山下敏明さんのあんな本、こんな本

第099回 大杉栄と椎名其二

今回は、椎名其二(しいな・そのじ)(1887,2.12 〜 1962,4.3)と言う、秋田は角館(かくのだて)生まれの、フランス文化研究者、とでも名付けたい人のことを、紹介したいのですが、その前に、私が、かつて書いたものを読んでもらわねばなりません。

——–1989(平成元年)11月25日(土曜日)室蘭民報(朝刊)———–

室工大付属図書館  本の話  山下敏明司書

鷲山第三郎さんと婦人協力会文庫について述べてきましたが、その名著ばかりの文庫からいくつか紹介しましょう。本当は全部紹介したいところですけどね。

まずはアナーキスト(無政府主義者)の大杉栄訳「昆虫記」(叢文閣刊)です。ファーブル昆虫記の完訳本は、大正末期から昭和二十年代にかけて、叢文閣版、岩波文庫版、アルス版、の三種類があります。読書人の間での評価はいろいろですが、私なら大杉訳を推します。①1

岩波文庫版は別名「きだみのる」こと山田吉彦、林達夫の共訳で昭和五年二月から出始め、昭和二十七年に完結した全二十分冊のものです。久しく品切れでしたが、岩波書店が同文庫発刊六十周年を記念して絶版、品切れとなっている文庫本の復刊を計画し、復刊希望のアンケートをとったところ、E・ギボン著、村山勇三訳「ローマ帝国滅亡史」全十分冊とともに、「昆虫記」が希望の上位を占めた。そこで今年の五月に文庫版を大きくし、「愛蔵版」として安野光雅の装丁で、新たに虫名索引を付けて全十巻で刊行しました。

ところが知る人ぞ知る-で、この訳はあまり芳しくないという意見がある。どうしてこのような説が流布されたかについてはそれなりの背景があって、共訳者の林達夫の座談集「世界は舞台」(岩波刊)を読むと、その事情が分かってきます。

この本で一代の碩(せき)学だった林達夫が文化人類学者の山口昌男と宗教社会学者の吉野清人を相手に、「きだみのる」なるいささかうさんくさい人物とその翻訳にまつわる裏話を、実にあけすけに話していますから、興味のある人はどうぞ。

——–1989(平成元年)12月9日(土曜日)室蘭民報(朝刊)———–

室工大付属図書館  本の話  山下敏明司書

大杉栄 監獄で外国語学ぶ

さて、そんなこんなで大杉栄訳の「昆虫記」がいいと年来思っていて、昨年、数学の山口忠助教授(室工大)に、どうして昆虫学者やフランス文学者このことに気付かないのだろうと話した。そしたら、雑誌に書いてみたらといわれそうしようと思っていたところへ、横浜国大助教授だった仏文学者兼昆虫学者の奥本大三郎が、読売紙上で大杉訳の昆虫記をほめて、その文体は実に生き生きした素晴らしいものであると書いていたのを読み、我が意を得たり-と溜飲が下がる思いでした。

ちなみに奥本は、博物学者の荒俣宏との対談本「虫魚の交わり」で、ファーブルと親交のあったG・V・ルグロ博士の残した「ファーブル伝」の訳者の平野威馬雄にも触れていますが、婦人協力会文庫にはアルス版全十二巻のうち十一巻目として出た安谷寛一訳の「ファーブルの生涯」があります。②2

奥本は目下、「昆虫記」の個人完訳を目指して雑誌「すばる」に昭和六十三年五月号から連載中で、原書全十一巻のうち、今は第二巻・第五章「トックリバチ」まできたそうです。これが完成すれば最も信頼すべき本になるような気がしますが、このペースであと十七年余りかかるそうですから、私もそれを楽しみながら長生きいたいものです。

ところで大杉栄は周知のように、社会主義運動に入って無政府主義者といわれた人です。この人は強い吃(きつ)音で、日常生活ではしゃべるのが困難だったらしいのですが、天才的な語学の才能があった。彼は ”一犯一語”という原則を立てていて、それは一犯ごとに一外国語を覚えるという意味です。

