第076回 ネオナチ スキンヘッドとワーグナー

「マルコ・ポーロ」事件なるものが続いて2つ起きました。
一つは、東洋史学者、岩村忍の名著とされてきた、岩波新書版の「マルコ・ポーロ」が「この書は筆者の自著とされているが、内容形式のみならず表現の多くはハートからの剽窃(ひょうせつ=他人の文章などを盗み、自分のものとして使うこと)」と指摘されたことです。
指摘したのは、ヘンリー・ハートの「ヴェネツイアの冒険家=マルコ・ポーロ」(新評論)の訳者、幸田礼雅(のりまさ)です。
もう一つは、本年2月、文芸春秋社発行の月刊誌「マルコ・ポーロ」2月号に「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」と題する記事が掲載されたことから発した事件です。

私が今回、話題にするのは、この2番目の「マルコ・ポーロ」です。これは医者と名乗る西岡昌紀なる人物が10ページにわたって、

  1. ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)は作り話であること。
  2. アウシュヴィッツ強制収容所に展示中の資料はソ連などの共産主義政権が捏造(ねつぞう=こしらえた)したもの。
  3. ヒトラーはもちろん、他のナチス指導者にしても、ホロコーストなぞ計画した事実はない。

などと書いたものです。

この厚顔(こうがん=つらの皮のあついこと)な呆れた文章に対しては、タレント(と言ってはあたらないか)のデーブ・スペクターも「マルコ・ポーロ」の編集長、花田紀凱に、

ハナダさん、あなたは“日本に原爆が落とされた事実はない”という話を信じますか。だとしたら、編集者どころか人間失格だ

と噛みつきました。

アメリカのユダヤ人団体「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」も又

『アウシュヴィッツ』のガス殺人を否定しようとするもので、歴史に対する無知と偏見を暴露している

と批判し、更に又、在京のイスラエル大使館も、マルコ・ポーロ編集部に抗議しました。その結果、文芸春秋社の社長、田中健五が「深く遺憾」と述べ、かつ又虐殺された犠牲者らに対して「心からの謝罪」を表明して、一件落着(?)しました。
歴史をゆがめようとする、こうした動きは、何も日本ばかりにある現象ではなく、現にドイツでは、「ネオ・ナチ」運動が活発でスキンヘッド(坊主刈りあたま)の若者たちが、トルコ人などの外国人労働者をおそう事件が続発しています。このスキンヘッドの若者たちが群をなしておそうのは、無力な外国人ばかりではありません。

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~家族たちが、彼らの反ユダヤ主義のもたらした特別な結果について、公的私的な生活において亀裂を感じるためならば、自分の家庭ともその伝統とも袂(たもと)を分かってもいいという私の決意は当然の結果を生んだ。それ以来私はわが家、わが国の裏切り者という汚名を浴びせられている。今私は、ネオナチのスキンヘッドどもの脅迫にさらされている。

こう書いているのは、おどろくなかれ、ヒトラーが愛した音楽界の巨匠、リヒャルト・ワーグナーの曾孫、ゴットフリート・ワーグナーです。名門ワーグナー家に生まれたゴットフリートは何故スキンヘッド達に狙われるのか?
それは、彼がリヒャルト・ワーグナーを出発点とする「ワーグナー」一族の「反ユダヤ主義」と、ワーグナー家とユダヤ人虐殺の元凶ヒトラーとの親密なつながりを露(あらわ)にし、かつ厳格に批判したからです。

その批評の対象はどんな事柄か?
例えば1989年(平成元年)ワーグナーの聖地バイロイト祝祭劇場が、史上初めて“引っ越し公演”と呼ばれるものを東京で行ったときに準備のため来日したワーグナーの孫、ヴォルフガングは、新聞社のインタビューにヌケヌケと答えます。曰く(いわく)、

私の兄は、ワーグナーはヒトラーによって不幸にされたと語っていました。

曰く、

母はヒトラーの友人でしたが、それはヒトラーが権力者となる前からの関係で、~母がナチに加担したり権力を利用したことは一度もなかったことが明らかにされています。

曰く、

バイロイトはナチに加担してなかったのです。多くの人がバイロイトとナチの関係をイエスと言うなかで、私と兄はノーと主張し続けてきました。


ワーグナーとその一族、そしてワーグナーの音楽は果たしてヒトラーに加担したのか、しないのか?
読者が自ら判断するに足る資料と思われるものを3点12

((ひの まどか(著) たちばな みどり(イラスト),ワーグナー―バイロイトの長い坂道,リブリオ出版(1984)))あげました。
最後の「湖の~3」は買ったばかりで未だ読んでいませんが、ワーグナーのパトロンであったルートヴィヒ二世を語って面白そうです。

  1. Gottfried Wagner(原著) 岩淵 達治(翻訳),ワーグナーと人種差別問題―ワーグナーの反ユダヤ主義 今日に至るまでの矛盾と一貫性,BOC出版部(1995) []
  2. 清水 多吉,ヴァーグナー家の人々―30年代バイロイトとナチズム,中央公論社(1980) []
  3. 田代 櫂,湖のトリスタン―ルートヴィヒ二世の生と死,音楽之友社(1995) []

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