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	<title>山下敏明さんのあんな本、こんな本 &#187; 司書独言</title>
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		<title>司書独言120回</title>
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		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 08:24:21 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[2011.10月寄稿 ○月○日「神さまんすう、神さまんすう、なしておれあ　どこを見捨てやりあしたれ？」。これ気仙語で，標準語に直すと、「私の神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか？」となる由。 大船渡市の医者が，自身カトリ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011.10月寄稿</p>
<p>○月○日「神さまんすう、神さまんすう、なしておれあ　どこを見捨てやりあしたれ？」。これ気仙語で，標準語に直すと、「私の神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか？」となる由。<span id="more-4442"></span></p>
<p>大船渡市の医者が，自身カトリック信者なことから，遊び心（？）で新訳聖書の｢ケセン語訳」を出したことは前から知ってて、私の知人も一部買ったが、その在庫分3,000冊が今回の津波で被害に遭ったものの，泥水を払って乾かしたものが、その生乾きの湿り気が津波を実感出来てよしーとて，売れ始めたそうで，版元のイーピックスが再建出来そうだ、と。いい話だなあ。「神さまん」は「見捨てやりあ」しなかった訳だ。</p>
<p>○月○日　その点、見捨てている気配が濃厚なのは我が国政府で，一向に回復の方向が判然とせぬ。そんな時に「野田」と「どじょう」と来た。私は愛郷心が強い方なので，「野田｣は「額縁屋』だけで結構，「どじょう」も相田みつをとやらのインチキ人生訓屋よりも「塩釜」の方がいい。ここで、道外の諸君（これが皆さん、結構いるのですぞ）のために、一寸説明を加えると、札幌に野田額縁店があって、その宣伝文句が「額縁は<span style="text-decoration: underline;">野田</span>がいい<span style="text-decoration: underline;">のだ</span>」なの。又「塩釜」とは、私が愛する室蘭の老舗の「うなぎ屋」で、うなぎはもちろん、柳川鍋も絶品であるぞ。そう言えばこの間、某店で「柳川風味の柳川鍋』とあるのを，話しの種に注文してみたら、味は確かに柳川だったがmどじょうの代わりに薄いハムが2枚入っとった。魂消たねえ。</p>
<p>○月○日　静岡県知事から「高橋知事は経済産業省出身だから独自判断が出来なかったのでしょう」と批判されて、道知事が「変わったことを言う方なのでコメントしない。ばばかしい」と返した由。ところが、どう言う訳か北海道新聞には、他紙にあるこの最後の「ばかばかしい」が抜けていて、これかばっているのか？、不注意か？、故意か？。それはともかく「ばかばかしい」とは、何だかんだととぼけられて、やらせも献金も皆目知らずにいた道民の言う台詞ではあるまいか？？</p>
<p>○月○日　室蘭東ロータリークラブが創立50周年記念事業に，「ふくろう文庫」に25万円寄付してくれた。40周年の時には実に100万円出してくれて，文庫の運動に弾みがついたものだ。今回はこの25万円で，台湾の故宮博物院所蔵の｢院本・清明上河図」を入手出来たので，先日、8月例会にお礼をかねて、この稀世の名画の説明に行って来た。私は，キリスト教社会では、富みは貧者、社会に還元との思想が強く、寄付行為が盛んで、例えば、ボストン美術館も先記の故宮博物院も寄付で成り立っているのだが、それに比べると我が国では、個人の大原やブリジストンや足立や細見などの名美術館はともかくとして、寄付だけでと言うのは少なく，未だしの感あるけれども、そうした土壌のなかで東ロータリーは会だけではなく会員諸氏も「ふくろう文庫」に多大の関心を寄せてくれていて，誠にありがたい，と言った主旨の話しをして来た。ところで、震災義援金を見ていても、ヨン様、チェ・ジュ、石川遼　etcと来る一方、はて、あの人は？と言うのもいる。例えば、先日室民でイチロー1億の記事と並んで、長島が色紙を持って正面向いた写真が出ていたが、この人色紙だけか？。確かに某氏の秀逸賞の川柳「どこにでも顔出すくせに金出さぬ」は言い得て妙だわ！！　こういう人いるよなあ。</p>
<p>おじさんの引っ越しの手伝いに行ったら「これでコーヒーでも飲め」と角封筒を渡されたので、「ミスド」でコーヒー注文してから封筒開いたら、角砂糖が2ケ入っていて呆れたと言う人がいるが、入っているだけまだ許せるなあ。とにかく文化・文化と声高に言う人程、声だけだーと言う感じだなあ。</p>
<p>○月○日　私が仲人した建築屋の西方君がナンダカノ調査でブータンに行って来たとての土産話〜ブータンの家々の軒先には、風鈴のように、ポコチンの形をしたものを沢山吊っているそうな。50年も昔、中尾佐助の「秘境ブータン」を社会思想社の現代教養文庫で読んだが、そんなことが出てたっけかな？とその本を探したが出て来ぬ。一方2月だったかに、ブータン王室の三女が来日した。何でも、地球環境の保全に貢献(同国王）したとて顕彰会に出席のためらしい。中尾が初めてブータンを訪れた時の国王の称号は「スリ・スリ・スリ・スリ・スリ・ドルック・ギャルボ・ジグミー・ドルジ・ワンチェック」の由。この記事切り抜いて、中尾の本に挟もうとしたが前記のように見つからぬので、私は思い余って、この切り抜きを当座、D.W.マーラーの「スリのテクノロジー｣なる本に挟んでおくことにした。国王よ、許し給え。しかし「スリ」が5回も重なるとはなあ。</p>
