第403回(ひまわりNO219) 『日本国紀』をファクトチェックするー史実をどう歪めているかー

2019.9.19寄稿

「週刊ポスト」がとんでもない特集を出した。9月13日号がそれで、そのタイトルたるや『嫌韓』ではなく『断韓』だ。厄介な隣人にサヨウナラと言うもの。本屋で立ち読みして呆れていたら、作家の柳美里が理路整然たる批判を発表した。思想家の内田樹も「サンデー毎日」の9月29日号で「出版人としての覚悟を問う」と題して、長文の批判をした。

ジャーナリストの青木理も9月13日の「週刊金曜日」で、「どうしてこうなった?日韓関係」と題して、当節の妙にねじられた(ねじれたではない)両国のあり方について語っている。こうした嫌韓の動きの中でもとびぬけていたのが、8月27日の「ゴゴスマ」とやらでのレギュラー・コメンテイターだと言う中央大学教授の武田邦彦の発言。先頃韓国を訪れた日本女性を、いわゆるナンパしようとした韓国人男性が起こした事件についてのコメントがそのとびぬけ発言。その言い分たるや言いも言ったり、「日本男子も韓国女性が(日本に)入ってきたら暴行しにゃあかん」で、これまともな人間の言う事だろうか。こんな男に教わる学生たちはこの発言をどう見たろう。この後、この武田が安倍よりの中でも最たる DHCテレビの「真相深入り!虎ノ門ニュース」の常連メンバーと知った。また、安倍が我々の税金を使ってやる「桜を見る会」に作家の百田尚樹とアメリカのケント・ギルバートらとともに招かれたとも知った。なると、この男がどれ程の無茶を言おうが、安倍「反韓体制」に守られているわけで、本人もそれを承知で,度の過ぎた「ふざけ文句を」発しているのだろう。もう一人、元韓国日本大使という武藤正敏なる男。「韓国人に生まれなくてよかった」と言うヘイト本の著者だと言うこの男も、その鉄仮面ぶりでは武田といい勝負だが、この男これ程嫌韓だと言うのは、ひょっとして現役時代に何か途轍もない失敗をやらかしたのか、それとも根っからの嫌韓で大使はイヤイヤやっていたのか、どうも不思議だ。いつも高を括った話し方のこの男も、実は元「三菱重工業」の顧問だったと言う。となれば何の事はない、徴用工問題に嫌韓態度をとるのは会社にいい顔見せたいだけの事か。浅はかな男だと言う訳で或る人物について、或いは或る出来事について裏の事情が分かればその人物や事件の底が見えて来る。物事を判断するためには多くの事を知らねばならぬのはそのためだ。前置きが長くなったが、先に名の出た百田尚樹本人と、その著者「日本国紀」については、私は何度も批判してきたが、紙幅の関係もあって十分に語りきれな位気持ちがあった。しかし、ここに嬉しくもありがたいことに、その「日本黒紀」、ありゃ間違えた、「日本国紀」に悪い意味で満ち溢れた誤りや偏見にいついて、十分な資料に基づいて,歴史的に正してくれる本が出た。家長知史(さとし)、本庄豊、平井美津子共著の「『日本国紀』をファクトチェックするー史実をどう歪めているかー1 」がそれ。

3人共中学、高校での教諭経験者。百田の本は間違いだらけだから、この1冊だけで百田の間違い全部を論破することは無理だ。で3人は百田の本からまずは必要な部分を取り出し、それに対する資料を揃えて検証する。明快な資料に拠って立つ、これまた明快な理論が暗愚な百田の誤りの数々を浮き立たせつつ崩していく.例をあげたいが、それを始めると全頁写していきたくなる程に、問題設定も適切なれば、答えはもちろん百田側が反論出来ぬ程に適切だ。それでも一つだけあげてみよう。

