`94.4.1寄稿
大学一年の夏休みのことですが,向いの菓子屋から買ってきたピーナッツせんべいをたべていたら、「ガリッ」と来たので,口から出してみると,ピーナッツと思いきや、これがナント人の歯でした。今なら「せんべいから歯」てな事で,新聞種にもなるでしょうし,食べた方も,早速メーカー宛に歯を送って「注意すべし、位の一言もいってやるのでしょうが、その時は只「ナンダ、コリャ」と家族皆で笑って,終わりでした。呑気な時代だったのでしょう。
先週金曜日の晩、中国産の焼栗を肴にビールを飲んでいたら「がりっ」ときたので、「スワ,今度は北京原人の歯か?」とだしてみると、これが金属片??
よくよくみると、これが人の歯ならず、わが歯に冠せたものがとれたのでした。残ったビールで漱(うがい)をしてから、夜間診療の近所の歯医者に2軒に行きましたが,タッチの差で,門前払い,結局晩酌中断の憂き目(うきめ=つらいこと)を見ました。
ところで貴方は「齲」と言う字を読めますか?数年前、本学の保険センタ―所長F氏が学生向けに日常の衛生を訴えた文章の中で、この字を使いました。曰く「齲歯に気をつけましょう」と。ところが学生のみならず教官諸氏もこの字が読めずに聞きに来る人が沢山いました。「こんな字が読めんのかな、ウシシ」と思いながら教えましたが、これは「うし」と読んで「虫歯」のことです。とは言うものの、「うし」は誤読で正しくは「くし」と読むのです。漢字はむつかしい!!
虫歯と言えば,アンリ・トロワイヤの「大帝ピヨートル」に面白い話しが出ています。
ロシアの大帝ピヨートルは1697年、アムステルダムの「町の広場で歯抜きが行われるの見物し」自分もやってみたいとて、にわかに勉強の上道具を買い込み、お供の250人に口をあけさせて、「虫歯の疑いありと彼が判断すれば、ただちに引き抜くのである。犠牲者のうめき声に彼はたじろぐどころか、奮い立つ。怪力の持ち主であるから、この作業には向いている。調子に乗り過ぎて、歯茎まで引きはがしてしまうことも、めずらしくはない。」あげく「廷臣の口から引き抜いた歯を、小袋にきちんと納め、しばしばそれを取り出しては、ほれぼれと眺めるのだった。」
このくだりを「街道をゆく.−オランダ紀行ー」で紹介した司馬遼太郎はその文章を「随員にとって文明とはずいぶん痛かった」と結んでいます。
ピヨートルが、抜歯を『広場」で見た、というのは別に特殊なことではありません。
というのは,洋の東西を問わず,昔は抜歯は街道で,或いは盛り場や広場で行うのが普通だったからです。
何故、感染しやすい屋外でやったのか?この問いを含めて、石器時代の「風習」としての抜歯から,現代の「治療」としての抜歯まで,抜歯の全てを文化史的に語った、すこぶる面白く,かつ調べの行き届いた本があります。成田令博(よしひろ)の「抜歯の文化史1 」です。
さて,我が国の近代歯学の出発は,明治維新のあとですから,江戸時代の庶民は「歯痛」と来ると,梅干し、梅漬け、ねぎの白根をかんだりして痛みをまぎらわし,(今でもこうしたことを歯医者嫌いの人はやっているようですが)、それでも駄目となると、「歯の神様」たとえば「はくさんさん」などにすがりました。「はくさ」とは「歯瘡(はくさ)」で「歯槽膿漏」ですが、それをなおしてくれるのが「はくさんさん」です。神津文雄の「歯の神様2 」は、長野県に点在する「歯の神様」を追った珍しいほんです。
歯というと,我々日本人が思い浮かべるものに「お歯黒」があります。時代劇で,女が口を開くと,黒い歯が見えて,色っぽいのか,不気味なのか、よくわからぬ、あの風習です。風習は消えても「お歯黒とんぼ=クロヤンマ」とか「お歯黒花=ウマノスズクサ」などにその名が残っていますが、この奇習を古代史まで及んで調べ上げた,実に貴重な本が「お歯黒の研究3 」
です。以上はいずれも歯に関しての名著と言っていいものですが,最近一冊、いい本が加わりました。長谷川正康の「歯の風俗誌4 」です。
赤穂藩は,五代将軍、徳川綱吉に,歯磨き用として,赤穂名産の「花形塩」をけんじょうしました。これを受けた綱吉は,それまで使っていた吉良家献上の「饗庭(あえば)塩」の使用を止めたので,吉良家の面目は失われ、かつ「饗庭塩」に対する需要が落ち込みました。
つまり経済摩擦が生じた訳で、これぞ赤穂対三州、浅野内匠頭長矩対吉良上野介義仲=忠臣蔵の遠因では?といった様な話しを含めて,歯についての「あんな話・こんな話」が豊富に語られています。
どの本も良く調べられている上、耳新しい話しが続くので、一寸した歯の痛みなぞ、その面白さで消えるかも知れません。
*この「あんな本・こんな本」が室蘭のパソコンネットCP(コミニュケーションポート)に入力されました。呼び出しは0143-47-4919
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