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	<title>山下敏明さんのあんな本、こんな本</title>
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		<title>司書独言（105）美術館をめぐる</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 01:38:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[2010.05.寄稿
○月○日　　ゴールデン・ウィークの混雑を避けて連休明けの旅行を計画し、さて出発と言う時に、我妻さんの94才なる母親にそろそろお迎えが来たようだ、との知らせが届いて、旅行を全部キャンセル、急いで上京し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2010.05.寄稿</p>
<p>○月○日　　ゴールデン・ウィークの混雑を避けて連休明けの旅行を計画し、さて出発と言う時に、我妻さんの94才なる母親にそろそろお迎えが来たようだ、との知らせが届いて、旅行を全部キャンセル、急いで上京した。幸いに峠を越したので、帰路は美術館めぐりと決めて、一番目は東京駒場の「日本民芸館」に行った。<span id="more-3151"></span></p>
<p>と言うのは、今月5月22日の第17回『ふくろう文庫ワンコイン講座｣は「浅川兄弟」がテーマだからで、この兄弟は民芸運動の祖たる柳宗悦（<span style="font-size: x-small;">やなぎむねよし</span>）に朝鮮の工芸美、わけても朝鮮白磁の美しさを教えた人達で、この兄弟によって開眼した柳は2人の協力を得て、「朝鮮民俗美術館」設立へと動いたのだ。</p>
<p>○月○日　そして、民芸館の目下の展示は「朝鮮陶器」で、これを見ることは兄弟を語るに当って打ってつけの予習みたいなものな訳で、私はじっくり見て来た．私は「浅川兄弟」の後は「柳宗悦」をも取り上げるつもりでいるのだが、幸いな事に今回は柳の自宅も見せてもらえた．書庫として使っていたと言う部屋は今はガランドウだが、ありがたい事に書斎はそのままで、息子たちの本も混じっていると説明された本棚には、小樽の郷土史家・越崎宗一の本も2冊あって、私には実に面白かった。</p>
<p>○月○日　　次いで行ったのは新装なった「根津美術館」。ゾロゾロと入ってたが、参ったのは観ている人達がよくしゃべること．これ、私は北海道では余り無い現象と思っている事で、東京の人間は展覧会場で、聞こえよがしに泥縄だろうとしか思えぬ知識を、互いに開陳する．今回は光琳の国宝、例の「燕子花図屏風」他が展示されてたが、光琳の次へと移動すると、くちゃべり婦人達の１人が「えっ、何でここに酒井さんがいるの？」と言う酒井さん？何の話だと思ったら、その婦人のまえにあるのは酒井抱一の絵で、これにはたまげた。光琳を出せば、次は江戸琳派の抱一とくるのは当り前だろうが、それにしても抱一をつかまえて「酒井さん」はないんじゃなかろうか。</p>
<p>○月○日　　次いで行ったのは、これ又新装成った「山種美術館」で「生誕100年の奥村土牛展」。ここも込んでいたが、この美術館，狭すぎる．」日本橋の山種ビルの中にあった時の方がはるかに赴きがあってよかった、と言っても始まらないけどね。次いで目指したのが上野は東京国立博物館の平成館での「細川家の至宝展」。しかし、上野に着いたのが4；30頃で、これは断念した、旧熊本藩主・細川家伝来の歴史資料や美術品はおよそ8万点と言われるが、それを収めた「永青文庫｣を創めたのは第16代藩主護立で今は、18代の元首相が理事長としてそこを守っている。</p>
<p>○月○日　　細川と言えば反射的に思い出す言葉があって、それは「踏み倒しの細川様」なるもの。これを覚えたのはもう20数年前、忠臣蔵関係の本を集中的に読んでいた時で，四十七士の面々が事成ったあと処分が決まる迄、各大名家に預けられる．その時、幕府をおもんばかって義士達に粗食を出した大名達の中で，唯一細川家の献立のみが良くて，それを知った江戸の庶民達が驚いた，と言うのは豪商達が細川家に金を貸しても、つまり大名貸しをしても，一向に返さず貸した方がお陀仏となるのが大概で，故に、口さがない庶民が言うには「踏み倒しの細川様」。まあ踏み倒そうが何しようが，御家の大事と務めた結果、8万点の文化財が現に遺ったとなれば、これはこれでいいのかも知れん．豪商達が持っていたら，紀伊の｢みかん船の大尽』じゃないけれど，女遊びに消えたやもしれぬからなあ。</p>
<p>○月○日　　　帰宅してからも余勢を駆ってと言うと変だが，道立近代美術館での「本願寺展」へ足を延ばした．目当ての一つは国宝の「三十六歌人集」。これ藤原の公任（<span style="font-size: x-small;">きんとう</span>）が撰んだ三十六人の代表的歌人，いわゆる三十六歌仙の私家集の最古写本．この写本が世に出たについては聞くだに面白いデピソードがあるのだが、それはいずれ語るとして、これの復元版を「ふくろう文庫』に入れるべく，私は虎視眈々と狙っているのだが，今迄に二度逃がしている。まあ三度目の正直で，そのうち入手出来る事だろう．先は長い。</p>
<p>○月○日　　「本願寺展｣の後は、タワービルの「プラニスホール」へ「ルドゥーテ」の｢バラ展」を観に行った。</p>
<p>ルドゥーテとはピエール=ジョセフルドゥーテの事で、この人、マリーアントワネットやナポレオンの妃ジョセフィーヌに仕えた宮廷画家、つまり、「王立植物園付属自然史博物館」の専任画家で、見に来てたのは私達2人．受付の女子曰く「来ませんね」ともったいない話。「本願寺展』の方は渋谷の駅前並みの混み様。こちらは2人．理由は明らかで「ルドゥーテ」を知る人が少ないからだ．私としては十数年前、ルドゥーテの葉や果物の上に描かれた｢露」の美しさに一驚して以来、この人に気を付けているが、目下の狙いは｢ふくろう文庫』にこの花の画家の王者たる人の｢バラ図譜」と「美花選」の2冊を揃えること。これとていつかは揃えられるだろう．ああ、楽しみだ。</p>
