第163回 絵本作家と風刺画家グロッズ

`00.5.17寄稿

今年は「国際児童年」だが、先週、そのことに関して北海道新聞社の本社から、生活部の記者で、旧知の、五十嵐さんが取材にきた。色々なテーマについて聞かれたが、その一つに「近年出た絵本の中で、山下さんにとっていい本は、どんな本ですか」と言うのがあった。そこで私は、二人の作家の作品集をあげた。

①は、銀河社からでた全3巻の「武井武雄画噺(えばなし)1 と「ラムラム王2 」。全3巻の内容は 1.あるき太郎 2.おもちゃ箱 3.動物の村

②は、JULA出版局から出た、これも全3巻の「 村山 籌(かず)子作品集3 」。内容は 1.リボンときつねとゴムまりと月 2.あめがふってくりや 3.川へおちたたまねぎさん。絵は3冊とも村山知義だ。

大正・昭和を代表する童画家 武井武雄は、子供達の間だけではなく、版画家・玩具作家として大人にも人気のある人だし、殊に彼がつくる「刊本」と称する豆本には天下のコレクター達が注目した有名な人だから、今はおいといて、村山については少し説明せねばなるまい。

話はとぶが、小樽の旭展望台に小林多喜二の文学碑があるが、それに「・・・赤い断層を此処に見せている階段のように山にせり上がっている街を、ぼくはどんなに愛しているかわからない。」なる文章が刻まれている。

実は、これは多喜二が、友人の 村山 籌子にあてた手紙の一部なのだ。 籌子はつまり、そういう人だった。 籌子は「婦人之友社」の記者をしながら、同社発行の「子供之友」に童話・童謡を発表したのだった。 籌子の作品に絵を描いた知義は夫である。

知義は東大中退後、大正11年にドイツへ留学。日本へ表現主義などを持ち込んだ劇作家・演出家・洋画家だ。この夫妻の合作とも言うべき作品集が出たのが私にはありがたい。

最近では知義を知らぬ人も多いが、市川雷蔵主演の「忍びの者」(全5巻)の原作者だと言ったら「へぇー」ということになろうか。知義には面白い自伝があって、「一高、東大を通じて同級生だったMは出来が良くなかったが、すこぶるのガリ勉で、公務員になり、県知事を勤めた後、昭和 20年の敗戦時には警視総監になって、思想弾圧をしていたが、戦後にはナント北海道知事になった・・・」てなことを書いている。Mってだあーれだ???  4

ところで、私が好きな画家の一人にG・グロッスがいる。ヒトラーの時代にドイツの軍国主義と中産階級を攻撃する皮肉たっぷりの絵を描き、ヒトラーににらまれて1932年にはアメリカへ亡命した人だ。ドイツにいた時はゲオルケ(George)と名乗っていたが、アメリカに移ってからは、どいつ国粋主義に対する痛烈な抗議をこめて、ジョージ・グロッスと改名した。このグロッスを日本に最初に紹介したのは知義で、大正15年のことだ。

私の本棚には、戦後の紙がない時代(1949年)に出た、知義の「グロッス-その時代・人・芸術-」(八月書房刊)があるが、その解説を短くして図版を大きくしたのがドイツを破滅に追い込んだヒトラーのカリカチュア(戯画)を表紙の余白にコピーして入れてみたが、この絵を見ただけで、グロッズの諷刺の腕の冴えが分かる筈だ。5

私の本棚には、グロッズの本があと3冊あって、一つは雑誌「アール・ヴィヴァン」の29号(特集ゲオルク・グロッズ、1988)。これはつぶれて今は無い。二つ目はNew YorkはMacmillam社発行、HansHese編の大判の「Gesrge Grasg」

三つ目は 6 ) これは硬い装いで出たせいか、余り評判になったと言う記憶は無いが、今のところ、日本でグロッズについては一番いい本だと思う。

さて、今この20世紀最大の諷刺画家の日本で初めての回顧展が国内三ケ所で開かれている。私は7月に入ったら、大阪市立美術館の「フェルメールとその時代」展を観がてら、伊丹市立美術館の「グロッズ」展を観に行くつもりだ。


  1. 武井武雄.あるき太郎.銀貨社; 〔復刻版〕版 (1998) []
  2. 武井武雄.ラムラム王.銀貨社(1997) []
  3. 村山 籌子.川へおちたたまねぎさん.JULA出版局(1998) []
  4. 村山知義.演劇的自叙伝.東邦出版社(1974) []
  5. 村山知義編纂.グロッス 社会諷刺漫画.岩崎美術社(1974) []
  6. 宇佐美幸彦.ジョージ・グロッス ベルリン・ダダイストの軌跡.関西大学出版部(1984) []

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