司書独言 (107)  複製美術館

2010.07月寄稿

○月○日  今年の3月、ローマで「カラバッジョ没後400年記念展」が開かれた。カラバッジョ(1573-1610)は、言葉遊びをするわけではないが、カラバッジョに生まれたヴィットーレなる画家の事で、生まれた場所が性になっているのは、私の知る限り、あとダ・ヴィンチ村に生まれたレオナルドしかいない.バロック最大の画家となるこの男は、ルネサンス様式から抜け出せずにいた絵画の世界に新しいスタイルを確立した最初の画家と言われる。 続きを読む 司書独言 (107)  複製美術館

司書独言(98)

`09.11月

○月○日 10月6日今月号の「あんな本・こんな本」の原稿を仕上げた2日後、また石原がやらかしてくれた。オリンピック「リオデジャネイロ発言」。今度はいかなる屁理屈で逃げるのか?

石原の言う通りならサルコジはどう弁明するのか?中々の見物だわ。そのあと、ヒロシマとナガサキが立候補と出た。「開催理念は後からいくらでもうたえる」と理不尽な事をほざいている石原より「世界平和構築」なる理念の方がはるかに上等な事は言うまでもないな。

○月○日 ダムで頑張っている前原に向かって「おれが暗殺する。8月20日決行だ」とインターネットの「2ちゃんねる」とやらに書き込んだ20歳の無職男が捕まった。これで思い出したが、以前、「道新」の「朝の食卓」欄に書いていた時、森が「神の国」発言をした。時あたかも、日本を西欧世界に紹介するに当って大いに力のあった博物学者シーボルトの収集物の「里帰り展」が開かれていて、私はこれにからめて、森の発言を批判した。すると日を置かずに函館の右翼と名乗る男から巻き紙に墨書の手紙が来て、「お前のようなインテリは生かしておけぬ」と言った内容で、私は初めてインテリ呼ばわりされて驚いたが、恐怖よりも、「居るもんだなあ」と言う不可思議な気持ちを持ったのだった。まあ、この右翼男も今回の無職男も、自分なりに気持ちがいいのだろう。巻き紙の方は、記念に取っとこうかと思ったが、ケッタクソ悪いので捨ててしまった。

○月○日 サンクト・ペテルブルクでロシア国営天然ガス独占企業が430Mの「オフタ・センター」なるものを立てようとして、市民3,000人の反対にあっている由。昔この都を訪れた時、大通りの両側に連なる石造りの建物が、訂正以来すべて同じ高さ(100m制限)に建てられていて、その整然たる美しさに感じ入ったことがある。帝政やスターリン体制は破られてしかるべきだが、「世界遺産』に指定されている景観が損なわれることは、流行の台詞ではないが「あってはならにこと」だ、と外国人の私からしてそう思う。

○月○日 景観と言えば...室蘭民報に連載中の「本の話」(第485回・200712月9日付け)で私は「秀麗な景色があぶない....」と題して、1711年に来日した朝鮮通信使達が、現福山市の「鞆の浦」の景色を「日東第一形勝」と絶賛したことを紹介し、だが、どうして「江戸期の港湾建造物が5セットも現存しているこの由緒ある地に、市長が港を埋め立て橋やらバイパス道路を計画しているとの事だが、朝鮮通信使達はこれを何と聞くのでしょう?」と結んだ。私としては曾遊(そゆう)のこの地の美しさが目に焼き付いていたので、こう書いた訳だが、過ぐる10月1日、広島地裁は「鞆の浦の景観は国民の財産』として、この事業計画を差し止めた。まあ結構な判決よ、と胸をなでおろしたのも束の間、県は控訴する方針を固めたと言う(10/12報道)。市長をはじめとする連中は、歴史に対して、少しは名を惜しむと言う態度を取れぬものかな。景観を守って名を留めるか、こわして名を折るか、の瀬戸際だ。