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		<title>司書独言 (107)  　複製美術館</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Sep 2010 06:48:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[司書独言]]></category>

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		<description><![CDATA[2010.07月寄稿
○月○日　　今年の3月、ローマで｢カラバッジョ没後400年記念展」が開かれた。カラバッジョ（1573-1610）は、言葉遊びをするわけではないが、カラバッジョに生まれたヴィットーレなる画家の事で、生 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2010.07月寄稿</p>
<p>○月○日　　今年の3月、ローマで｢カラバッジョ没後400年記念展」が開かれた。カラバッジョ（1573-1610）は、言葉遊びをするわけではないが、カラバッジョに生まれたヴィットーレなる画家の事で、生まれた場所が性になっているのは、私の知る限り、あとダ・ヴィンチ村に生まれたレオナルドしかいない．バロック最大の画家となるこの男は、ルネサンス様式から抜け出せずにいた絵画の世界に新しいスタイルを確立した最初の画家と言われる。<span id="more-3141"></span></p>
<p>○月○日　　だが、そうしたことは今おいて、この展覧会を観た人の面白い感想がある。観たのはジャーナリストの西川恵なる人で、展覧会場迄行った所、1日は並ばされそうな長蛇の列で、あきらめた西川は帰ろうとして別のポスターを目にする。標題は「カラヴァッジョ別展」。この「別展｣なる意味は、こっちの展覧会に並べられたカラヴァッジョの作品は、ナント原寸大の写真コピーだったのだ。しかし西川によると「これが予想外によかった」そうな。</p>
<p>○月○日　と言うのは、西川が聞く所によると「本物」を展示した「本展｣の方は、作品の劣化を防ぐために照明を落としてあるので、作品が見にくい、つまり暗過ぎて何が何やらよく分からん訳だ．それが、コピーの方となると、ゆっくり鑑賞出来る．コピーもコピーとは思えぬ迫力で、つまりは、このコピー展に満足かつ関心した、と言うのが西川の結論だ。</p>
<p>○月○日　　ここで、話を変えるが、「ふくろう文庫」に雪舟の国宝「秋冬山水」を完全に復刻した軸物が加わった。K夫妻の「父親追悼」とての寄金で買えたものだ。言うまでもなく原寸大原色の本物と瓜二つの複製画だが、これについて解説を担当した美術史家の鈴木進が面白いことを書いている。その論旨は、複製美術品はこれから絶対に必要となる云々．．．．日本では、文化財保護法で、例えばこの雪舟の作品などは年に2.3週間が限度という展示をする．出しっ放しにはしない。それは、カンバスと油絵の具と言う長持ちする画材で作る油絵と違って、紙やら、絹やらで作る日本そして、東洋の絵は、厳しい上に厳しく大切に保管せねば、永の年月を生き延びることが出来ないからだ。しかし、この保存のための保管と言う点だけで言えば、見せず．触れさせず．虫干し以外は函の闇に寝せておくのが最上の手段ということ言うことになりかねない．となると、鑑賞イコール公開と言う点からは甚だ遠いものになる。この見せたいと、見せたくない傷つけたくない、の立場の差を埋めるにはどうすればよいのか。</p>
<p>○月○日　　ここで登場するのが、複製品=レプリカなる手段だ。しまっておくべきものの代わりに、長の鑑賞に耐え得る実物そのままの複製=そっくりさんを出す手段だ。となると決まって、ナンダ、複製か！ナンダ、複写か！とこのそっくりさんを一段低くみようとする手合いが必ず出てくる．こう言う態度を取り続ける限り、法隆寺の壁画もナンダ、複写か、となってしまう。しかし、これは大間違いだ。今では、当の制作者である　画家本人でさえが見分けのつかぬ程に、複製は精巧になっている。よくしたり顔に、これはドコソコの美術館で見たのとは違う（このどこそこは大抵の場合、ルーヴルとかプラドだ）、とのたまう人がいる．丸井での特別展にも必ずそう言う人はいた。この手合いは、要するに言いたいのだ。しかしそれは「ふくろう文庫」のものが複製だと言う先立つ知識がさせる事であって、本人の確たる知識・感性からから出たものではない．つまり、黙って出しておけば分かるまい。</p>
<p>○月○日　　と言う訳で、何百年も風雪に耐えて来た美術品を守るために複製に頼らざるを得ないのが現状だ。そして又、と言う訳で、これからは複製から成り立つ美術館と言う点から、逆に「複製美術館』が主流になるだろう。となれば「ふくろう文庫」は既にそれに先駆けていると言える存在になって来ているのである。</p>
<p>○月○日　　「ふくろう文庫」では、先述の雪舟に加えて、同じく雪舟の国宝で16余の絵巻「山水長巻」も入手した。本来所有者が別別の国宝が、複製品なるが故に、こうして2点揃え得た。これぞ複製美術品の強みだ。既存の美術館が個々に別別に所蔵している、国宝・重要美術品の類が、複製される事によって新たに一堂に集められ、展示が可能となる訳だ．複製品の持つ意味が納得出来たであろうか。</p>
<p>○月○日　ここで「ふくろう文庫」の最新収の画幅1点を紹介しておこう。武元直（<span style="font-size: x-small;">ぶげんちょく</span>）画の巻子本「赤壁図」だ。上下52cm、長さ凡そ7mと言うもの．御存知　蘇東破の名詩篇「赤壁賦」に基づく雄大な一作だ。これ10月末のポスフールでの特別展に出すつもり．本物は台北の故宮にある。「これ故宮で見たのと色が違うなあ」イイフリコキタイ方は、あらかじめ10月末迄に台湾へ行って見て来て下され。！！間違いないのでござるよ。と憎まれ口をたたいておく。</p>
<p>○月○日　　9月の「ワンコイン美術講座」は、前にやった「秋田蘭が」の主役・小田野直武の師となるべく運命づけられた、奇才・平賀源内の話だ。乞・ご期待</p>