それで、未決監ではエスペラント語、巣鴨の監獄ではイタリア語-というように勉強して、三ヶ月で初歩、六ヶ月で辞書なしに本を読むといったマスターぶりで、ロシア語もスペイン語もものにしていくわけです。彼の「自叙伝」を読むと、監獄でバクーニン、クロポトキン、ルクリュ、マラテスタなどの本をどんどん読んだことが分かります。

「昆虫記」につては、前から読みたかったがしばらく獄中生活をしなかったのでその暇がないとボヤいていたのが、中野の豊多摩監獄に入れられてゆっくり読めた-というようなことを、「昆虫記」の訳者序でヌケヌケと書いています。

——–1989(平成元年)12月9日(土曜日)室蘭民報(朝刊)———–

室工大付属図書館  本の話  山下敏明司書

大杉栄 大震災で殺される

大杉栄がどのくらいフランス語ができたかというと、パリでのことですが、彼はミデニット(お針子)の一行がストライキをしている最中のメーデーに居合わせ、サン・ドニの労働会館出日本のメーデーはまだその歴史が浅いと、いうようなことを、二、三十分も話した。そしたら聞いてる女たちが「その通り」なんて相づちを入れた-というような様子が、彼の「日本脱出記」に書かれていて、見事に通じたことが分かります。

そのあげく、今度はフランスの私服(警官)に捕まって、ラ・サンテの監獄に入れられてどうのこうのという次第になります。そういう人が「昆虫記」全訳の近刊予告まで出したのに、関東大震災の時に無惨にも憲兵の甘粕に殺され、その後を椎名其二、鷲尾猛、木下半治、小牧近江といったそうそうたるメンバーが補います。

中でも二、三、四巻を訳した椎名其二は、人名辞典などにはほとんど出てこない人ですが、明治二十一年、秋田の角館の士族の生まれです。早稲田で阿倍磯雄の教えを受けて渡米、大正二年にはジャン・ジョレス、ロマン・ロランにあこがれて渡仏し、アナーキストのポール・ルクリュや石川三四郎との出会いがあって、椎名自身アナーキストになります。後、帰国して教職に就くも昭和のはじめフランスに戻り、戦中戦後、名利を求めずひたすら人間の自由と友愛を求め、昭和三十年代に三年間ほど帰国したほかはパリで生き抜いた非常に興味深い人です。

しかも司書としての私が興味を感じるのは、彼が製本で生活していたことです。パリの地下室で製本をし、持病の神経痛で悩みながらも自分の信念を通して死んだ。

余談ですが、亡くなった森有正という大哲学者がフランス留学中、身辺の女性問題で追い詰められている時、椎名はそんなことじゃダメじゃないかみたいなことを言って、優しくしかも毅(き)然として諭した。ベソをかいている森を立ち直らせようとしていた姿を、画家の野見山暁治が「四百字のデッサン」でとっても優しい筆致で書いています。

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さて、昭和2年(1927)の再渡仏後30年間、製本業などをしながら清貧に甘んじて、自由と友愛を求めてこの椎名について、初めての伝記が出ました。蜷川譲の「パリに死す」です。読んでみて下さい。いい本です。

—-蜷川(なにがわ)譲(ゆずる)「パリに死す。ー評伝、椎名其二ー」藤原書店 ’96刊 ¥2,884 ———

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椎名の友人に、堀井金太郎(雅号を梁歩=りょうほ、と言う)がいます。椎名の年譜(1938(昭13)、51才)に、9月13日、堀井梁歩死去、親友堀井の死は椎名を打ちのめした。・・・とあります。

この梁歩はホイットマンの「草の葉」や、ペルシャの詩人、オマール.カイヤムの4行詩「ルバイヤート」を訳した人です。

私はかつて、この堀井訳の「留盃椰土=ルバイヤート」を入手するのにえらい苦労をしたことがあります。

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今では、人名辞典のも出ていない堀井については、いずれ又語る時があるでしょう。


  1. 大杉栄訳.昆虫記.明石書店(2005) []
  2. 平野威馬雄訳.ファーブルの生涯.筑摩書房(1998) []
  3. 野見山暁治.四百字のデッサン.河出書房新書.(1982) []
  4. 蜷川譲.パリに死す。ー評伝、椎名其二.藤原書店(1996) []
  5. 堀井梁歩訳.留盃椰土=ルバイヤート.叢園社(1972) []

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