司書独言(110)

`10.10月寄稿

○月○日 過ぐる9月3日夜、プリンスホテルで拙著「本の話・続」の出版記念祝賀会が開かれた。軽妙極まる司会役の田村博文さんに促されて,私は謝辞を述べたが,その中で,子供の頃の出来事を2.3語った。その中の一つは私が小学校5年の時に起きた事だが,これが今もって私には解せない出来事なのだ。

○月○日 当時は戦後民主主義も最頂期と言った感じの時だから,いわゆる級長なるものも,戦中の先生に指名されたものと違ってクラス皆の選挙でなるのだった。それで私は1学期の級長になったのだが,学期半ばにして、突然リコールされたのだ。事の次第はこうだ。担任は,今思えば20代前半と思える女の先生で,この先生に私は何故かひどくうとまれた。早いい話が、事あるたびにマークされた,或いは目の敵にされたと言うのか、これが私には分からない。まあヤンチャ過ぎていたのかも知れぬ。

○月○日 そして或る時,授業が始まると同時に私は呼ばれて教壇に立たされ、あろうことか、運動会の時に使う鉢巻で目隠しされた。ー体何事が?と思う間もなく女先生が言ったのは、「山下君が級長としてふさわしくないと思う人はいますか?」と言うものだった。すると直ぐに手が上がったらしくて,3人が順繰りに私の非を鳴らした。曰く「山下君はこの頃生意気と思います」etc。

○月○日 目隠しされていても声は分かる。エッあいつ何で?と,又しても思う間もなく,女先生は,『じゃ,山下君には級長を辞めてもらいましょう』と言って,私はつまり,級長を首になった。あの3人は恐らく女先生にそそのかされたに違いない。鉢巻を外され教壇から下ろされて私は呆然としていたが,家に帰ると,口惜しくて押し入れに入って泣いた。しかし家族には言わなかった。恥ずかしかったからだ。

○月○日 すると,翌日だったか,数日経ってからだったか,今となっては判然とせぬが、父が校長に呼ばれた。帰って来た父が私に言うには「お前は明日からクラスが変わる』そして,加えて「何があったにせよ、明日からは気持ちを変えて,清濁合わせて飲め」。「せいだく?」と意味を訊くと父は「支那の大河には清い水も濁った水も流れ込む。それを大河は全部受け入れて大洋に注ぎ込む。つまり度量を大きくする事だ』と答えた。

○月○日 こうして私だけ,5年1組から5年3組に移された。実は女先生が私を鉢巻姿の異様な姿で黒板の前に立たした時,偶然校長が通りかかって廊下かから一部始終をを見ていたのだ。校長は父に言ったそうだ。「敏明」の頭には“つむじ”が二つある。あの子は訊かない子だから,このままにしておくとぐれるかも知れぬ。私の一存で女先生から外して老練な男先生のクラスに移す」と。もっとも、「実は〜」のあとの話は後年になって父が打ち明けてくれたことだ。

○月○日 こうして私は,1人だけ5年3組に移り,温厚な男先生の下、清濁合わせ飲んだ?のが功を奏したのか,次期の選挙では5年3組の級長に選ばれ,おまけに5年総代として送辞を延べ,6年では総代として答辞を述べると言うハレの役を続ける事が出来た,男先生に2年間受け持たれたのである。もし、あの時,校長の決断がなかったら、ひょっとして私は女先生にいびられ続け、今でいう不登校にでもなっていたかも知れぬ。そう思うとゾッとする。その時の校長は小林喜蔵先生だった。感謝の他はない。

○月○日 ところで、日移り時は過ぎて、先の10月9日、苫小牧の「ふくろうの森の会」の面々が、拙著の出版祝賀会をしてくれた。場所は糸井近くのレストラン「ダンディライオン」。この場所は私の希望で、と言うのは、苫小牧での美術講座の際に、この店のマダムが、商売の都合をつけては来て一番前の席で聞いていてくれたのに対する感謝としての選択だったのだ。墨谷真澄さんの司会のもと、宴もたけなわとなった頃、マダムから私にケーキのプレゼントがあった。開けてみるとナント2羽の「みみずく」が枝の上にいる図案のもので、私は感歎した。

○月○日 その時私はマダムの身上について、いささかの質問をしたのだが、オドロイタ事に、マダムは忘れもしない小林喜蔵先生の孫娘だったのだ。艶冶そのものの孫娘の表情を見て、私は呆れながら、そう言えば喜蔵先生も男前だったもんなあと思いつつ、感動の余り彼女の手を握ったまま、参会者一同に小学校時代の出来事を語ったのだった。

○月○日 あの時,指弾役をした3人の中の2人は早故人となった。残る1人のNは5年程前私の所に現れて、「定年後振り返ってみたら会社人間で、人生何の足跡も残してないんだよなあ」とボヤイた。私としては、孫娘との出会いと言い、Nの述懐と言い、「人生だなあ」と思うばかりである。


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