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		<title>本の話　552回</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 07:26:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[書籍／新聞]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/551-1.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3134" title="551-1" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/551-1-521x1024.jpg" alt="" width="521" height="1024" /></a></p>
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		<title>003　ふくろう文庫紹介 琉球陶器・金城次郎</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Aug 2010 03:42:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[書籍／新聞]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/3735bb8adb3f24a3336a1193adcbd168.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3128" title="フクロウ文庫本" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/3735bb8adb3f24a3336a1193adcbd168-419x1024.jpg" alt="" width="419" height="1024" /></a></p>
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		<title>本の話　553回　　タクランケは京言葉</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 08:15:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[書籍／新聞]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/5c845709154903a2b6f7ead11eef0013.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3121" title="本の話-553" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/5c845709154903a2b6f7ead11eef0013-580x1024.jpg" alt="" width="580" height="1024" /></a></p>
<p><br class="spacer_" /></p>
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		<title>第056回 夜這の民俗学</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Aug 2010 02:47:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[あんな本、こんな本]]></category>

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		<description><![CDATA[｀94.8月10日寄稿
男も女も、結婚は生涯2度した方がいい。男は最初、経験豊かな年上の女と、次には未経験の年下の女と、女も同様、最初は経験豊かな年上の男と、次には若い男と。と言った説を、確か20世紀初めに、政治家、文芸 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>｀94.8月10日寄稿</p>
<p>男も女も、結婚は生涯2度した方がいい。男は最初、<span style="text-decoration: underline;">経験豊かな年上の女と</span>、次には<span style="text-decoration: underline;">未経験の年下の女と</span>、女も同様、最初は<span style="text-decoration: underline;">経験豊かな年上</span>の男と、次には若い男と。<span id="more-3109"></span>と言った説を、確か20世紀初めに、政治家、文芸批評家としてならしたフランスのレオン・ブルムが説いたことがあります。この説を「日本に紹介したのは、確か、医学者、探偵、小説家の木々高太郎だった（筈）経験豊という表現は、この場合人生経験という意味は無論ですが、より濃厚に<span style="text-decoration: underline;">性的経験</span>という意味が含まれています。</p>
<p>つまり、エネルギーのみ充満して経験に乏しい男性は、初めはその道において経験豊かな、今なら，さしづめ「熟女」と生活を共にして、性生活の詳細を教えてもらう。そして，全てを会得（えとく=意味を悟ること）した時には、花の盛りの娘たちにそれを伝える。その娘たちは、いずれは「熟女」となり，，，かくして、この円環（えんかん=丸い輪）運動は．．．。</p>
<p>突然、こんな説、それも学生時代に読んだものを、おぼろげながら思い出したのは、赤松啓介の「夜這の民俗学<sup>&#8251;1</sup> 」をよんだからです。</p>