○月○日 某氏が来館しての話。彼、司馬遼太郎記念館に行ってきたそうな。その時20人程のアメリカの建築専攻の大学生が、教師に引率されて来ていたが、彼が訊いてみると、教師初め全員が司馬遼太郎が作家である事も、ましてや文化勲章受賞者であることも知らず、教えると「へえー」と言い、では何故ここに来たのか?と訊くと。「安藤の作品」を観に来たのだと答えた由で、某は魂消えていた。「へえ、そんなものなの?」と私も返したが、思うに半藤一利の司馬と松本清張の比較論を読むまでもなく、果たして司馬が本当に国民的作家たり得るや否や、そして何故清張は文化勲章ではないのか?と言った事供合わせてみるに、アメリカの人が司馬を知る必要もありやなしや...ではなかろうか。土台、日本の建築専攻学生とても、米のM。トウェインや、エマーソンやソローを知っているかどうか?だて。

○月○日 夏目漱石の曾孫、夏目一人(かずと)らが財団法人「夏目漱石」を設立して、「漱石に関する人格権、肖像権、意匠権その他無体財産権の管理事業」や漱石費、漱石検定を手がけると発表した(6月中旬)ら、孫の夏目夏目房之介らが「漱石という文化的存在を将来にわたって維持し、享受や批判をさかんにして再創造につなげて行くためにも、特定の者が権利を主張したり、介入したりすべきではない」と反対した、そうな。当たり前だ。

漱石の著作権は1946年に切れているのに、今更一人の言の如き論が生まれてくるのは、有り体に言えば、子々孫々爺様の成した偉業のおこぼれで食って行こうと言う事だろう。漱石の創作に関わったでああろう妻子までは著作権の恵みが届いても当然だろうが、漱石の顔すら見た事もない曾孫達が、したり顔にそれらしき理屈をつけて管理云々などとは笑わせる。浅ましいとしか言い様がない、と私は思うね。(山下敏明)

司書独言(101)

`10.2月

○月○日 昨年末,亀井静香金融担当相が言うには、12月24日に皇居での天皇と閣僚との昼食会で、「権力の象徴である江戸城(跡地)にお住まいになるのは立場上相応しくないのではないか。京都か広島にお住まいになってはどうかと、陛下に一方的に申し上げた」と。亀井の理屈は「明治期に幕府の権力の象徴の跡に入られたことが、その後の歴史で政治利用みたいな形になってしまった」そうだな。私はこの言、さほど奇矯なものには思えぬ。と言うのは、昔、天皇制を支持するか、否かの論がかまびすかった頃、一部の人達から出た論があって、それは「天皇制を支持する人達は、つまり天皇を奉る人達は天皇をかついで共和国(と言うのは変だが)、つまり天皇国を建国すればよい。例えばブラジルとかアフリカとか好みの場所に天皇教の国を造ればいい」と、まあ大略こんな事が言い出されたことがあった。言ったのは本田勝一だったか、堀田善衛だったか、はっきり覚えていないけどね。

○月○日 ちゃんとした国語辞典・漢和辞典を一冊買えば済むのに「四文字塾語」辞典などが」出るのは不見識な話だと思わぬではないが、「大安○日」の○の部分に字を入れよに対して「売」と入れたギャルがいたと言うから、ドモナラン。と思えばその一方で、「大安」やら「仏滅」を信じると言う手合が、男で33%、女で44%もいると言う。

そうした事情から、昨年のベストセラーの一つが「じゃめ、じゃめ」著の「自分の説明書、A・B・O・ABの四つの性格の分析」だと言う。4冊合わせて500万部売れたと言うから、バカバカしいにも程がある。新聞の川柳投書欄に「B型で何か迷惑かけました?」と」さめたのがあったけど、このさめた目を持てと血液型やら手相を信じてる連中に言って見たと手、聞く耳もたんだろうしな。せめて、この手の本の図書館侵入だけは願い下げにしたい。

○月○日 と思っていたら、今度は「借りたカネは返すな」の著者なる「セントラル総合研究所」の代表取締役・八木宏之が、約3400万円の脱税で逮捕された。借りたカネを返さぬのも脱税するのも悪いことで、この人は要するに「ロクデナシ」だ。その「ロクデナシ」の書いた本を買って読むのが50万人いると言うことは、まあ、愈々日本も本格的にダメになってきたと言うことか。