<p>○月○日　流通ジャーナリストの金子哲雄が講演と新聞に出ていて、あーあの舌っ足らずの反対の男かと気付いた。話しは「客に買いたい、行きたいと思わせる購買促進が必要だ」云々で、．．．これ、おかしくないか？子どもが本を読むように仕向けるには？との質問に、読みたいと言う気持ちにさせましょう、みたいな返事で、その読みたい気持ちにさせる方法が分からないから訊いている訳で、つまり、問いに問いで答えていて何やら、禅問答だ。リピーターを呼び込む方法を訊きに行っているのに、リピーターを増やすことが大事．．．と言うんだから気楽なもんだ。この馬鹿話でこの不景気の中、講演料はいくら取るんだろう．．．と他人事ながら心配になる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>司書独言119</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Jan 2012 08:38:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[2011.8.寄稿 ○月○日　お中元でメロンが届いて、これが美味しい。もう一切れ、と思いつつ自制するのは、メロンで死んだ人を思い出したからだ。それは15世紀神聖ローマ帝国皇帝だったフリードリッヒ三世、放っておくと際限なく [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011.8.寄稿</p>
<p>○月○日　お中元でメロンが届いて、これが美味しい。もう一切れ、と思いつつ自制するのは、メロンで死んだ人を思い出したからだ。それは15世紀神聖ローマ帝国皇帝だったフリードリッヒ三世、放っておくと際限なく食べ．．．で．．．消化不良で死んだ。そして息子のマクシミリアン二世も父と同様の死を迎えた。</p>
<p><span id="more-4417"></span></p>
<p>もっとも、高価なメロン、際限なく食べられる程には送って来ないけどね。</p>
<p>○月○日　7月末の台湾のニュースに笑った。軍隊の集会中中華民国建国の父・孫文と蒋介石の名が出ると、全員がその都度直立不動と義務つけていたのを、民主主義の時代だから止そうとなったと言うのだ。しかし笑えない、と言うのも戦時中、日本でも｢天皇陛下』と出ると矢張り直立不動で、「元へ」つまり元の姿勢に戻ってよし、との号令が出てから初めて普通の姿にもどっていたことを思い出したからだ。馬鹿馬鹿しいことをやっていたものだ。</p>
<p>○月○日　そう言えば台湾で，序でにもう止めた方がいいんじゃないの、と思うことがある。忠烈祠とやら，国共内戦で死んだ，つまりは中華民国の方で，毛沢東に対して戦った兵士達を祀るところだが、ここに立っている番兵が1時間交替と言うのは仕方ないが（私なら嫌だが）、その1時間は微動だにしちゃいかんのだ．台の上で股開いて左手に銃をそえて．．．そして一番びっくりするのが1時間「まばたき」しちゃダメと言うこと。人間業とは思えぬが実際見ていると開いたまんまで，充血して真っ赤だ。インデアンの処刑に，炎天下，大地に仰向けに寝かせ，四肢と首を地面に固定し、その上で両目の瞼を糸で引っ張って目をつぶることが出来なくするのがある．つまり、太陽で焼いて失明させるのだ。台湾のエリートらしき連中も、あれ、続けてりゃ、早晩若くして失明じゃないのかと他人事ながら心配だ。あれ絶対に人権無視だわ！。</p>
<p>○月○日　台湾でもう一つ、今度は又笑える奴、馬総統とか言うのが経費節約 and 元気な所を見せようと、自転車通勤を始めた．．．はいいが、護衛達（シークレット・サービス）がベンツ12台に乗って回りを固めた。台湾人笑って曰く「意味ないじゃん」。これがベンツでなくて50ccカブでも馬鹿げていることは変わらない。麻生の皇居一周のランニングやブッシュにも笑ったが、歩くだ、走るだ、バスだと、ピンからキリまでの政治家諸君、余り笑わせんでくれ。</p>
<p>○月○日　「東京大空襲・戦災誌」で菊池寛賞を受けた評論家の松浦総三が死去した。戦争中のデッチアゲの最たる「横浜事件」や、戦後のGHQの言論統制などについて堂々たる批判の論陣を張った優れた批評家だった．死去のニュースの切り抜きをはさもうと彼の本を出してみたら、7冊読んでいた。どんな人だったかわかるから書名を列挙してみる。</p>
<p>「占領下の言論弾圧・1969」「戦後ジャーナリズム史論・1975」「天皇とマスコミ・1975」「戦時下の言論統制・1975」</p>
<p>「われわれにとって”君が代”とは何か・1977、石上正夫と共著」「文芸春秋の研究・1977」「文芸春秋と天皇・1977」</p>
<p>○月○日　最近ドナルドキーンが戦争中の知識人の日記を材料に日本人の心証を論じた本「日本人の戦争」を出したが、これなどは「今頃遅いわ！」と言いたいようなもので、松浦は30年も前に「戦中日記にみる戦争観」を「週刊読書人」に連載している。序でに言えばキーンは文化勲章をもらったが、やはりキーンの作戦がちだ。何故って「アメリカに行けば日本の悪口を言い、日本に戻ってはアメリカをけなし」要するにキーンは「人付き合いがうまいだけ」と言った意味のことを確か評論家の小谷野敦が言っていたが私もそう思う。私は一応キーンも読んでいて、本人が自著ベスト3に選ぶ「足利義政と銀閣寺」などは、確かにいい本だと思うが、その人物となると、何やら「人たらし｣と言われた司馬遼太郎に似ているような気がする．遼太郎にも文化勲章が当っていたなあ。</p>
<p>○月○日　「原発はなぜ日本にふさわしくないのか」なる本が小学館から出た由。まだ読んでいないが、著者は、元皇族の竹田恒泰とのこと。なにしろ元皇族だから、万世一系の天皇あればこその日本、の立場で、天皇の先祖たる神々が作った神国日本を放射能で汚すな、又、陛下の宸襟(しんきん）を原発ごときで悩ますな、と言うのが主旨らしい。「しんきん」と平仮名でくれば「心筋＋コウソク」かと思うが、「宸襟」ときたら「天皇の心」のことで、つまりは天皇に心配をかけるな、ということ。昔、開国の時横浜の女郎が、「降るアメリカに袖は濡らさじ」とかの句を残して、つまりは神の国の女「なでしこジャパン｣たる身は、ブッシュのアメリカごときに操を汚されたくないとて自害した話しがあるが、上の主張、発想が，何となくこれに似ている気がする。</p>
<p>○月○日　まあ、脱原発を主張しているんだから良いようなものだが，皇族とても，天皇の心ばかりでなく，国民の方にもいささかの関心を払ってほしかった。ところで、被災地の見舞いを初めとして今一番人間的で民主的なのは天皇夫妻じゃあるまいか．鳩だの鷺だのひっくるめて政治家や役人の及ぶところではないわ。</p>
<p>○月○日　西尾幹二だの鈴木邦男も日本の土地が汚されるとて、方向転換で脱原発の由．今頃遅いわ！と思うが，もう一つこの結構な発想で，日本の土地を汚している最たる存在の米軍基地にも出ていってくれ、とやってくれれば首尾一貫して見事といえるがな。</p>
<p>しかし、「友愛は震災時には何もせず」なる川柳の投書があったが、麻生だの、安倍だの、福田だの元総理達は，被災地見舞いにいったのかな？</p>
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		<title>司書独言（115）</title>