<div class="tmkm-amazon-view">
	<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AD%A6%E3%83%BB%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%84%9B%E8%AB%96-%E8%B5%A4%E6%9D%BE-%E5%95%93%E4%BB%8B/dp/4480088644%3FSubscriptionId%3DAKIAITRFWSEPS4DLVLCA%26tag%3Dnisicom-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4480088644"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/513KNKWDEDL._SL160_.jpg" border="0" alt="" /></a></p>
</div>
<p>例えば、こう出ています。</p>
<p>「〜ムラでは13才にはフンドシ祝い、初めて白布またはアカネのフンドシをする。このとき、オバとか年上の娘が性交を教える．15歳になると、若衆入りですべての男が年上の女や娘から性交を教えてもらう。いまの若い男共は、夜這ですらウソだなどと教えられ、結婚まで童貞が理想と教えられかわいそうだ。」ついでこうも出ています。</p>
<p>｢女の子もそうで、13さいになるとカネイワイと言い、昔はこれもオバなどがオハグロ道具一式を贈って成人を祝った．〜しかし、山村などになるとコシマキを新しく新しくしめるのを教えてもらうというので、むらの長老や一族のオジなどに娘をつれていった。〜その家では母親が挨拶をして帰ると、娘を寝室に連れて行き性交して教える。」</p>
<p>読んでいて、ブルムも木々高太郎も「メ」じゃないなあ、と驚嘆しますが、赤松は与太（よた=でたらめ）を飛ばしている訳ではありません。</p>
<p>「夜這は、戦前まで、一部では戦後しばらくまで、一般的に行われていた現実であり、実に多種多様な営みであったが、このような重要な民俗資料を、日本の民俗学者のほとんどは無視し続けて来た。」とする赤松は、柳田国男とその後継者に対してもっとも厳しい批判を向けます。</p>
<p>柳田が「天皇制」と「性」の問題をさけた事はよく知られていますが、その欠を埋めたいと思うものに取っては、赤松の一連の著作は、いづれも必読のーそれもやさしくて滅法面白いー本と言えます。</p>
<p>猛暑の続くこの夏、一夫一婦制、処女童貞を由とする純潔主義毒されていなかった、おおらかな我らの祖に思いをはせることで一服の清涼剤されては如何！！</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<hr class="clear"><ol class="footnotes"><li id="footnote_0_3109" class="footnote"> 赤松啓介．夜這の民俗学．筑摩書房 （2004）</li></ol>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>第057回 さばくのカエル．蛙百科他</title>
		<link>http://t-yamashita.info/book/057</link>
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		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 00:28:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[あんな本、こんな本]]></category>

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		<description><![CDATA[｀94.8月30日寄稿
新聞を開けば，猛暑、大渇水の話ばかり、ブロイラーは100万羽死ぬ，養殖のカンパチやハマチは3万匹死ぬ，銀鮭の稚魚に至っては，死んだのが105万匹。鳥、魚ばかりではない，豚も死に，時には人間も死んで [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>｀94.8月30日寄稿</p>
<p>新聞を開けば，猛暑、大渇水の話ばかり、ブロイラーは100万羽死ぬ，養殖のカンパチやハマチは3万匹死ぬ，銀鮭の稚魚に至っては，死んだのが105万匹。<span id="more-3083"></span>鳥、魚ばかりではない，豚も死に，時には人間も死んでいる。つまり，生きとし生けるもの，皆へとへとになっているのがこの夏です。</p>
<p>その暑さの中、松井孝爾（<span style="font-size: x-small;">たかじ</span>）の「さばくのカエル<sup>&#8251;1</sup> 」を思い出して，再読し，改めて呆れかえりました。何故、呆れかえったか？</p>
<div class="tmkm-amazon-view">
	<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%95%E3%81%B0%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%83%AB-%E6%96%B0%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8B%95%E7%89%A9%E6%A4%8D%E7%89%A9%E3%81%88%E3%81%BB%E3%82%93-%E6%9D%BE%E4%BA%95-%E5%AD%9D%E7%88%BE/dp/440602168X%3FSubscriptionId%3DAKIAITRFWSEPS4DLVLCA%26tag%3Dnisicom-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D440602168X"><img src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/plugins/wp-tmkm-amazon/amazon_noimg.png" border="0" alt="" /></a></p>
