山下敏明さんのあんな本、こんな本

第214回 再出版の玉4冊

`03.5月寄稿

本を読むことをもって人生無上の楽しみとし,又面白かった本を人に伝えることをもって,前者にも優る楽しみとする私にとって、何が一番つらく悲しいかと言えば、それは語ろうとする、或は薦めようとする,あの本・この本が,絶版又は品切れ再販未定などとわかった時である。しかしこの所、年に6万点も駄本を出し続ける出版界の中にも、まれには出版の本義に立ち返って、いい本を出そうとする人間もいると見えて、面白い本が再登場して来ている。いずれも薦めたいと思いつつも、ないばかりに長いこと控えていたものだ。今回は、そんな嬉しい本を、ジャンルに関係なしに4点あげる。1962年(昭37)社会派の巨匠山本薩夫監督によって作られた大映作品「忍びの者」は、忍者者にリアリズムと民衆史観を持ち込み、時代劇に新風を吹き込んだ名作となった。

宗門掃討に出た信長に対抗する百地三太夫(ももちさんだゆう)配下の伊賀衆の暗闘、反逆に目覚める下忍(げにん)・石川五右衛門に扮したのは、ご存知・市川雷蔵様。術策家三太夫を怪演したのは、馬も驚く馬面の伊藤雄之助。

この第一作、当りに当って、以後、続・新と頭に付いたり、霧隠才蔵・伊賀屋敷.としっぽに付いたりしてタイトルを変えながら、実に8作も続いた。いやあ、面白かったなあ!!.私は全部観たぞ。

捕らえられ、グルグル巻きにされた忍者が、蓑虫さながら宙吊りにされる.吊るされたばかりか、小突かれ、叩かれ、回され、といたぶるにいいだけいたぶられる。最早絶命か?と思いきや、責め手のいないスキを見て、忍者は突然前身の関節を自ら外して、縄からぬけ脱走する。エエゾ・エエゾ!!。

この驚くべき身のこなし、とても人間業とは思えない。何てエライ雷蔵様!!。ところがね、これ今になって観ると、嘘言う訳にいかんからはっきり言うが、いかんせんカッタルインだよね。あっ、見てられない、そんな身のこなしで屋根へ跳び上がれるのか?それもっと早く早く、あーよこらしょ!!、と言う感じなんだよね。考えてみりゃ無理もない。あれからジャッキー・チェンが現れ、スタントマンなしのチャーリー・シーンが出て...と、今や人間業どころか神業すら適いそうもないアクションをこなす連中がワンサと並んで、それを観た目で。。比較する訳でないけれど、比較してんだよね。雷蔵様、御勘弁。と言う訳だけど、これの原作が「岩波現代文庫」として復刊された。全5巻@1,000、村山知義原作。こちらもカッタルクなっているか?、イエイエ全然...これが文学の強味、全然ふるくなっておらんて..御安心を。「忍びの者1

平成10年、当館の3階の書庫で、私は永き眠りに入っていた和書およそ300点・1000冊弱を見つけた。中には揃いは全国でも当館のみと言う遠藤通の「救荒便覧」なんぞもあって、当世流に言うなれば、一寸したお宝発見...と言うものであったろう。

私はこれを、通常業務の合間をぬって整理・分類して、主だったものに改題を付けたが、その間一年間にわたって、当然のことに沢山の本から恩恵を受けた。

そんな本の中で、私が最初から最後まで書棚に引っ込めずに机上に置いていたのは、中央公論社の「森銑三著作集2 」正続の30巻あまりだった。

銑三(せんぞう)は、文部省の図書館講習書を出たとは言え、学歴としては、小学校卒のみの、それでいて明治・大正・昭和を通じての、ぬきん出た書誌学者であった。

この文字通りの篤学の士が書いた傑作の一つが「おらんだ正月3 」でこれは江戸時代の科学者50余人の事跡を子供向けに書いたもので、タイトルは、江戸時代の蘭学者達が太陽暦で正月を祝ったことを意味している。

今日の科学の基礎をを成す「蘭学」と言う主題について、ほれ程面白くはっきりした本はないぞ。私の旧本は汚れがひどいので、もう一点の子供向けの本の表紙を写しておく。尚「新編おらんだ正月」は岩波文庫で¥660。

「江戸時代の科学者たち4) 」

ケエテ・コルヴィツ(1867-1945)は、1933年ナチスに追放された、画家にして、彫刻家だ。彼女の末息子は1941年に戦死したが、これをきっかけに彼女は、戦死した全ての若者の記念像たる彫刻を作り始める。つまり彼女は、息子を殺された母親の嘆きを芸術へと昇華した訳だ。この子供を殺される母親の嘆きに耳を傾けねばならぬ時が、今来ている。と言うことは、ケエテの本を読むのは、今をおいてないぞ、と言うことだ。

ケエテの生涯と制作の思い出が詳しく語られているのが「ケエテ・コルヴィツの日記5 」で、この新版がアートダイジェスト社から¥2,400で出た。ありがたい。ケエテをもっと知りたい人は、若菜みどりの「ケエテ・コルヴィツ6 」彩樹社¥2,136を見るといいし、作品を知りたい人は「ケエテ・コルヴィツ版画集」岩崎美術社¥2,000がいい。

それからもう一つ、この本の訳者・鈴木東民は、ベルリン留学の経験を持ち、戦後釜石市長として、反権力、反公害運動を展開した名物男だった釜石港に注ぐ川の上の橋を、フィレンツェの前例にならって橋上市場としたのも東民だったが、この名物市場は昨年暮れ橋老朽化で壊された。新しい橋の方には...と言えば、只、橋だけだ。東民の偉業が懐かしい。この傑物に興味を持った人は、鎌田慧(けい)「反骨-鈴木東民の生涯-7 」講談社文庫¥583をどうぞ。食って寝る...だけ..なんて人生送っていられないぞ...と言う気持ちになるいい本だ。

メキシコ革命の時、文字を読むことが出来ない国民の為に、画家達は教育的使命を帯びて壁画を描いてまわった。画で革命の思想を伝えようとしたのである。これは我々が今見ても、心打たれる強さと明快さをもっている。スターリンの革命で、トロッキーを暗殺しようとしたシケイロスは暗愚な男だが、画は悪くない。この珍しくていい本が前回(¥3,800)より安く出た...と言うのは嬉しいことだ。今回は¥2,762星雲社。

「メキシコ壁画運動8

以上4点、駄本の中の「玉」でああるぞよ。買って読んで、後世に伝えるべし!!。


  1. 村山知義.忍びの者。岩波現代文庫(2003) []
  2. 森銑三.森銑三著作集,中央公論社(1994) []
  3. 森銑三.おらんだ正月.岩波書店(2003) []
  4. 森銑三.江戸時代の科学者たち.冨山房(1978 []
  5. 鈴木東民訳.ケエテ・コルヴィツの日記.刀江書院 (1965) []
  6. 若菜みどり.ケエテ・コルヴィツ.彩樹社(1967) []
  7. 鎌田慧反骨-鈴木東民の生涯,講談社(1989) []
  8. 加藤薫.メキシコ壁画運動.現代図書(2003) []

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