平井美津子担当の第2章「『日本国紀』はどのように女性を描いているか」。百田本には25人の女性が取り上げられるが、中23人が前近代の時代区分で登場し、その顔ぶれたるや卑弥呼、天照大神、神功皇后〜と来るから参る。そして近現代となるとイザベラ・バードと稲田明美のたった2人だ。イザベラ・バードは室蘭に来ているから読者には説明不要として、稲田明美って?WHO?イナダとは如何に政治オンチでも知らぬ筈のない、あのPKO部隊の「日報かくし」の当人。このふざけた取り合わせの妙は、これまた安倍鼻息をうかがうかの吉本所属の台本作者とても滅多に思いつかぬsetで、これから分かるのは只一つ、それはは百田の安倍へのゴマスリ。これ1点とっても。百田の「日本国紀」を私が「日本黒紀」と間違いそうになる理由が分かろうというもの。このインチキ本、嘘か本当か65万部売れている由。しかもこれはだいぶ前から指摘されていたことだが、発行以来コピペだらけと非難され続け、すると呆れたことに幻冬舎は増刷する時に、指摘した人たちには何の断りもなく修正や追記を加えているのだが、これを称して「頬っ被をきめこむ」と言うのではないか。ともあれ、百田の本にいらだちを覚えている人は無論、出来れば百田の出放題の”語り”を面白いと思った人も、この本を手にしてほしいい。

そうすれば、反百田の人のいらだちが消えること確実だし、百田を面白いと思った人も、ひょっとして妄想に満ちた浮薄な出来損ないの物語よりも、歴史的事実の積み重ねによる人間の営みを描く物語の方が実は何倍も真に面白いと気付いてくれるやも知れぬ。ところで、百田を佳しとした人に聞きたいが、稲田は国防省をやめるときに意味不明に笑って見せたが、あれ見て貴方腹立たない?してまたそのイナダが所ももあろうに歴史、それも日本歴史(?)に登場してくることに違和感ないの?

とまあ力むのはこの辺にして次の話に移ろう。ドイツ文学者の池内紀(おさむ)が78歳で8月30日に死去と9月に入って報じられた。残念だ。この人はテーマの設定のうまい人で、いつも面白い。だからテーマ上手ということでは、川本三郎や井上章一にも同じことを感ずるが、それはさておきこの人の本は殆ど読んできた。

池内の思い出として「日本本翻訳文化賞」受賞の「カフカ小説全集」か、「読売文学賞」受賞の「恩地孝四郎、一つの伝記」か、「毎日出版文化賞」受賞の「ファウスト」を出そうかと迷ったが、カフカ関係を2冊出す。①は「ちいさなカフカ2 」、

②は池内が訳したネイハム・N・グレイツアーの「カフカの恋人たち3 」。

(因みに村上春樹は「海辺のカフカ」で2006年に第6回フランツ・カフカ賞を受けた。)私は昔プラハでカフカが下宿していた所を訪ねたことがある、ちいさな部屋がお土産屋に変わっていて、私はカフカの小説の挿絵が印刷されたTシャツを買ったが、遠い昔のことで皆忘れてしまった。

序でだから池内の弟で、今大学の軍事研究に反対している宇宙物理学者の了(さとる)の「擬似科学入門4 」を進めておこう。

百田にだまされる人間もいれば、「清い心」で歌いかければ「水の中のバイキン」も消えるという話を信ずる人もいる。「本を開けば別の世界がある」が池内紀の主張だった。本が好きな人間なら皆同じ思いだろう。

 

  1. 家長知史(さとし)、本庄豊、平井美津子共著.『日本国紀』をファクトチェックするー史実をどう歪めているかー.日本機関紙出版センター(2019) []
  2. 池内紀訳.ちいさなカフカ.みすず書房(2000) []
  3. ネイハム・N・グレイツアー.カフカの恋人たち.朝日新聞社(1986) []
  4. 池内了.擬似科学入門.岩波新書(2008) []

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