</div>
<p>これはオーストラリアの砂漠に住む蛙を描いた本ですが，土台，降水量がゼロの時も間々あるという砂漠に，普通ならば水辺に住む蛙がいると，誰が想像しますか？</p>
<p>ところがいるのです。暑さで家畜が、バタバタ倒れると言う土地にいるのです。</p>
<p>雨の気配を感じると直ちに地中より現れて、同時に這い出て来るトカゲ、バッタなどを猛然と食って、久しきにわたる空腹を満たし、雨が来たらいつでも産卵可能のメスは、溜まり始めた水に待ってましたと産卵し、オスもすかさず精子を賭ける。卵は卵で10日から15日で蛙になる。日本に住む蛙が40日かかる事を知れば、彼らが如何に、砂漠に適した生活術を身につけているかがわかります。</p>
<p>砂漠に住む蛙の中には、背中の模様が十字架に見えるので「カソリック蛙」と呼ばれる、えらい謹厳（<span style="font-size: x-small;">きんげん</span>）そうなのもいたりして、この蛙たちの必死の営み（<span style="font-size: x-small;">いとなみ</span>）と奇妙な生体には、真底呆れかえります．．．．と言っては失礼！！真底感歎します。それにしてもこの本は面白い。</p>
<p>蛙といえば、「蛙百科」と呼ぶにふさわしい碓井益雄（<span style="font-size: x-small;">うすいますお</span>）の「蛙<sup>&#8251;2</sup> 」があります。その百科振りを示すと．．．今年の正月場所、横綱、曙に対して対戦成績9戦9敗の大関貴ノ浪が放った技は「蛙掛=かわずがけ」でした。</p>
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	<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%9B%99-%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A8%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8F%B2-%E7%A2%93%E4%BA%95-%E7%9B%8A%E9%9B%84/dp/4588206419%3FSubscriptionId%3DAKIAITRFWSEPS4DLVLCA%26tag%3Dnisicom-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4588206419"><img src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/plugins/wp-tmkm-amazon/amazon_noimg.png" border="0" alt="" /></a></p>
</div>
<p>私の家にはテレビがないので、この技を実際に見ることは出来ません。それで翌日、新聞の写真を見たり、辞典をひいてみたりするのですが、いずれも靴の上からかゆい足をかいているようで、ピンときません。</p>
<p>もどかしいい気持ちで「蛙」を開くと、「蛙の相撲とかわずがけ」なる一節で、挿絵入りで、細かく説明してあって、容易に納得できます。</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<p>又当節のこの渇水、「ゲロゲロ」と蛙の方で雨を呼んでくれぬかなあ．．．と思ってページを繰（<span style="font-size: x-small;">く</span>）ると「雨乞いと蛙』なる所で、ヨーロッパ、東南アジアでの雨乞いと蛙の関係が豊富に語られています。</p>
<p>動物発生学が専門の著者は，あとがきで「蛙と文芸、蛙と美術、工芸、蛙と科学などについては、それだけで各一冊の書物が出来る程で、本書においてはごくかいつまんで記すにとどめた。」と言ってますが、どうして〜これは謙遜の弁と言うべきもので、人文理系にわたっての蛙の話題が、どのページにも満載で、これ又とにかく面白い。</p>
<p>さて、私は、この文章を島根県は松江の小泉八雲の旧居で求めた、蓮の葉にのった蛙を型取った灰皿（八雲はこれをペン皿にした由）を文鎮（<span style="font-size: x-small;">ぶんちん</span>）代わりにして書いていますが、こうした灰皿、置物、箸置き（無論蛙ばかりの）を蒐めた秋山龍（<span style="font-size: x-small;">とおる</span>）のコレクションが本になっています。「蛙　かえる　カエル<sup>&#8251;3</sup> 」</p>
<p>小泉八雲の灰皿は73ページにあります。又私が庭の水蓮鉢のふちに並んでいる肘枕（<span style="font-size: x-small;">ひじまくら</span>）姿の、呑気な蛙も、24ページに出てます。</p>
<p>全部で何点あるのか？とにかく全207ページの殆どが蛙で埋まっていて、面白くて楽し見飽きません。私は｢フクロウ」を蒐めているので、蛙に手を広げる事が出来ませんが、蛙も蒐めてみたい．．．との気持ちを抑えるのに一苦労です。</p>
<p>北海道では、函館で、一時絶滅しかかった「エゾヒキガエル」の蛙合戦が今又見られるようになり、一方野幌（<span style="font-size: x-small;">のっぽ</span><span style="font-size: x-small;">ろ</span>）森林公園では「エゾアカガエル」が増え続けていると言います。この蛙は｀92年にようやく独立した種であることが分かり、「ラナ（ラテン語で赤蛙）、ピリカ（アイヌ語で美しい）」と命名された曰（いわく）のある蛙です。</p>
