山下敏明さんのあんな本、こんな本

第037回 バラの画家ルドゥテ

`93.7.16寄稿

私が頼まれ仲人役をつとめた京野君は、函館ラサール高から室蘭工業大学の電子工学科に来た人でスが、卒業してから、フランス語をやりたい、と言い出して、東京のアテネフランセには入り、見事フランス系の会社に勤めて、在仏5年半の経験後、海外組の10人ばかりと、会社をおこした...というまあ変わり種です。

その京野君に用事があって、電話したところ、生憎(あいにく)不在で、奥さんに彼の近況を訪ねると、「日曜日には、庭に出て、バラの世話ばかりしています」という意外(と言っては悪いか)な返事です。

「へえ、京野君が、又風流なことを!!」と冷かしましたが、聞いてみると、会社で”何かと言う新種のバラを輸入したので、自分でも植えてみた結果のバラいじり”とわかりました。奥さん曰く、「きっと、売れ残ったんじゃないかしら?」「へえ、フランスのバラの新種ね」,,,と聞いている中にひょっと思い出して、女子美大の油絵科を出たと言う奥さんの千春さんに「バラの画家、ルドゥテを知っているか」と聞くと、「知りません」との答えです。

ルドゥテは,1759年にベルギーに生まれ、1840年に死んだ画家です。画家といっても植物画専門で、今で言うボタニカル・アートの画家です。

ルドゥテはことにバラを描くのを得意としました。フランス革命で、断頭台(ギロチン)の露と消えた王妃、マリー・アントワネットは、美術(=絵画)をまるきり理解しない...というより、嫌いなくらいの女性でしたが、花は大好きで、処刑される前,監禁されていたタンプルなる獄舎に、ルドゥテを招(よ)んで、彼女の好きなサボテンの画を描かせたそうです。

革命の跡、権力を握ったナポレオンの妃ジョセフィーヌも、ルドゥテの画を好み、マルメゾンの館の庭を、世にも珍しい花々で埋めて、世に誇ろうとしましたが、その時、お抱えの画家にやとったのがルドゥテでした。

しかし、権力者の愛顧(あいこ=ひいき)を受けた事が、ルドゥテの偉さではありません。彼の偉業は、世界中の人々からその作品を愛されたことことにこそあります。ことに、そのバラの花は、見るものを魅了(みりょう=ひきつける)してやみません。

そのルドゥテに関するいい本があります。生涯と作品と、ルドゥテの生きた時代を丁寧に語ってくれる素敵な本です。C・レジェ「バラの画家ルドゥテの生きた時代を丁寧に語ってくれる素敵な本です。「バラの画家ルドゥテとその時代1

バラときたら、もう一冊進めずにはいられないような本があります。高津真也「薔薇の交響楽2 」です。この本を開くと、そこに、ほら、ルドゥテのばらの画が一枚あります。バラときたらやっぱり、ルドゥテなのです。この本は一言で言うと、バラと音楽について語ったものですが、つまりは「バラの文化史」です。

バラの名前で音楽に関係のあるものは3000種以上あるとか、例の「蝶々夫人」オペラ初演後の10年目、1918年に作られた新種の赤いバラは「マダム・バタフライ」というとか、面白い話しが充満しています。

とにかくこの本、音楽史、植物史、植物学、天文学などなど、と実に多様な話しが、一見バラバラに繰り出されて来る感じですが、結局はバラの話しに戻ってくると言う見事な本です。

横組に、ビッシリと組んでの308ページ。乱視で近視の私なぞは、読後両方の度数が進むのではないか、「桑原、桑原(くわばら、くわばら)と思いましたが、まあ、一読に価する大変な本です。

さて、バラの大敵は「アリマキ3 」です。「お寿司の太巻きは好きですけど、アリマキなんて、知らない」というなかれ。アリマキ=アブラムシで、この虫が尻から出す甘い蜜をなめにアリがとりまくのでアリマキと呼ぶのです。この虫、オスと関係なしにメスだけで子を産むマリア様みたいな虫です。この虫の事知りたいと思いませんか。

ところで、今私の目の前の壁には寺田政明の12号のバラの画がかかっています。ちょっといいでしょう。

 


  1. C・レジェ.バラの画家ルドゥテとその時代,八坂書房(1984) []
  2. 高津真也.薔薇の交響楽.専修大学出版局(1992) []
  3. 七尾純也・アリマキ。偕成社(1975) []

Leave a Reply