司書独言(126)ボストン美術館とふくろう文庫

○月○日 米国イリノイ州の知事公邸に2010年まで訳5年間も飾られていたリンカーン夫人の画が偽物と判明した由。1920代後半に当時の価格で2,300ドルでリンカーンの子孫が買わされたものだそうな。まあ、どうでもいいような気もするが、私はリンカーンには借りがある。というのは、中学時代、社会科の秋山先生から無理矢理、生徒会長に立候補させられたのだ。1学年900人というマンモス校時代だ。3人立ったが、私は立ち会い演説会で、リンカーンの「人民(people)の人民による、人民のための政治」の人民のを、「生徒(pupil)の、生徒による〜」と焼き直して、一部英語入りで公約をぶったところ、これが功を奏したか、2位に700票余の差を付けて当選したのだ。リンカーンの名言の恩恵だ。感謝感謝!!

○月○日 我が国では法相が国会の委員会室内で、携帯電話の競馬サイトを見ていて批判されたが、ドイツでは財務相が国会審議中に「独数」なる数字のパズルゲームで遊んでいて問題になった。ケシカランと怒りたいところだが、これで思い出した。私も高校時代に生徒会の会議中、余りつまらん論議が続くので、引き出しの中にシュテファン・ツヴァイクの短編集を開いて読んでいた。そしたら後日0に嫌な言葉だがチクられた。イヤ参ったねえ。その0も死んでしまった由。しかし、今どき生徒会の論議の方が国会より上だて。新聞の論説も生徒会新聞より軽いようだて。

○月○日 2月初旬、ノルウエーの画家ムンクの「叫び」が競売にかけられ、約64億円で落札去れた。4種ある「叫び」の内、1895年作で一番いい出来で、関係者の言い分では、「モナリザ」に次ぐ作品の由。私は昔、これが盗難に会った時、何で「泥棒!!」と叫ばないのだろう?と我ながら陳腐な冗談を独りごちたが、今度は叫ぶどころか、大いに気を吐いた訳だ。

○月○日 私は前歯の空いたのは男女共に嫌いだが、レイチェル・ワイズだけはまあ我慢しとる。最近彼女が実在の天文学者ヒュパティアに扮する歴史映画「アレクサンドリア」をDVDで観た。キリスト教徒の異教徒への弾圧が戦争を招くに至、つまりは不寛容のおろかさを描いたものだが、左程感銘はしなかった。只、パピルスの書物を筒状にして収納しておく書庫が、本好きの私には面白かった。

○月○日 高さ634mという『東京スカイツリー』が出来たとて、東武伊勢崎線の「業平橋駅」が「スカイツリー駅」に改名する由。味気無いのう。此処は在原業平が乗っていた舟が壊れて水死したのを葬った故、かく呼んだと言うが、これインチキらしい。土台,地名辞典の最高峰、の著者・吉田東伍がこの話しを「虚也」=嘘なりと言っている位だ。しかし嘘にしても,私しゃ古い方が好きだなあ。私は高所恐怖症で,ビール函、みかん函の類の上でも足が震える方だから,スカイツリーも行く気はない。只、昔、パリのノートルダム寺院とバルセロナの例のガウデイのサクラダファミリアには登ったことがある。もっとも内階段から登って天辺では下を見下ろす際までは行かなんだ。

○月○日 経済の低迷のおかげで,アメリカでは「愛国主義〉を標榜して政府を攻撃する団体のが2008年から2011年までに8倍以上に増えた由。「愛国主義とは、ならず者の最後の砦」(だったか)と言ったのはアメリカの作家アンブローズ・ビアスだが,「徳川時代の宗教」の著者・カリフォルニア大学のロバート・ベラーも、ブッシュ時代に「ほとんどの国民は,古風までの愛国心を見せている」と憂慮してた。野田も嫌いだが、その野田率いる政府に,尖閣諸島問題で「吠え面かかせてやった」とエゲツない言葉を浴びせる愛国者・石原もちょっとばかり眉唾者だなあ。

○月○日 昔、道庁に電話をかけた時,出た女交換手の冥土から聞こえてくるみたいな陰気で愛想のない声に気が滅入った。ところで、田中眞紀子女史の旦那が、国会で自衛隊出の髭の議員に質問されて答える際、「もしも=if」とやるつもりが「もしもし、もしもし〉とやって,髭も思わず笑い,髭の後ろにいた女性議員などはずっこけて笑った由。聞いた皆がこれ程笑える「もしもし」はそうなかろうと思うが、ナンナラ大臣辞めさせて、防衛省の電話交換手にでも配置した方が、省全体のトゲトゲしさが消えて、いいのではなかろうか。

○月○日 4月末 モルエでボストン美術館蔵の「平治物語絵巻三条殿夜討巻」他を展覧して大好評だった。この美術館について元館長のベリー・T.ラスボーンは、次の如く言う。「この美術館は、その最初の段階から私人としての市民達からの寄贈に全面的に依存して来た者であり、公的な支援の恩恵をこうむるところは、現在まで全くなかったのである。この点におい手、当美術館は世界中の包括範囲の広い大美術館の中でも、特異な存在なのである」。良きかなこの言。そして、この美術館の基礎を築いた3人のアメリカ人の1人であるフェノロサは言う。「美術という者は、人の心を解き放つが故に人の礎石となり得るのだ。美術館は美の力を人々に伝え、個人として生きる力を培う場なのである」。この言葉も又佳きかな。

「ふくろう文庫の〉の在り方について、私も全く同様に考えている。規模はこの際問題ではない。

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