<p>こうした明るいニュースがある一方、福岡、青森でトノサマガエルが、大阪と兵庫では、ダルマガエルが消滅したそうです。これを人間のなした環境破壊の結果かと、呆れかえるほかありません。</p>
<p>（つけたり）</p>
<p>大学院生のM子、4年生のK子がA子を批評しています。</p>
<p>K子．．．「A子なら、本当に蛙の面に水なんだから」</p>
<p>M子．．．「そう、そう、A子なら立て板に水だもんね」</p>
<p>説明するまでもありませんが</p>
<p>蛙の面に水=（蛙の面に水を注いでも平気だからという）どういう仕向けや詰責に逢っても平気な様（広辞苑）つまり図々しい。</p>
<p>立て板に水=弁舌のスラスラしていてよどみのない様。ついでに書くとこの反対語は「横板に雨だれ」です。</p>
<p>どうも話が腑に落ちないので聞いてみ増したら、M子の言うには「立て板に水」とは立っている板に、例えば、バケツでザブッと大量の水をかけても板は平気で、つまりは「蛙の面に水｣どころではない図々しさを言うと思っていたと言うのです。</p>
<p>大学院生にしてこの国語力！！やっぱり、おどろいてひっくりかえってもいいんだろうな？？</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<hr class="clear"><ol class="footnotes"><li id="footnote_0_3083" class="footnote"> 松井孝爾．さばくのカエル．新日本出版社 （1993）</li><li id="footnote_1_3083" class="footnote"> 碓井益雄．蛙．法政大学出版局（1989）</li><li id="footnote_2_3083" class="footnote"> 秋山龍．蛙　かえる　カエル．毎日新聞社（1992）</li></ol>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>第19回ワンコイン講座「平賀源内」</title>
		<link>http://t-yamashita.info/event/500en-19</link>
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		<pubDate>Sat, 21 Aug 2010 02:47:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント]]></category>

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		<description><![CDATA[第19回ふくろう文庫　ワンコイン美術講座の案内を致します
題目　　平賀源内　　日本のダ・ヴィンチと呼ばれた男
日時　　平成22年9月25日（土曜)　　13時：30〜開演　　　ぷらっと．てついち集会室
多数の参加をお待ちし [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>第19回ふくろう文庫　ワンコイン美術講座の案内を致します</p>
<p>題目　　平賀源内　　日本のダ・ヴィンチと呼ばれた男</p>
<p>日時　　平成22年9月25日（土曜)　　13時：30〜開演　　　ぷらっと．てついち集会室</p>
<p>多数の参加をお待ちしております。</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/c81f793d0f463cc46e9bde9fb3d4c356.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3094" title="平賀源内ポスター２" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/c81f793d0f463cc46e9bde9fb3d4c356-728x1024.jpg" alt="" width="582" height="819" /></a></p>
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		<title>第058　国立大学図書館の閉鎖性</title>
		<link>http://t-yamashita.info/book/058</link>
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		<pubDate>Sat, 21 Aug 2010 00:27:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[あんな本、こんな本]]></category>

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		<description><![CDATA[`94.9月20日寄稿
8月30日、朝日新聞の朝刊「声｣の欄を読みながら，私は思わず、「やっちょりますなあ」と声を出しました。「声」の欄は、いわゆる読者の投書欄ですがあ、そこに川崎在住の大学助教授（3８才）が、会議出席の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>`94.9月20日寄稿</p>
<p>8月30日、朝日新聞の朝刊「声｣の欄を読みながら，私は思わず、「やっちょりますなあ」と声を出しました。「声」の欄は、いわゆる読者の投書欄ですがあ、そこに川崎在住の大学助教授（3８才）が、会議出席のため東大に出かけた際、図書館を利用しようとした所、入館を断られた。としてそのいきさつを述べ，｢大学の図書館は一般市民にも開放し。勉学の助けを行うべきだと思う」と結んでいます。<span id="more-3074"></span>「やっちょりますな」と言った私が居る室蘭工業大学は図書館は，昭和61年から市民に開放していて、これを書いている9月13日現在では，1200余名の市民が登録して，本を借りています。</p>
