第060回 柿は「生活樹」

`94.11月2日寄稿

秋晴れの或る一日、私は足腰が弱ったため、近郊の温泉の療養所に居る母を見舞いました。土産は母の大好物の柿...と言っても、それはトロトロになるまで溶けた柿を冷やしたものです。それをスプーンですくっては、満足気にすすっている母の口元を見ながら、私は一冊の本を思い浮かべていました。今井敬潤の「柿の民俗誌ー柿と柿渋ー」です。

同書によると、中国の河北省昌平県では、昔から10月下旬(霜降節)になると、屋上や畑に掘った浅い穴に、柿を数層に積んで、凍結させるそうです。凍結状態が数週間続くと、渋が抜けるので、解凍したものをスプーンで食べるるそうです。

母への土産は最初から、甘柿で、向こうのは渋柿との違いはありますが、何やらにた話です。

さて、又秋晴れの或る日、私は庭に張り出して作った書庫の壁の塗り替えをしていました。壁材はアメリカ松です。私のすんでいる所は海からの西風強い所ですから、アメリカ松と言えども、直ぐにささくれだちます。

それを止めるためには、一年に一度は塗り直しをしなければなりません。私は、壁の輝き工合を、ためつすがめつしながら、一度でいいから天然の柿渋を塗ってみたいなあと思っていました。と言うのも、今井の本によると、昔、田舎では、柱や鴨居などに、漆の代用として柿渋を塗ったそうです。となると、柿渋を壁に塗ったとしても、別段かまいますまい。それはともかく、今井のこの本実に面白い。「柿渋」なんてものについて語った本が、そんなに面白い???

そうです。実に面白いのです。今井は柿は「生活樹」であると主張します。「柿の民俗誌1

何故なら、柿は食用としてのみならず,柿の渋(しぶ)は防腐剤、防水剤として,近世においては,人々の日常生活には、かくべからざるものであったからです。

今井は、その主張を,各地の柿渋屋を訪ねながら,柿渋談義を重ねつつ,柿渋の利用のあれやこれやを豊富な実例でかたります。

豊富な実例と言ったって,皆昔のことでしょう....って??。 いやいや、現代にも酒造りには,柿渋が必需品のものであることが,本書を読めばわかります。

そして,読み終われば、自分が柿については,渋い味の「通」になっていることに気付きますよ。

つけたり①

隣の伊達市では,市の中心通称伊達街道480mに,街路樹として,富有柿60本を植えました。伊達には「藍=あい」を育てている人がいます。柿渋を作って,何か始める人が出てくると面白いだろうな。ところで,伊達市の街路樹係の人は,この本知っているか知らん。

つけたり②

私は毎年真白い粉をふいた中国産の干し柿を久慈(くじ)焼きのふた付けがめに3つも4つも漬けます。焼酎漬けです。時が過ぎて酒っけをたっぷり含んで柔らかく膨らんだ柿は実に実に、酒にもビールにもあいます。お試しあれ。!!

つけたり③

先年、小樽の(にしん御殿)青山邸に行った折のことです。門前の樹に沢山の野鳥が群れて実をついばんでいます。甘い香りもしています。足元を見ると,落ちた実が数えきれない程ころがっています。「すもも」です。私は5ヶ拾って帰り庭に植えました。

今では約70cm。今井の文庫「家々の庭先にたわわにみのる柿の実は...」とまでは行きませんが、この「すもも」いつ実をつけて,私はともかくとして,野鳥の「生活樹」になってくれるのやら?

もっと書きたいことがありますが,ここまで来たら,親戚から不幸の知らせが入りました。筆をおかねばなりません。

「てのひらにうけて全き熟柿かな」木下夕爾


  1. 今井敬潤.柿の民俗誌.現代創造社 (1990) []

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