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		<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 01:02:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[○月○日　私は今年、北海道新聞から頼まれて｢私の新聞評」なる欄を、年3回書く事になって、最初が4月5日付けだ。たった1,000字なので思うように書けぬので、そこで取上げた｢天罰」をここで詳しく書く。石原知事は在任12年間 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>○月○日　私は今年、北海道新聞から頼まれて｢私の新聞評」なる欄を、年3回書く事になって、最初が4月5日付けだ。たった1,000字なので思うように書けぬので、そこで取上げた｢天罰」をここで詳しく書く。石原知事は在任12年間で判明している28回の海外出張だけでも4億6千万円余の税金を使った由．なにしろ航空機はファーストクラス、夫婦2人で一泊24万3000円のスイートルームに泊るのだから、本人はたまらないだろう。こんな男が言うに事欠いて「日本人のアイディンティティは我欲、物欲、金銭欲だよ」とのたもうて、あろうことか今回の｢津波をうまく利用して我欲を洗い落とす｣と延べ「天罰」だとしめくくった。「天罰」とは悪いことをしたら天の罰を受けますよ、と言うことだが、今回の地震・津波で亡くなった無垢の人達が何を悪い事をしたと言うのか。犠牲者を愚弄する余りにも不用意な発言だ。あとでいろいろいい訳して謝罪したそうだが、後で謝らなければならないようなことは最初から言うな！！</p>
<p>○月○日　天罰が標的にしてよさそうな馬鹿がもう１人いる。国全体で節電だ、と覚悟を決めている時に、選手会の反対を押し切って「〜選手が命がけでプレーすれば〜」なぞと、見当違いの意見を吐いて開幕を主張した「金と権力の亡者」、渡辺恒雄なる巨人の会長．東京ドームの試合には1日6万キロワットの電力を使う由。これは一般家庭約64万世帯分に相当する量だそうな。なにしろこの威張屋、昔、プロ野球のストの時、「〜選手ごときの分際で〜」なる暴言を吐いた馬鹿ではなかったか。</p>
<p>○月○日　もう１人天罰が下りそうなのがいるぞ。原発が｢津波に耐えている事はすばらしい」と言い、更に「原子力行政はもっと胸をはるべきだ」と変に力んでみせた脳天気の米倉博正日本経団連会長．そう思っているなら、そろそろ引退の歳であろうから、東電の会長らを引き連れて原発の隣でも隠居してみたら！？きっと毎日快適！と深呼吸して胸を張っていられるのではないか。</p>
<p>○月○日　行政書士が<span style="text-decoration: underline;">商売で</span>「家系図」を作るのが流行っているそうな。表装したものは1点百万円で売れると言うから、止めらないだろうな。ところが、昨年の暮れ、行政書士の資格がないのにこの商売に手を出した、とて介護士の男が一旦は有罪となった、が、しかし、その家系図は、観賞、記念目的で作られたものだから、別に資格がなくても作るには問題がない、と最高裁で無罪になった。当たり前だ。当たり前だが私にはこの家系図を作ろうと思う気持ちがよく分からない．他人は知らず．私は自分の先祖だの親類だのに全く興味がない．よしんば一族の中に世間が偉いと思っている人がいたとしても、それはその人が偉いのであって当方が偉いのではない．私は私であって．．．．土台、北海道にいる人間が伊達の殿様なんてのは別だろうが、碌なものがいる筈がない。</p>
<p>○月○日　どこの馬の骨？と思っていたのが、もうちょいましだ、と分かっても、だから何の？と私は思うが、無罪放免されたこの介護士、「家系図販売業を再開したい」と言っているところをみると、つまりは客はある訳で、私流でないのが沢山いると言うことだ。そこで、何が何でも私の先祖は、と頑張りたい向きに勧めたい本がある．日置昌一の「日本系譜綜覧」なる千頁余のの本だ（講談社学術文庫/￥2,000）。貴族．武家、学者．芸術家と何でもござれだから、自分の一族一党を好きな所に当てはめて、つなぎ合わせれば、絢爛たる系図の一丁仕上がりだ。</p>
<p>○月○にち　いわゆるグラマー女優のジェーン・ラッセルが死んだ。89歳。「ならず者」での胸をはだけたポーズは有名だが、演技は駄目で、「紳士は金髪がお好き」の時は、体格はモンローより一回り大きかったが、色気と演技と踊りにかけてはモンローの一回り下だった．とは言えまあ、なつかしい。</p>
<p>○月○日　中央アジアのキルギスにある4,500m級の無名の山に「ウラジミール・プーチン峰」と名付けようとの法案が出た由．既に「レーニン峰7,134m」もエリツィン峰5,000m」もあると言う。まあやるもんだ、とほとほと感心するが、レニングラードが「サンクト・ペテルブルグ」に「ゴーリキー」だったのが「ニジニ・ノブ・ゴロト」と旧称に戻るのが歴史の常だから、いつまでもつやら。それよりレーニンやエリツィンより低い山だと言うことで、プーチンが怒って、この話しご破算になるかもな。</p>
<p>○月○日　｢好きじゃねえんだ、パンダって」と石原都知事が渋ったパンダが来るには来たが、借り賃が年約7,8,00万円．これ死んだら大変だぞ。神戸市立王子動物園で去年9月に雄が事故死（？）してこれの補償金というかお詫び金と言うか、が約4,000万円。おまけに赤ちゃんが生まれても2年経ったら中国に返さなきゃならん、と言うのも日本には繁殖の相手がいないからだ、そうな．パンダの一日の食費は1頭約12,000円。飼育係の身になったらと思うと．．．。</p>
<p>○月○日　国立国会図書館に外務省から出向している専門調査員なるものが、国会議員に調査を依頼された事項やら、読んだ本の内容やリストを報告してた、つまりスパイ行為をしてたと言うことが2月の末に明るみに出た．北方領土ではロシア側の動きを事前に掴めず、てな有様なのに、何を余計な事をしているのか．自分で自分の首を締めている行為だと思わぬのか？？</p>
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		<title>司書独言（114）</title>
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		<pubDate>Fri, 15 Apr 2011 01:01:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[○月○日　ノートパソコンを使っていた男が疲れたのか、パソコンの上に突っ伏して寝てしまい、それも４、５時間と長くて、気付いてみたら右頬に全治30日を越す火傷を負っていた、と言う事件が長野で起きた。新たな現代病か？？？ ○月 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>○月○日　ノートパソコンを使っていた男が疲れたのか、パソコンの上に突っ伏して寝てしまい、それも４、５時間と長くて、気付いてみたら右頬に全治30日を越す火傷を負っていた、と言う事件が長野で起きた。新たな現代病か？？？<span id="more-3984"></span></p>