<p>ですから、「やっちょりますなあ」とは「相も変わらず，時代に逆行して，閉鎖的な事をやっとるなあ，呆れたもんだなあ」と言う意味で，決して讃嘆の意味ではありません。</p>
<p>私が「やっちょりますなあ」と呆れかえるのには，呆れかえる理由があります。と言うのは，昭和60年（だったと思いますが）やはり「朝日」紙上に、アメリカから帰国した国立市の一市民が，アメリカ在住の間は、行った先々で近くの大学の図書館を利用していたので、帰国後、近くの国立大学へ赴いたところ、門前払いを食った。これはどういうことであるか、と投書したのです。</p>
<p>国立市の国立大学と言えば、まあ間違いなく一橋大学でしょう。</p>
<p>この投書に対して、文部省は、国立大学の図書館は市民の利用を拒絶していない、いないどころか、文部省としては一般開放を促進するよう、各大学を指導してきた、と言うものでした。？？？</p>
<p>この文部省の答えが、逃げ向上なのか、本音なのかはともかく、室工大図書館は、昭和61年（1986）に年齢、地域の別なく、名前、住所電話番号を聞くのみで、一般市民への開放に踏み切りました。</p>
<p>それから8年余たった訳ですが，そうした身から見ると，東京大学がいまだに，種々の条件を付けて，結局のところ市民の利用を拒む型になっているのは，呆れる他はなく，これが「やっちょりますなあ」の真の｣思いなのです。</p>
<p>懲（こ）りない面々は，何も刑務所ばかりに居るわけではないらしい、</p>
<p>さて，先の投書のあと，今度は45才の会社員の投書が続いて｢国立大学の図書館、資料館の閉鎖性には困っております。国民のためのものである筈の施設が、なぜこのように一般社会人には利用しにくくなっているのでしょうか」との前書きで、「大学教官の紹介、研究実績の提出（資料の）原所有者の許可取得．．．繁雑な手続きのために断念したのは一度や二度ではありません」と指摘されました。</p>
<p>大学図書館の司書たる私でさえ、これには全くもって同感々々！！</p>
<p>大学教官だってだらしのない人間は沢山いますから、そんなひとの紹介だの，保証だのは，図書館にとって何の意味もありません。</p>
<p>又研究実績云々などと言われたら，普通の人々はいったいどうすればいいのでしょう？</p>
<p>私の所はでは無条件ですから，研究者のみならず，実に多様な人達が来ます。</p>
<p>目の不自由な人のために朗読奉仕を続けている人達は，朗読する作品に出てくる人名，地名、その他を実に丹念に調べに来ます。</p>
<p>又，こんなにも多くの人が通信教育で学んでいるのかと，驚く程沢山の社会人、主婦が，レポート作成のためにやって来ます。専攻も、宗教学、社会福祉、法学と様々です。</p>
<p>又近くの短大や，専門学校、看護学校の生徒達もやって来ます。大学の直ぐそばの小学校からも，社会科の授業でクラスごと図書館見学に来て、わたしから｢本の話｣を聞いて帰りますが，その小学生たちも来て図書館を使います。</p>
<p>例えば、「シンドラーのリスト｣を観て，ナチの事をレポートしたいと来る高校生も何人もいます。</p>
<p>こうした普通の人達に何の必要があって，ヤレ身分証明所だの，ヤレ運転免許証だの，ヤレ教授の紹介状だの、と要求する必要がありましょうか？</p>
<p>国立大学は，税金で成り立っているのだから市民にたいしては．．．などと原則的な，或いは野暮（やぼ）な議論は今早めときましょう。</p>
<p>そんなことより小学生から老人まで，知りたい，学びたい、という欲望にかられて図書館に来る人々に対して，司書たるものがどうしてこれを拒む事が出来るのか？</p>
<p>私はこれが不思議でなりません。知識を求める人々に対して，或いは協力し，或いは手助けし，時には（いや，殆どの場合）知を得る事の楽しさを共にするのが，司書本来の役目と喜びではないのか！！</p>
<p>ありもせぬ権威によって、大学図書館の門を閉ざすのは，時代遅れのおろかな司書がとる道です。</p>
<p>それよりは，一般開放にして，学内、外の人々と「知」の楽しさを味わうべきです。</p>
<p>さて，室工大図書館はこの9月1日に新装オープンしました。月〜金までは朝9時から晩9時まで，土曜日は9時から4時半まで開いています。日、祝祭日は休みです。昨日日には2200名余の来館者がありました。忙しい〜．</p>
<p>と、まあこんな状態の時に東大図書館に対する投書をみて、この文章と相成りました。「本」の話が一つも出て来なくて，何だか変ですが，次回からは「本」の話に戻りましょう。</p>
<p><a href="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/58.-1jpg.jpg"><img class="aligncenter size-large wp-image-3078" title="58.-1jpg" src="http://t-yamashita.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/08/58.-1jpg-559x1024.jpg" alt="" width="559" height="1024" /></a></p>
<p><br class="spacer_" /></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>第064回 渡辺一夫と大江健三郎</title>
		<link>http://t-yamashita.info/book/064</link>
		<comments>http://t-yamashita.info/book/064#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Aug 2010 00:31:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nisi93kei</dc:creator>
				<category><![CDATA[あんな本、こんな本]]></category>

