂他、河出文庫 ’90¥560

ロ)時代小説、十二人のヒーロー(時代小説の楽しみ、別巻)新潮社 ’90¥1600

ハ)八百八町捕物(時代小説の楽しみ、4)新潮社 ’90¥760

※「日本書籍目録’95」によりましたが既に、品切れ、絶版があるかも知れません。あしからず。

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