<p>○月○日　今上天皇の身体具合が悪いらしい。平成も既に23年過ぎた訳だが、お疲れもあるだろう。昭和天皇の在位は随分と長かったが、昨年末、その昭和天皇に、「原爆投下の事実をどう受け止めになったか？」と質問して、「やむを得ないことと思っています」との回答を引き出した強者のジャーナリスト秋信利彦が死んだ。この天皇の回答は大いに議論を呼んだものだが、戦争を止められなかった事に対する謝罪と、それに伴う退位については、岩波新書の原彬久著「吉田茂」によると、この二つとも天皇自身は考えぬではなかったが、吉田が止めた、言うのが事実だそうな。</p>
<p>○月○日　天皇で思い出すのは三島由紀夫だが、昨年末はその没後40年と言うことで賑やかだった。関連本は次々出るし、新聞では色々論ずるし，，，「潮騒」は私が高の時に出て、直ぐ映画になって私も観た。これで私は｢青山京子」のファンになったが、この小説、大学に入ってから読んだギリシャのロンゴスによる「ダフニスとクロエ」が種本だと知って、何じゃらホイと思ったことだった。ロンゴスの方がずっといい。</p>
<p>○月○日　三島が自衛隊に体験入隊すると、サインを求めてくる隊員が結構いたが、それは三島を作家として知って来たのではなくて、「おれはお前に弱いんだ」を歌った歌手の「三島敏夫」や俳優のあの茶坊主みたいな「三島雅夫」と思って来たのでつまりは人違いだった由。これでは、来た方も来られた方も、双方共にガックリきたことだろう。人違いと言えば、当時、香港の新聞には「三品行雄、割腹自殺」と出たそうな。これではノーベル文学賞候補も形無しだ。</p>
<p>○月○日　三島のおかげで割を食ったのは人質にとられた益田兼利（<span style="font-size: x-small;">ました</span>）統監だが、この人の長男で父と同じく東部方面統監を勤めた兼弘は、父は最後まで三島を恨んでいなかった、と語り、加えて「軍事集団が大手を振って歩く時代は来てほしくない」と断言する。没後40年で発言されたものの中で一番私の印象に残ったのは、この言葉だった。無論賛同の意味でだが、逆に呆れたのが一つあって、それは「道新」に出た、フリーターとやらのもので、自分も時が来たら三島のように振る舞いたい、割腹自殺も辞せずみたいな内容の一文だった。いや、居るもんだなあ！！と言うのが私の感想だ。</p>
<p>○月○日　灯油が値上がりと思っていたらコーヒーまで高くなって来た。私は毎朝2杯のコーヒーを飲むが、今一番飲んでみたいのはスマトラの「コピ・ルアク」なる銘柄（？）何しろ、これ野生のジャコウネコの糞を洗って干し、その後煎ったもの。この猫標高1400mの高地でコーヒー園のアラビカ種のコーヒー豆を食べるそうで、それが腹の中でうまい具合に発酵し糞となって出るものだそうな。</p>
<p>ところで、北京の故宮内に店開きしていたアメリカのコーヒー店・スターバックスが昨年末閉鎖に追い込まれた。つまり、アメリカの習慣がはびこるととらえた連中が「中国の伝統文化を踏みにじっている」と言い出したからだ。全く理に合わぬ。自分たちは世界中に中華街を作るくせに、何をそんなにとんがるのか。と思っちゃうね。</p>
<p>○月○日　「TPP」やらをめぐって甲論乙駁かましいが、これで又してもアメリカにやられるのか、との思いが強い。これで思い出したのが先日前原誠司外相の発言「もはや思いやり予算と言う言葉は適当ではない」と。じゃあなんて言うんだと思っていたら、「ホストネーションサポート」か或いは「接受国支援」としたい、と。これではまるで政治家と言うより、三百代言に成って来たとしか思えぬ。まあ、政治家とは三百代言なんだろうけどな。この三百代言にブレが加わるんだから、もはやどもならんな。</p>
<p>○月○日　2009年末に百歳の詩人・まど　みちお　は新作詩集を出した。中には赤ん坊を歌った詩もある。「どうもまぶしい/とおもってハッときがついた/だっこされているんだ/かみさまに！」。そんなまどが戦時中に書いた戦争詩が見つかって、議論を呼んでいる「この戦争は/石に齧りついても勝たねば/ならないのだよといえば/おまえはしずかに/私のかほを見まもり／ふかい信頼のまなざしで/うなづきかえす」てなもんらしい。時流にながされて、イヤイヤ書いたものだろうが、時が時ならまど程のひとでもこうなってしまう。こういう時が来ることがないのを切に祈るが、きなくさいことを煽る手合いが最近とみに増えているような気がするなあ。</p>
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		<title>司書独言（112）「一冊の本が次読む本を呼ぶ」</title>
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		<pubDate>Wed, 13 Apr 2011 02:45:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[○月○日　拙著「本の話・続」が室蘭民報社の高橋結香記者の仲立ちで、主婦の友社発行の雑誌２誌に紹介された。結香記者には申し訳ないが、私はこの２誌共に知らなかった。一つは「mina（ミーナ）」の2011年2月号で、これは表紙 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><br class="spacer_" /></p>
<p>○月○日　拙著「本の話・続」が室蘭民報社の高橋結香記者の仲立ちで、主婦の友社発行の雑誌２誌に紹介された。結香記者には申し訳ないが、私はこの２誌共に知らなかった。一つは「mina（ミーナ）」の2011年2月号で、これは表紙に榮倉奈々が出ている所をみると20代〜30代、いやひょっとして10代向けの雑誌かも知れぬ。もう一つの表紙は五月みどりで「ゆうゆう」の2011年新年号。「50代からを応援！」との副題がついている。二つとも、どの程度（購読者数）出ている雑誌か分からぬが、いい機会だから感謝の意味を込めて、2つの記事を載録しておく。<span id="more-3999"></span></p>
<p>○月○日　先ず「mina｣の方のBook  pick  up　蘭。『　「良書の魅力を伝えていきたい」大学図書館に30年勤務したベテラン司書が、国内外1,000冊に及ぶ本をチョイス．その話題を取り上げ、面白可笑しく描いたユニークな一冊です。「読書は人間だけが出来る最大の幸福』．本を読む喜びや魅力をたっぷり教えてもらえるはず。』</p>
<p>○月○日　「ゆうゆう」の方は、Culture ゆうゆうの蘭、「Booksー今月読みたい6冊」の頁で、筆者は温水ゆかり．『新聞『「室蘭民報」の文化欄で連載中の「本の話」の続編。「一冊の本が次読む本をよぶ」の川柳の通り、元図書館司書の著者が多彩なジャンルの本や本にまつわる話しを綴る。取上げられた本は国内外約1000冊に及び、30頁を超える巻末の索引も圧巻本好きにはたまらない一冊だ．！」</p>
