山下敏明さんのあんな本、こんな本

司書独言(82)

`08.6.8寄稿

○月○日 このところ、東京都心の建築現場で人骨が続々と発掘されている由。その人骨、かめに入っていれば武士もしくは金持ちの町人、桶なら庶民だそうな。「江戸はこうして造られた」や「江戸商家と地所」の著者、都市史専門の鈴木理生(まさお)に言わせると、相次ぐ大火で江戸の都市整備が始まると、幕府は寺に郊外への移転を命じ、となると寺側は、墓地を放棄したまま引っ越したし、人間の方も流入人工の増加で定着意識が薄いから、墓や骨を大事にする気もなくて、つまりは遺骨に執着しなかった由

それなら、寺もなら、人も人だと言う事になる。今から見れば、墓地を置いてけぼりとは寺にもあるまじき行為と思わぬでもないが、まあ、事実だから仕様がない、と思ったところで、先頃 “室蘭の寺で〜”と報じられた出来事を思い出した。それは、どこの坊さんか知らぬが、何でも増築だか改築だかに当って、お布施を乞うたはいいが、檀家の中で反対する人がいて、するとそれを面白からぬとした坊さんが、反対派が寺に預けている骨を壺ごと宅配便で返送(とは言わないなあ)、送り付けたと言う事件。取材した記者は京やら、奈良やらの各派本山に電話して、この坊さんの行為は是か非か問うた所、呆れた上での返答は、「あり得ぬこと、やってはならぬこと」であったと。

その記事を読んだ時は私も呆れたが、これが今ではなくて、墓地ごと放置された江戸時代であったならば、坊さんが腹立ちまぎれに骨の面倒見るのは止めたとはぜずに、つまり放置せずに、一応骨を返すだけでも、奇特な行為であることよ、とむしろ称賛の的になっていたかもしれんな。時代がずれたのが気の毒だ。しかし、当今は、もはや「千の風になって」の時代だ。そのうち墓も骨も皆置き去りー何てことになりかねんな。

しかしまあ、江戸時代に幕府がキリスト教排斥のためにとった「寺請け檀家制度』で仏教を保護したことで始まった、寺による葬式と法事だから、歴史は浅いのだ。

○月○日 私は昔から豆腐や油揚げが大好きで、晩酌には寄席豆腐や二つに開いた油揚げをさっと焼いたのに生姜を乗せ、醤油をかけたのやら、納豆を粉でまぶしてチーズごと焼いたのやらを必ず食べる。又江戸時代の荷必醇(かひつじゆん)著の「豆腐百珍」を初めとする豆腐本も好んで読む。ところが厚生労働省が豆腐の汁を固めるニガリについて規格を決めた。塩化マグネシュウムヤカルシュウムやナトリュウムの成分や液の色がどうたらこうたらと言うことらしい。そしてこの規格外のものは売ってはならぬと来た。となると、豆腐職人は食品衛生管理者たる資格を取らねばならぬ。困ったのは今迄腕一本、長年の勘でやって来た職人達だ。今更、授業に出て、試験を受け…てなひとは、時間も金もさることながら、老化したお脳の点でも無理だ。となって、そっちこっちでスッタモンダ。だけど豆腐の歴史の中で、ニガリが原因で集団食中毒なんてことがあっただろうか。栄養だと思ったら毒だったと言う「作り置き」の「点滴」剤の方がはるかにおっそろしい。

○月○日  私宛に分厚い封筒が届いて、明けてみると「東京薬物対策協議会」から図書館に置いてくれとて、中味は「真実を知って下さい覚せい剤」なるパンフレット。読んで注意を引かれたのは「〜日本では、神風特攻隊の隊員が自爆作戦の前にメタンフェタミンを大量に与えられました」なる所。この覚せい剤は1919年に日本で合成されたと出ている。特攻隊員はお茶の粉末にこの薬を混入して固めたものを与えられたのだと言う。読むだにやり切れん。そう言えば読売のナベツネこと渡辺恒雄主筆は、毎日新聞の「おちおち死んではいられない」シリーズに登場して、自分は反戦主義者だが、と前置きして、曰く「僕はね、軍の残虐性に反対なんであって、必要な戦争も不必要な戦争もあるんだよ」と言う。ここで思い出したのが最近読んだナベツネより年下の半藤一利の「日本国憲法の200日」の一文ー半蔵は言う「〜戦時下或いは戦後の日本について語り合ったりする場合、年齢が一才違っただけで異邦人と話しているような感に襲われたりする。今日になると、ときには何と鈍感で無風で安易な戦時下或いは戦後を過ごしたものか、とびっくりするような同じ年頃の老人達が多くいるのに気づかせられる。そして彼らはの発言はひとしく勇ましい。」ナベツネも勇ましいい部類に見えるなあ。「今の若い人哲学なんて読まないからねー」と言うナベツネの部屋には古本屋かと見まがうばかりの量でカントやヘーゲルの哲学書が並んでいるそうだが、その結果がどうして「勇ましい部類」に入っちゃうのかなあ。哲学書読んだ意味がないんじゃなかろうか?

そこへいくとナベツネより一つ上(1925年生)の作家・永井路子は違う。同じシリーズで「〜『美しい国』?結構でございますわね。でもね、私はかつての『東洋平和のために』と同じ意味に聞こえて来ます。本当に美しい国というのは、戦争をしない国のことじゃないかしら。この60年日本は十分美しい国でしたよ。〜」と言う。

「美しい国」とは安倍の発言だが、そのタカ派の安倍について、ナベツネは先の戦争も悪質な侵略戦争だから、A級戦犯が合祀されている靖国には(私は)参拝しない、とたまにいいこと言いながら、「彼は(安倍)は戦争を知らないから仕方がないけどね」と。ここに至って、又私は半蔵の言葉を思い出す。それは「戦争体験の全くない戦後生まれの知識人達の脳天気なことよ」と言うものだ。


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