○月○日 40年も前にハイチの独立を果たした黒人大統領の伝記を読んだことがある。トゥサンといったけかな。その前に堀田善衛を読んでいて、このハイチやらキューバに住んでいたカリブ族(=アメリカ・インデアンに属する)が、ヨーロッパ人による植民化で絶滅したとの話を読んで唖然としたが、そのハイチで大地震が起きて、20万人に上る恐れのある死者数で、増え続ける遺体がダンプで捨てられているとの記事が出ている。トゥサンが指導する黒人の反乱が起きた頃、ハイチはフランスの植民地で、世界で、最高の品質を誇る砂糖の生産地だった。黒人達が独立を達成したのは1804年で、これは中南米の最初の独立国と言う栄誉を担ったが、20世紀には砂糖産業に手を伸ばしたアメリカの支配が強まっている。結果ハイチは目下世界の最貧困国と成り下がったが、その貧困は「世界史に置ける植民地搾取のもっとも野蛮なシステム、これと結びついた何十年にもわたる植民地解放後の組織的抑圧の直接の結果だ」とイギリスのガーディアン紙は指摘する。アメリカの肥満とハイチの貧困。この構図に甘い要素は微塵もない。

○月○日 「室蘭民報」に「除夜の鐘」と題する小学校5年生の話が載っていた。除夜の鐘をつきに行ったら、その突き代として¥500のお札を買わねばならぬと言われての小学生の反応は、108の煩悩を払うとされる除夜の鐘を突くのに金を取るとは!!!、寺の坊主が先ず最初にその煩脳を落とすべきと言うもので、誠に誠に御尤も。

大体「煩悩」なるものの根元には3つあって、それは「貪欲」「瞋恚=(しんい)いかりうらむこと」そして「愚痴」だ。これを更に分類すると108となり、それを更に分類すると、84,000の煩悩となる(と仏教では言う)。昔那智の滝へ行ったことがある。1度目は秋、ザアザア降りの日で、傘なんぞ何の役にも立たずブレザー靴共々おじゃんになった。2度目は盛夏。今度はカンカン照りの日で、汗ダクダクのサウナ状態。それはまあ天候だから仕方ないとして、呆れたのはお参りしたとの判子を押してもらおうとしたら、これが500円取られる。小学5年生の嘆きがよく分かる。

○月○日 正月休み、友人の所でテレヴィを観ていたら、歩行者に「鰹節」を見せて、これは「何か?」と問う番組があった。こんな分かり切ったことを聞いて何になるんだろうと思いきや、若い女達は皆分からなくて、中には「化石」と答える猛烈なる者もいた。まあ「パック」の時代だから原型が分からぬのも無理なしと大目に見てやるとして、大目に見てやれぬのは、老舗中の老舗「ヤマキ」と「マルトモ」のカツオ節偽装。ヤマキは工程を省いたものを「鰹節』と言い、マルモトは焼津産を枕崎産に変えていた。鰹節が、好きだったと言う福沢諭吉も地下で嘆いていることだろう。     (山下敏明)

司書独言(102)

`10.3月

○月○日 月日の経つのは早いもので、もう昨年になってしまったが、11月に苫小牧の「ふくろうの森の会」の人達と20数人で「札幌ハリスト正教会」の山下りんのイコンと道立美術館の「ジョルジュ・ルオー展」と芸術の森の「山本正道展」を観て定山渓一泊、とまあ大人の修学旅行に出かけたときのこと.芸術の森の有島武郎旧邸を過ぎて一寸行った所で、向こうからエライ美人が長い筒を持って来るのに出会った。筒と言うのは、製図する人やポスターを作る人がよく作品を入れて持ち歩く太く長い筒のことだ。この美人を見た途端、隣を歩いていた田村博文さんが私をみて、「これぞ“つつもたせ”ですね」と囁いた。「本当・本当!!」と私も受けてお互い笑った.と言うのは二人共同時に「筒+美人」で「筒もたせ=美人局」を連想したからだ。美人局とは「夫ある女が夫となれ合いで他の男と姦通し、姦夫から金銭などをゆすり取ること」(広辞苑)だが、何故に「美人局」なる字を当てるのか?と美術館の入り口迄田村さんと話あったことだった。この字の起こりについては諸説あるので、そのうちゆっくり「本の話」にでも書いてみよう。

そういえば昨年だったか、大阪の地下鉄で痴漢だと騒がれて捕まった50歳代男がいたが、結局は嘘で、大学生が恋人の年上の女に言い含めて痴漢と騒ぎ立てさせ、男をゆすったと分かって無罪になった事件があったが、これも形を変えた「美人局』だと言えるのではなかろうか。オソロシイ。