<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/04/sisyo-3.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-3993" title="sisyo-3" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/04/sisyo-3.jpg" alt="" width="380" height="595" /></a></p>
<p>○月○日　結香記者との2誌の書評者に礼を言わねばならぬ。因みに「本の話」の正続共、著者たる私は印税なるものをもらっておらぬ．全て「『ふくろう文庫」の本代に提供しているのです。つまり私の本を買って下さると、私の懐が肥えるのではなくて、「ふくろう文庫」の本が増え、文庫の本は図書館に寄贈するので、つまり図書館の本が増える訳です．この段、ご理解の上、室蘭の文化財を増やすために、とて、私の本を買って下さるとありがたい．（購入希望の方は、室蘭民法社又は図書館の私に連絡下さるか、或いは市内の有名書店でもお求め頂けますので、よろしくお願いします）</p>
<p>○月○日　因みに、先の雑誌の私の本の他5人は、と言えば、女性問題専門の樋口恵子、ジャーナリストと言うのか放送記者と言うのかーの池上彰、次に2010年11月16日101歳になった言う詩人のまどみちお、医者の鎌田実、そして作家の工藤美代子だった．ついでに言うと表紙を飾った五月みどり、と言う人、中々不思議な人だ．ポルノめいた映画に出ていたかと思うと、NHKにも出たりして、人生の汚れというものがちっとも出て来ぬ人で、きっと根性のいい人なんだろうな。</p>
<p>○月○日　｢ふくろう文庫ワンコイン美術講座」も5年目に入る．3.5.7.9.11と奇数月の第4土曜日と決めて、だから次回ははや21回目。今回は何を取上げるか、てな事を取材に来た高橋結香記者としゃべっている所へ、毎回黒光ひささんと受付に座ってくれる香川妙子さんが来て．．．．この人は非常に多方面に好奇心のある人で．．．魯迅のことをもっと知りたいと言う．魯迅な、魯迅と美術を結ぼうとすれば、中国革命に際しての魯迅の版画運動だなあ—と答えて、このテーマはいけるな、と思う．これならケーテ・コルヴィッツやフランツ・マゼレールの事も、もっと話しをのばしてロシアのマヤコフスキーらのポスター運動も語れるかも知れぬ．妙子さんは又言う。「オーケストラよかった．チャイコフスキーももっと知りたい」。この映画はすばらしい。最初に見た私は田村博文さんと、黒光、香川両人に直ぐ感動を伝えていたのだが．．．チャイコフスキーと美術とくれば、直接にはないが、チャコフスキーのあとのロシア5人組のムゾルグルスキーとなれば「展覧会の絵」があるなあ。あれなら「本の話」でも取上げたことがあるしー、とまあ、色々考えている最中．卯年だから兎と美術と言うことでもいいかも知れぬ。</p>
<p>○月○日　一昨年の7月だったか、さいたま市で計画されている「大宮盆栽美術館』が購入した高級盆栽5鉢、計7500万円が、誰かに薬品をかけられたかして、誰が枯らした？とて問題になった事があった．5鉢の中一番高いのは、2000万円のエゾマツで樹齢800年というからすさまじい。その問題が落ち着いたかして、昨年3月に無事開館、12月には来館者が5万人と言うから先ずは目出たい。一億円を超える五葉松も出ているそうな。</p>
<p>○月○日　私は盆栽を見るのは嫌いではないが、その技術は一切ない．只、聞けば笑うだろうが、似たようなことをやって楽しんでいる．きっかけは我が家の前のAさんが火山岩（とよぶ程の大きさではない、一抱え程の石だが2人でないと持てぬ）を4個呉れた．火山岩？だから矢鱈とでこぼこと凹凸がある。それを庭の五葉松の傍らの鳥の餌台の下に置いておいたら、そこにオンコやら馬酔木やらがまみずやらが芽吹いて、かつ根付いた．皆、鳥の糞が落ちた結果なのだろう、土台が土台だからぐいぐいとは伸びぬ、土がない訳だから伸びようがない訳で、だまっていても、つまりなんの世話をしなくとも、何やら全体盆栽めいてくる．早い話しが栄養失調なのだろう。とは言え、4つの岩が各々植相を違えて、つまり植種が違って、そこへ又違った苔が生えて、とそれぞれ案外に面白い、昨年は忍冬の実のつきがよくてヒヨドリが盛んについばんで落としてくれたから、今年は忍冬も芽を出すかもしれぬ。こうしてエセ盆栽作り（と言っても自分はなにもせぬが）を楽しみつつ、私は時々書棚から岩佐亮二の名著「盆栽文化史」（八坂書房）を取り出して、本物の盆栽を想像して楽しんでいる。あー、忙しい。</p>
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		<title>司書独言（113）ワンコイン美術講座20回を超える</title>
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		<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 02:05:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[○月○日　下の記事を読めば分かるように、ワンコイン美術講座も20回に達した。今年も3月26日(第4土曜日）を皮切りに、奇数月毎に５回やるつもり。3月26日の第21回は、グルジアの画家・ピロスマニを取上げる。俗説だが、加藤 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;">○月○日　下の記事を読めば分かるように、ワンコイン美術講座も20回に達した。今年も3月26日(第4土曜日）を皮切りに、奇数月毎に５回やるつもり。3月26日の第21回は、グルジアの画家・ピロスマニを取上げる。俗説だが、加藤登紀子が歌って有名になった「100万本のバラ」のモデルに成った人物だ<span id="more-3989"></span><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/04/shisyo-1.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3991" title="shisyo--1" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/04/shisyo-1-811x1024.jpg" alt="" width="649" height="819" /></a></p>
<p>この特異な画家については、「本の話し」の第139回と「本の話・続」の第271回、北海道新聞で毎月第2・第4金曜日に連載「ふくろう文庫」からの2008年9月26日付けで、と都合3回紹介している。講座の予習としてヨンでおいてくれると、話す方としてはたすかる。</p>
