山下敏明さんのあんな本、こんな本

第092回 高杉一郎の本 

畔柳二美(1912.明治45—1965.昭40)という作家を知っていますか。「くろやなぎ.ふみ」と読みます。この人の抒情的長編「姉妹(きょうだい)」(講談社刊)を実に久々に本棚から出してきました。第8回「毎日出版文化賞」を受けた作品です。

「昭和29年(1954)12月29日、室蘭市大町文教堂にて求む」と書いてあります。昭和29年6月初版で、私のは12月20日第4刷と奥付にありますから、小説の新刊には,直ぐには手を出さない私としては、珍しく刊行と同時に買ったといっていい感じの買い方です。どうしてそんなに早く手をのばしたのか。それは、作者が北海道出身(千歳)で、小説の舞台も北海道だったからです。山の中(ニセコ)の発電所での子供時代、札幌での女学校時代、暗い時代を背景に、「姉妹」の溌剌(はつらつ)たる生活がユーモアたっぷりに描かれます。高校生の私は、大いに満足して作者の或る種の強さと誠実さに感じ入ったものでした。

さて、40年余も前の小説を、何故取り出したか、といえば、高杉一郎の「征きて還りし兵の記憶」を読んだからです。その中に、1956年「婦人民主クラブ」創立10周年を記念して、高杉の勤務する静岡大学の先生の奥さん達が開いた講演会の話が出ています。当夜、熊本から来る筈の2人の講演者、作家の佐多稲子と畔柳二美が、2人が2人と共、病気で来ることが出来なくなったと言うのです。「フタリトモ ビョウキ カエレヌ」が電文でした。

ところが、実は、畔柳が熊本で「九州で少し遊びたい」との「欲望」を起こしたために、静岡市の教育会館の「二階の床をゆるがすほどたくさんの聴衆」を二人してすっぽかした、ということがあとで判明します。こんな人を馬鹿にした話はそうあるものではない、畔柳と、あの佐多稲子までがなーと、重い気持ちになります。

さて、高杉は、自らの抑留体験を踏まえて、60万人の人間を捕虜とし、「新しい形の奴隷制度(かもしれない)」をしいたスターリンの犯罪を暴いた「極光のかげに」を1950年に発表します。その後の或る日、高杉が宮本百合子宅を訪問中のことです。突然、部屋の入り口に顔を出した宮本顕治が「あの本は偉大な政治家スターリンをけがすものだ」と言い、間をおいて「こんどだけは見のがしてやるが」とつけ加えます。「私は唖然とした。返すことばを知らなかった。」と高杉は書いています。

私も唖然としながら、私の体験した小さな出来事を思い出します。それは、私と同年の人(職組員)が、或る日我が家を訪ねて来た時のこと。書庫に入り込んだ彼は、ロシア文学の棚に並んだソルジェニツィンの一連の著作を指さして、「あんたはいい人だが、こういうのを読むからダメなんだよな」と言ったのです。

−1918年から1956年までのソ連の弾圧の歴史−との副題を持つ「収容所群島」の著者ソルジェニツィンが、ソ連から国外追放となり、この本を所持していただけでもラーゲリ(強制収容所)へ送られたと言う1974年頃の話です。

ソ連が崩壊し、ソルジェニツィンが帰国し…。今、私の本棚に、高杉の訳になる「エロシェンコ全集」やらF.ピアスの本やら、そして高杉の全著作が並んでるのを見たら、彼は又、「こういうのを読むからダメなんだよな」と言うだろうか?

懲(こ)りない面々は娑婆(しゃば)にもいるからなあ。

・高杉一郎「征きて還りし兵の記憶」岩波書店 ’96刊 ¥2,600-①1

・高杉一郎「極光のかげに」    冨山房  昭52刊 ¥ 700-

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・高杉一郎「ザメンホフの家族たち」田畑書店 ’81刊 ¥2,400-

3


  1. 高杉一郎・征きて還りし兵の記憶・岩波書店(1996) []
  2. 高杉一郎・極光のかげに・冨山房(1977) []
  3. 高杉一郎・ザメンホフの家族たち・田畑書店(1981) []

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