○月○日 文化出版局が出している季刊誌「銀花」が2月27日発売の161号で休刊になった。工芸や食文化など人間の手仕事に焦点を当ててきた、中々文化度の高い雑誌だったが残念だ。私は創刊号から定期購読者だった.今「人間の手仕事に〜」と書いたが、その「手仕事」をテーマとした特集号で、私が10年余も苫小牧は沼の端小学校で続けている「蔵書票」作りのことが評価されて、同行の児童達と共に同志に8ページにわたって紹介されたことがあって、これは思いがけぬ事と、この仕事を支え続けてくれている同校の地域連携授業の推進役の墨谷真澄さんや、当時の石川校長らと喜んだものだった。同誌では又、私の「本の話」も取り上げてくれて、最近「ユリイカの本」を出した装丁作家の田中栞さんが、はるばる取材に来てくれたことも嬉しいことだった。

○月○日 東京六本木の「森ビル美術館」で「医学と芸術」展が開かれて、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた解剖図がナント3枚も出ていると評判になっている、との記事を読みながら思うことは、一昨年の丸井での「ふくろう文庫展」では復刻版とは言え原寸大・現色の上記3枚を含む解剖図が30枚近くも並んだんだぜと言うこと。

これ、イギリスはウインザー城にある物で門外不出とて、女王の許可を得てから、6カ国の学者が同城の馬小屋に集り、数部限定でかろうじて複写したものだ。「ふくろう文庫」はこの全200枚のセットを持つ身だから、「たかが3枚で驚かないで、一度はふくろう文庫に来てみたら」と言いたくなるが止めておこう。

○月○日 おくればせながら、DVDでレスリー・チャンやらコン・リーが出る「さらば、わが愛〜覇王別姫(はおうべっき)」を観た。覇王とは劉邦(りゅうほう)と戦って敗北した楚の項羽のことで、又別姫とは項羽の愛した虞美人(ぐびじん)追いつめられて城に立てこもった項羽の耳に、ナント包囲している劉邦の漢軍側から、項羽の故郷たる楚の歌が聞こえて来る.自分が頼りにしている楚の兵士達が既に漢に降っていた訳で、これ即ち「四面楚歌」なる言葉の発祥の場面。それを映画では劇中劇として“京劇”でやる。これも大いに興味があったが、驚いたのは京劇の役者の育成の仕方。殆ど拷問に近い体罰に次ぐ体罰で、鍛えるは、鍛えるは。角兵衛獅子の子ども達や瞽女(ごぜ)修行も厳しかったろうが、とてものこと、この京劇の厳しさの比ではなかろう。さすが文化大革命をやる中国!!と妙に納得かつ感心(?)させられた。

○月○日 「ふくろう文庫ワンコイン美術講座」で明治のイコン(聖像画)画家・山下りんを取り上げ、そのあと札幌は福住にある札幌ハリスト正教会にある「りん」作品27点を観る修学旅行をしてきた話は、既に知らせた所だが、2月に入って同教会のホームページに、我々の見学の記事が出た。その記事はー「室蘭市立図書館もと館長・山下敏明氏が主催する読書の会「ふくろうの会」で山下りんを取り上げて後援会が催された。苫小牧でも催され篠永神父ご夫妻も聴講されました.11月14日には中型観光バスでやく20人の方が札幌教会に見学に来られた。参加された皆さんは事前に山下先生から山下りんについて、講義を受けていたので、松平神父から山下りんの入信に関わる過程簡単な説明を受けた。そのあと自由にやく時間にわたって見学.多数の質問を受け、正教会のイコン、建物、聖歌について、理解を深めた』(松平記)。如上の文章のあとに、苫小牧勢と室蘭勢の見学中の写真が載っている。

○月○日 さて、「ふくろう会」では4月には函館への修学旅行を実施する.①は函館・船見町の高竜寺所蔵、蠣崎波響作「釈迦涅槃図」.②はガンガン寺の山下りんイコン③は道立美術館④は松前資料館の波響作品.⑤は「湯の川温泉」一泊。出来たら七飯の「木村捷司美術館」にも寄りたい。画で心を豊かにし。温泉で身体を解放しーとこの盛り沢山の旅、目下田村博文さんがスケジュールつくりに打ち込んでいる。期して待つべし。(山下敏明)