<p>○月○日　第22回はロシアの音楽家・ムソルグスキーの「展覧会の絵」を取上げるムソルグスキーについても「本の話し」の第109回で既に触れている。今考えている新機軸は、ムソルグスキーの曲をCDで画1枚毎に区切って聴いてもらい、それに沿って展覧会の絵の説明をするつもりだ。第23回は、魯迅の版画活動を取上げる。魯迅は字の読めない人を啓蒙しようとして版画に頼ったが、どんな版画を使ったかを紹介したい。そして、6.7月の気候のいい時に修学旅行として魯迅の故郷、中国は淅江省の紹興（<span style="font-size: x-small;">せっこうしょうのしょうこう</span>）を訪ねてみようかと考えている。パックりょこうではない、あくまでも自前のスケジュールのみと考えるが、実現可能か否か、やってみなければ分からない</p>
<p>○月○日　下の記事に付いてー新年早々、野口社長からビッグプレゼントで嬉しい限りだ。昨年も野口社長の寄付のおかげで、東寺所蔵の「両界曼荼羅」重文の「弘法大師行状絵巻』完全復元版を入手出来た。ありがたい。</p>
<p>ホテルの部屋に置いたるものと言えば、大体レギオンの聖書で、これはクリスチャンならざる身にはウンザリするが、拙著がそうならずに、旅人が一話でも二話でも読んでくれて、旅の一刻が実りあったとなってくれることを祈るものだ。</p>
<p>スペインで私は泊ったホテルに置いてあったドン・キホーテは省略版とリライト版だったが、それでも読み切るには時間がかかる。その点拙著は一話独立方式だから、どこからでも読めるし、どこで止めてもいいのが利点だ。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/04/shisyo-2.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-3992" title="shisyo-2" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/04/shisyo-2.jpg" alt="" width="774" height="518" /></a></p>
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		<title>司書独言（113）ホテル全室に「本の話・続」配置（室蘭プリンスホテル）</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Feb 2011 00:39:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[人物だ。この特異な画家については、「本の話」の第139回と「本の話・続」の第271回、それに北海道新聞で毎月第2・第4金曜日に連載の『ふくろう文庫から」の2008年9月26日付けで、と都合3回紹介している。講座の予習とし [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/02/sisyo-2.jpg"><br />
 </a><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/02/shisyo-1.jpg"><img class="alignleft size-large wp-image-3879" title="shisyo-1" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/02/shisyo-1-681x1024.jpg" alt="" width="681" height="1024" /></a></p>
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<p>人物だ。この特異な画家については、「本の話」の第139回と「本の話・続」の第271回、それに北海道新聞で毎月第2・第4金曜日に連載の『ふくろう文庫から」の2008年9月26日付けで、と都合3回紹介している。講座の予習として読んでおいてくれると、話す方としては助かる。</p>
<p>○月○日　第22回は、ロシア音楽家・ムソルグスキーの「展覧会の絵」を取上げル。ムソルグスキーについても、「本の話」の第109回で既に触れている。今考えている新機軸は、ムソルグスキーの曲をCDで画の一枚ごとに区切って聴いてもらい、それに沿って展覧会の絵の説明をするつもりだ。</p>
<p>第23回は、魯迅の版画活動を取上げる。魯迅は字の読めぬ人を啓蒙しようとして版画にたよったが、どんな版画を使ったのかを紹介したい。そして、67月の気候のいい時に、魯迅の故郷、中国は淅江省の紹興を訪ねようかと考えている。パック旅行ではない、あくまでも自前のスケジュールのみと考えるが、実現可能か否かはやってみなければわからない。</p>
<p>○月○日　下の記事についてー新年早々、野口社長からのビッグプレゼントで嬉しい限りだ。昨年も野口社長の寄付のおかげで、東時所蔵の「両界曼荼羅」と重文の「弘法大師行状絵巻」の完全版復元を入手出来た。ありがたい。</p>
<p>ホテルの部屋に置いてあるものと言えば、大体レギオンの聖書で、これはクリスチャンならざる身にはウンザリするが、拙著がそうならずに、旅人が一話でも二話でも読んでくれて、旅の一刻が実り合ったとなることを祈るものだ。</p>
<p>スペインで私の泊ったホテルに置いてあったドン・キホーテは省略版とリライト版だったが、それでも読み切るには時間がかかる。その点拙著は一話独立方式だから、どこからでも読めるし、どこで止めてもいいのが利点だ。</p>
<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/02/sishyo-2.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-3878" title="sishyo-2" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2011/02/sishyo-2.jpg" alt="" width="992" height="678" /></a></p>
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		<title>司書独言（111）</title>
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		<pubDate>Sat, 11 Dec 2010 03:55:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[｀10.11月寄稿 ○月○日「ふくろう文庫特別展inのぼりべつ」が無事終わった。1週間、会場にに座ってくれた「ふくろう文庫ウオッチャーズ」の面々に感謝する。今回の会場（登別ポスフール）は色々な点で丸井と違うので、大分頭を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>｀10.11月寄稿</p>
