司書独言(105)美術館をめぐる

2010.05.寄稿

○月○日  ゴールデン・ウィークの混雑を避けて連休明けの旅行を計画し、さて出発と言う時に、我妻さんの94才なる母親にそろそろお迎えが来たようだ、との知らせが届いて、旅行を全部キャンセル、急いで上京した。幸いに峠を越したので、帰路は美術館めぐりと決めて、一番目は東京駒場の「日本民芸館」に行った。

と言うのは、今月5月22日の第17回『ふくろう文庫ワンコイン講座」は「浅川兄弟」がテーマだからで、この兄弟は民芸運動の祖たる柳宗悦(やなぎむねよし)に朝鮮の工芸美、わけても朝鮮白磁の美しさを教えた人達で、この兄弟によって開眼した柳は2人の協力を得て、「朝鮮民俗美術館」設立へと動いたのだ。

○月○日 そして、民芸館の目下の展示は「朝鮮陶器」で、これを見ることは兄弟を語るに当って打ってつけの予習みたいなものな訳で、私はじっくり見て来た.私は「浅川兄弟」の後は「柳宗悦」をも取り上げるつもりでいるのだが、幸いな事に今回は柳の自宅も見せてもらえた.書庫として使っていたと言う部屋は今はガランドウだが、ありがたい事に書斎はそのままで、息子たちの本も混じっていると説明された本棚には、小樽の郷土史家・越崎宗一の本も2冊あって、私には実に面白かった。

○月○日  次いで行ったのは新装なった「根津美術館」。ゾロゾロと入ってたが、参ったのは観ている人達がよくしゃべること.これ、私は北海道では余り無い現象と思っている事で、東京の人間は展覧会場で、聞こえよがしに泥縄だろうとしか思えぬ知識を、互いに開陳する.今回は光琳の国宝、例の「燕子花図屏風」他が展示されてたが、光琳の次へと移動すると、くちゃべり婦人達の1人が「えっ、何でここに酒井さんがいるの?」と言う酒井さん?何の話だと思ったら、その婦人のまえにあるのは酒井抱一の絵で、これにはたまげた。光琳を出せば、次は江戸琳派の抱一とくるのは当り前だろうが、それにしても抱一をつかまえて「酒井さん」はないんじゃなかろうか。

○月○日  次いで行ったのは、これ又新装成った「山種美術館」で「生誕100年の奥村土牛展」。ここも込んでいたが、この美術館,狭すぎる.」日本橋の山種ビルの中にあった時の方がはるかに赴きがあってよかった、と言っても始まらないけどね。次いで目指したのが上野は東京国立博物館の平成館での「細川家の至宝展」。しかし、上野に着いたのが4;30頃で、これは断念した、旧熊本藩主・細川家伝来の歴史資料や美術品はおよそ8万点と言われるが、それを収めた「永青文庫」を創めたのは第16代藩主護立で今は、18代の元首相が理事長としてそこを守っている。

○月○日  細川と言えば反射的に思い出す言葉があって、それは「踏み倒しの細川様」なるもの。これを覚えたのはもう20数年前、忠臣蔵関係の本を集中的に読んでいた時で,四十七士の面々が事成ったあと処分が決まる迄、各大名家に預けられる.その時、幕府をおもんばかって義士達に粗食を出した大名達の中で,唯一細川家の献立のみが良くて,それを知った江戸の庶民達が驚いた,と言うのは豪商達が細川家に金を貸しても、つまり大名貸しをしても,一向に返さず貸した方がお陀仏となるのが大概で,故に、口さがない庶民が言うには「踏み倒しの細川様」。まあ踏み倒そうが何しようが,御家の大事と務めた結果、8万点の文化財が現に遺ったとなれば、これはこれでいいのかも知れん.豪商達が持っていたら,紀伊の「みかん船の大尽』じゃないけれど,女遊びに消えたやもしれぬからなあ。

○月○日   帰宅してからも余勢を駆ってと言うと変だが,道立近代美術館での「本願寺展」へ足を延ばした.目当ての一つは国宝の「三十六歌人集」。これ藤原の公任(きんとう)が撰んだ三十六人の代表的歌人,いわゆる三十六歌仙の私家集の最古写本.この写本が世に出たについては聞くだに面白いデピソードがあるのだが、それはいずれ語るとして、これの復元版を「ふくろう文庫』に入れるべく,私は虎視眈々と狙っているのだが,今迄に二度逃がしている。まあ三度目の正直で,そのうち入手出来る事だろう.先は長い。

○月○日  「本願寺展」の後は、タワービルの「プラニスホール」へ「ルドゥーテ」の「バラ展」を観に行った。

ルドゥーテとはピエール=ジョセフルドゥーテの事で、この人、マリーアントワネットやナポレオンの妃ジョセフィーヌに仕えた宮廷画家、つまり、「王立植物園付属自然史博物館」の専任画家で、見に来てたのは私達2人.受付の女子曰く「来ませんね」ともったいない話。「本願寺展』の方は渋谷の駅前並みの混み様。こちらは2人.理由は明らかで「ルドゥーテ」を知る人が少ないからだ.私としては十数年前、ルドゥーテの葉や果物の上に描かれた「露」の美しさに一驚して以来、この人に気を付けているが、目下の狙いは「ふくろう文庫』にこの花の画家の王者たる人の「バラ図譜」と「美花選」の2冊を揃えること。これとていつかは揃えられるだろう.ああ、楽しみだ。

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