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		<description><![CDATA[｀95.1月12日寄稿
東大の正面前に、「落第横丁｣と呼ばれる通りがありますが、昔、そこを友達と歩いていた時、長身の紳士とすれ違いました。私が思わず、「あっ、渡辺一夫だ」と声を出すと、その人は立ち止まって振り向きましたが [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>｀95.1月12日寄稿</p>
<p>東大の正面前に、「落第横丁｣と呼ばれる通りがありますが、昔、そこを友達と歩いていた時、長身の紳士とすれ違いました。私が思わず、「あっ、渡辺一夫だ」と声を出すと、その人は立ち止まって振り向きましたが、私が、黙って顔を見たままなので、にっこりとして立ち去りました。<br />
 <span id="more-3060"></span>私はその頃、本郷の西方町に下宿していて、晩ご飯をいつも。東大農学部前のそば屋「増田屋｣で取っていましたが或る時、向こうむきに背を丸めてソバを食べている人を見て、「あっ渡辺一夫だ」と心中つぶやいたことがあります。</p>
<p>「フーン、渡辺一夫に会ったからとて何をそんなに興奮しているの？それに、渡辺一夫って一体、誰？」とおっしゃるのですか？</p>
<p>渡辺一夫とは、1975年5月10日に、73才で死去した、我が国フランス文学界の代表的な存在でした。多くの業績の中でも、とりわけ偉業の名に値するのは、16世紀フランスの大作家フランソワ・ラブレーの大作「ガルガンチュワとパンタヴリュエル｣全5巻（岩波文庫）の翻訳です。</p>
<p>私は、高校2年の時に、この人の｢蟻の歌<sup>&#8251;1</sup> ｣と題する随筆集を読み、その説く所の「ユマニスム」（=ヒューマニズム=人道主義,人文主義））に魅かれて以来、今に至る迄、この人の本を殆ど読んで来ました。</p>
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</div>
<p>まあ、言うなれば私淑（ししゅく=尊敬する人に直接には教えを受けられないが、その人を模範として慕い。学ぶこと）して来た、と言ってもよい位なものです。ですから、先程話した、大学時代に渡辺一夫を見かけた際の気持ちの高ぶりも、若い読者としての「あこがれ」と言った気持ちのなせる「わざ」だったのです。</p>
<p>私淑して来たと言っても私はこの程度ですが、もっとすごいのが、大江健三郎です。大江はその著、｢日本現代のユマニスト渡辺一夫を読む<sup>&#8251;2</sup> 」（岩波書店）の中で語ってます。</p>
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</div>
<p>「〜僕は高等学校の2年生の時に、この先生に習おうと思って、受験勉強を始め、浪人したあげくやっと大学に入学して、そして、3年生になって本郷に来て、先生の初めての講義がある。それで、まず、もう自分の人生の目的に達したと言う、気持ちをまず持つたように思うのです。」</p>
<p>どうですか？この熱烈な「あこがれ」「あっ、渡辺一夫だ。」の比ではありません。どうして、大江は「この先生に習おうと思った」か？？　　大江は渡辺一夫の最初の授業の回想にからめて、その事を語ります。</p>
<p>「〜当の先生（渡辺一夫）の講義を聞こうと、緊張して待っていた学生達は、みんな渡辺一夫と言う学者の文章を、特に岩波新書の、今はもう絶版になっておりますが、「フランス・ルネサンス断章<sup>&#8251;3</sup> 」によって16.7才の時に読み感銘を受けていたのです。〜先生の本を読む。それから先生に教わろうと発心する〜」大江は発心（ほっしん=発起する事）とまで言っています。これは、そもそも仏教の言葉ですから、決意の表明としても仲仲に強い言葉です。</p>
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</div>
<p>さて、大江が感銘を受けた｢フランス・ルネサンス断章」は大江の言う通り、今は絶版ですが、その決定版が｢フランス・ルネサンスの人々<sup>&#8251;4</sup> ｣（白水社）です。（今は岩波文庫になってー92-￥670）</p>
<p>自分の主張を通す為に｢キリスト」の名をかかげて、他者を圧迫し、あまつさえ、殺してしまう、ゆがんだ神学者たちに対して、ルネサンス時代の心或る人々は「それはキリストと何の関係があるのか」と問いかけましたが、その勇敢だった心或る人達の列伝を集めたのが本書です。．．．（あの大予言のノストラダムスに関する一章もありますよ。）</p>
<p>．．．と言うと、むずかしげな神学論争の本か？と思うかも知れませんが、さにあらず、実に面白くかつ、やさしい読み物なのです。（内緒ですが、大江の文章よりはずっとやさしく読めるとだけは、自信をもって言えます。）</p>
<p>大江はノーベル賞受賞講演で，自分の師、渡辺一夫に触れましたが，大江の本共々渡辺一夫の本ももっと読まれなければなあーと思います。あけまして、おめでとうございます。今年もよろしく御愛読の程を！</p>
<hr class="clear"><ol class="footnotes"><li id="footnote_0_3060" class="footnote"> 渡辺一夫．蟻の歌．創文社 (1953) </li><li id="footnote_1_3060" class="footnote"> 大江健三郎．日本現代のユマニスト渡辺一夫を読む．岩波書店（1984）</li><li id="footnote_2_3060" class="footnote"> 渡辺一夫フランス・ルネサンス断章 ．岩波新書（1950） </li><li id="footnote_3_3060" class="footnote"> 渡辺一夫．フランス・ルネサンスの人々．白水社（1992）</li></ol>]]></content:encoded>
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