<p>○月○日「ふくろう文庫特別展inのぼりべつ」が無事終わった。1週間、会場にに座ってくれた「ふくろう文庫ウオッチャーズ」の面々に感謝する。今回の会場（登別ポスフール）は色々な点で丸井と違うので、大分頭を使った。先ず天井が丸井よりは1m余りも高い。<span id="more-3659"></span></p>
<p>次に壁面積が丸井より格段に広い。丸井は７階エスカレーターから下りのエスカレーターから出てエレベーターへ続くL型の空間に壁がない。又上がりエスカレーターから下りのエスカレーター迄がやはり壁がない。パネルを立てるにしても面積は実に狭いものだ。又丸井には4本の柱があったが、今回の所には０だ。そして、決定的なのは今回の場所は16m四方とほぼ正方形で、しかも出入り口は一つ。</p>
<p>○月○日　と言う訳で。要するに展示面積は2倍はおろか、3倍はあろうか、となって、展示する物の数がふくれることになった。掛け軸は2m余を8本、1.5m余を3本、3mを1本出したが、3mのものは2m余の天井の丸井では無理だった。因みに、この3mの掛け軸とは、明代中期の文人にして画家の沈周の｢廬山高図（<span style="font-size: x-small;">ろさん</span><span style="font-size: x-small;">こ</span><span style="font-size: x-small;">う</span><span style="font-size: x-small;">ず</span>）だ。この人、文人画の一派たる呉派を興し、｢南宋文人画中期の祖」と言われる人。台北故宮所蔵の逸品だ。これだけの掛け軸を並べても、壁の余白が目立つので、そこには私のコレクションの梟の版画やら何やらの額を並べて賑やかにした。</p>
<p>○月○日　一方テーブルの配置も大変で、と言うのは、暖房の吹き出し口の前にテーブルを置いたのでは、上に並べた物が反ってしまう。これは一度丸井で、天井からの吹き出し気付かず掛け軸を掛けたら途中で妙に反って来て、ありゃとあわてて暖房を止めた事があったくらいだ。絵巻物を並べるために長テーブルを70台余も使ったろうか。長さが各各違う絵巻の塩梅も苦労した一つだ。とまあこうして、予定した物は1点を除いて全部並び得た。除いた1点とは「屏風絵集」でこれは受付の机上において要望がある都度、開陳したから、予告に偽りはなかった訳で、一応満点と言うことにしてよかろう。</p>
<p>○月○日　今回の展示での特徴は、観に来た人達の滞留（と言うと変だが）時間の長さだ。さーと一回りで帰る人もいないではなかったが、大方は略々（<span style="font-size: x-small;">ほぼ</span>）1〜2時間かけて、実にゆっくりと丹念に観ていた。天眼鏡片手に皆勤賞だった人も2.3人にとどまらぬ。換言すれば観る気で来た人ばかりだったことになり、これは、つまり、いいものを観たい人がやはりこれだけいるんだなあ、という嬉しい実感だった。そして又思うことは、他人事ながら、これ観ない人は損したな、と言うことだった。</p>
<p>○月○日　登別の教育委員会のメンバーが、委員長を先頭に揃って観に来た事を書いておかねばならぬ。一般の人は勿論のことながら、そう言う任に座っている人にこそ観てもらいたいと日頃思っているからだ．兎にも角にも観た人達は真正に復元されたものの持つ力を十分に感じとり、その持つ意味を理解してくれたものと確信している。</p>
<p>○月○日　登別教育委員会の面々の働きも見事だった．何を頼んでも嫌な顔一つせず機敏に立ちまわり、その上それらの動きに、美術品を敬愛する気持ちから出る粗略でない感じがあって嬉しかった。</p>
<p>○月○日　総じて、去年の秋頃から始まった登別展の計画が、上々の首尾を迎えられた事を自他共に喜び勝つ感謝したい。その内伊達市も入れて3市をめぐる巡回展と言う企画はどうだろうか、との話も漏れ聞くが。そうしたことの実現の為にも今回の特別展は力を発揮したと思う。あと、感謝したい事が2つある．一つは陶芸の田村トシ子さんが今回の展示のために時間を掛けて、特大のみみずくを作ってくれたこと．寄贈の題字は時田昭子さんが書いてくれた由。もう一つは今回の特別展を企画した登別市の内藤教育部長と私の40年以上にわたる友情に感謝する。</p>
<p>○月○日　特別展のあとと11月7日の白老での「国民読書年」を記念しての講演を終えた後、私は例年の如く、室工大卒業生の法事を兼ねての旅行に行って来た．いつもの如く、美術館，博物館ばかりを巡る旅だったが、歩いた中の３．４館が成功した人が社会還元の意味で建てた美術館だった。これは別に目新しい事ではない。ブリジストン美術館にせよ、大原美術館にせよ、横浜の三渓園にしろ、出だしは個人のコレクションだ。よく、欧米ではキリスト教の社会奉仕の精神からして、寄付が盛んで、云々と言うような意見を吐く人がいるが、日本とて大してひけをとるものではない．今挙げたような美術館の他にも、個人の蒐集が発端を成した美術館は沢山あるし、今も増えている。</p>
<p>○月○日　只、問題はそれを支え続ける事の難しさだ．フェルメールと言えば何十万人が押し寄せ、阿修羅と言えば数十万人がつめかけ、と何やらマスコミにあおられた展覧会ばかりでなく、我々が無知故に見過ごしている美術家達にも、一般人がもっと注意しておく事が必要だ．例えば12月の道立美術館での「長谷川潾二郎展」を道民の何人が観にいったか？。見過ごしたことは一つの不幸だと私は思う。コレクションを育てるのは、不断にして、普段の一般市民の美的好奇心の発露だ。</p>
<p>知らなきゃ何も目にとまらぬ。色々な画家を知ってもらうための「ワンコイン美術講座」を来年も続けなくちゃと思う所以だ。</p>
<p>付け足して一つ。会場に飾られた1尺〜2尺と言う大物のこけしを楽しんでいた人も多い筈．あれ、全部内藤さんのコレクション、見事！！と言う外ない。</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
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		<title>司書独言(110)</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Dec 2010 06:05:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[`10.10月寄稿 ○月○日　過ぐる9月3日夜、プリンスホテルで拙著「本の話・続」の出版記念祝賀会が開かれた。軽妙極まる司会役の田村博文さんに促されて，私は謝辞を述べたが，その中で，子供の頃の出来事を2.3語った。その中 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>`10.10月寄稿</p>
