第146回 渋沢敬三と宮本常一

`99.6.4寄稿

私は肉の甘さが嫌いで、ステーキなんぞ、滅多に食べたいと思うことがないが、魚だけはなんでも好きだ。「アブラコ」なども味噌漬けなどは「おー食べたい』となるが、人様々で、私が一目も二目も置くある知的美人は、どうも、この「アブラコ」「余食べたことがないので」と食わず嫌いでなにやら敬遠気味だ。

そこで思いついたのが、「アブラメ=アブラコについて」なる論文も見せて、知的関心の旺盛な彼女の味覚を知的な面から刺激しようと言う作戦。

この「アブラメについて 」の筆者は「祭魚洞」と号した渋沢敬三で「祭魚洞』の意味は、日本カワウソが魚をとっても直ぐには食べず、その辺に散らかしておいてやや暫くしてから食べると言う習性に因んだもの由。

つまり食べる前に魚を並べて置くのを魚を祭ると、見立てた訳で、これを別の言葉で獺祭(だつさい)と言う。これから文章を書くのに多くの参考とする本を机の周りに広げ散らかす意味を含むようになり、俳人正岡子規が自分の家を「獺祭書屋(だつさいしょおく)」と名付けたのは有名だ。

渋沢の魚についての知識は並々ならぬもので、昭和天皇は飯のおかずに名の知れぬ魚が出ると、御文庫から、渋沢著「日本魚名集覧」を持ってこさせたと言うし、渋沢が大蔵大臣に任ぜられて、天皇に挨拶に行った時は、魚を話題にして大いに語り合ったあと、側近に「ところで、渋沢は何を本職にしている大臣かね」と聞いたと言う。

まあ、渋沢の本職は?と言えば、これ即ち、実業家で、東大の経済を出た後第一銀行副頭取を経て、日銀総裁となり、最後には前述のごとく大蔵大臣になった人だ。

然し、この人は本当は学者になりたかった人で、その夢がかなわぬ、、、代わりに私財(ポケットマネー)100億を投じて自分の家に「アチックミュ―ジアム(屋根裏博物館)」を作り、傍ら、多くの民俗学者、文化人類学者を育てた。

その中の一人が、宮本常一で、この人は40歳過ぎても渋沢の意向で定職に付かづ、渋沢の援助で日本全国をナント4000日かけて歩いて下々の、つまりは下積みの、我々庶民の生活の種々相を調べた。この敬三と常一の人間味横溢(おういつ=あふれる)の関係を書いたのが「旅する巨人1 」で実にいい本だ。

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宮本の代表作に「忘れられた日本人』があって、その中「土佐源氏」は盲目の乞食(こじき)の女遍歴を哀切に描いて有名だが、この話ばかりは乞食のほら話だと私は思うのだが、、、と一言つけ加えて置きたい。

「本職は何だ?」と天皇に不審がられた敬三は、実は日本資本主義の父と言われた名高い渋沢栄一の孫で、世に言う渋沢財閥の一員だが、この祖父と孫の身の処し方は利益一筋の三井・三菱・住友・安田などとはいささかことなっていた。

渋沢祖父と孫は「経済活動で得た富みを惜しみなく社会に還元したのである」これが他の財閥と渋沢家との異なりであった。その一族の成功と没落(?)をかたった「渋沢家三代2 」が、又実に面白くいい本だ。

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渋沢敬三と言う人は、本当に良く出来た人だったらしく、児童物出版で有名な理論者の社長、小宮山量平の自伝的な「千曲川3」には、この人をなつかしむ量平の切ないまでの感謝や思慕の思いが何度も出て来て、泣かされる。

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第一銀行の渋沢重役の部屋の三方の壁は全て本棚で、その棚はぎっしりと本が並べらえている。小学校を卒業して「給仕」として敬三についた量平に向かって、初日敬三は言う、「君は、自分の机でしっかり勉強したまえ.用があったら言うからね。,,,それからこの部屋の本はどれでも片っ端から読んでいいんだよ」。

こんなにもさわやかで、明るい本は、そうあるものではない。感動で心も目も洗われる

「フェノロサ4 」日本美術界の恩人として有名なお雇い外国人だが、マサチューセッツの町、セーラム(出身地)では誰もその名を知らぬと言う。魔女狩りで有名なこの町は、フェノロサをも「異教徒』として切り捨てたのか。137回で紹介した「岡倉天心」の本と併せて読まれたし。

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  1. 佐野真一.旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三ー.文芸春秋(1996) []
  2. 佐野真一.渋沢家三代.文春新書(1998) []
  3. 小宮山量平.千曲川.理論者(1997) []
  4. 久我なつみ.フェノロサと魔女の町.河出書房新社(1999) []

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