<p>○月○日　過ぐる9月3日夜、プリンスホテルで拙著「本の話・続」の出版記念祝賀会が開かれた。軽妙極まる司会役の田村博文さんに促されて，私は謝辞を述べたが，その中で，子供の頃の出来事を2.3語った。<span id="more-3652"></span>その中の一つは私が小学校5年の時に起きた事だが，これが今もって私には解せない出来事なのだ。</p>
<p>○月○日　当時は戦後民主主義も最頂期と言った感じの時だから，いわゆる級長なるものも，戦中の先生に指名されたものと違ってクラス皆の選挙でなるのだった。それで私は1学期の級長になったのだが，学期半ばにして、突然リコールされたのだ。事の次第はこうだ。担任は，今思えば20代前半と思える女の先生で，この先生に私は何故かひどくうとまれた。早いい話が、事あるたびにマークされた，或いは目の敵にされたと言うのか、これが私には分からない。まあヤンチャ過ぎていたのかも知れぬ。</p>
<p>○月○日　そして或る時，授業が始まると同時に私は呼ばれて教壇に立たされ、あろうことか、運動会の時に使う鉢巻で目隠しされた。ー体何事が？と思う間もなく女先生が言ったのは、「山下君が級長としてふさわしくないと思う人はいますか？」と言うものだった。すると直ぐに手が上がったらしくて，3人が順繰りに私の非を鳴らした。曰く「山下君はこの頃生意気と思います」etc。</p>
<p>○月○日　目隠しされていても声は分かる。エッあいつ何で？と，又しても思う間もなく，女先生は，『じゃ，山下君には級長を辞めてもらいましょう』と言って，私はつまり，級長を首になった。あの3人は恐らく女先生にそそのかされたに違いない。鉢巻を外され教壇から下ろされて私は呆然としていたが，家に帰ると，口惜しくて押し入れに入って泣いた。しかし家族には言わなかった。恥ずかしかったからだ。</p>
<p>○月○日　すると，翌日だったか，数日経ってからだったか，今となっては判然とせぬが、父が校長に呼ばれた。帰って来た父が私に言うには「お前は明日からクラスが変わる』そして，加えて「何があったにせよ、明日からは気持ちを変えて，清濁合わせて飲め」。「せいだく？」と意味を訊くと父は「支那の大河には清い水も濁った水も流れ込む。それを大河は全部受け入れて大洋に注ぎ込む。つまり度量を大きくする事だ』と答えた。</p>
<p>○月○日　こうして私だけ，5年1組から5年3組に移された。実は女先生が私を鉢巻姿の異様な姿で黒板の前に立たした時，偶然校長が通りかかって廊下かから一部始終をを見ていたのだ。校長は父に言ったそうだ。「敏明」の頭には“つむじ”が二つある。あの子は訊かない子だから，このままにしておくとぐれるかも知れぬ。私の一存で女先生から外して老練な男先生のクラスに移す」と。もっとも、「実は〜」のあとの話は後年になって父が打ち明けてくれたことだ。</p>
<p>○月○日　こうして私は，１人だけ5年3組に移り，温厚な男先生の下、清濁合わせ飲んだ?のが功を奏したのか，次期の選挙では5年3組の級長に選ばれ，おまけに5年総代として送辞を延べ，6年では総代として答辞を述べると言うハレの役を続ける事が出来た，男先生に2年間受け持たれたのである。もし、あの時，校長の決断がなかったら、ひょっとして私は女先生にいびられ続け、今でいう不登校にでもなっていたかも知れぬ。そう思うとゾッとする。その時の校長は小林喜蔵先生だった。感謝の他はない。</p>
<p>○月○日　ところで、日移り時は過ぎて、先の10月9日、苫小牧の「ふくろうの森の会」の面々が、拙著の出版祝賀会をしてくれた。場所は糸井近くのレストラン「ダンディライオン」。この場所は私の希望で、と言うのは、苫小牧での美術講座の際に、この店のマダムが、商売の都合をつけては来て一番前の席で聞いていてくれたのに対する感謝としての選択だったのだ。墨谷真澄さんの司会のもと、宴もたけなわとなった頃、マダムから私にケーキのプレゼントがあった。開けてみるとナント2羽の｢みみずく｣が枝の上にいる図案のもので、私は感歎した。</p>
<p>○月○日　その時私はマダムの身上について、いささかの質問をしたのだが、オドロイタ事に、マダムは忘れもしない小林喜蔵先生の孫娘だったのだ。艶冶そのものの孫娘の表情を見て、私は呆れながら、そう言えば喜蔵先生も男前だったもんなあと思いつつ、感動の余り彼女の手を握ったまま、参会者一同に小学校時代の出来事を語ったのだった。</p>
<p>○月○日　あの時，指弾役をした3人の中の2人は早故人となった。残る1人のNは5年程前私の所に現れて、｢定年後振り返ってみたら会社人間で、人生何の足跡も残してないんだよなあ」とボヤイた。私としては、孫娘との出会いと言い、Nの述懐と言い、「人生だなあ」と思うばかりである。</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
]]></content:encoded>
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		<title>司書独言（74）</title>
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		<pubDate>Tue, 19 Oct 2010 02:03:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[`07.10月寄稿]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>`07.10月寄稿</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/10/sisyo-74.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3328" title="sisyo-74" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/10/sisyo-74-607x1024.jpg" alt="" width="607" height="1024" /></a><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/10/shisyo74-2.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3330" title="shisyo74-2" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/10/shisyo74-2-874x1024.jpg" alt="" width="699" height="819" /></a></p>
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