山下敏明さんのあんな本、こんな本

第261回 図録は買うべし!読むべし!

`07.6月19寄稿

先ず左の記事を読んでいただきたい。この年1月25.26の日程で、市立室蘭図書館を会場にして、開かれた「胆振管内図書館協議会」での私の講演について触れたものだ。記者はこの時が初対面で以後長い付き合いとなった鈴木勝利さん。

講演の日は随分と寒い日で,,,それでも図書館以外の人達、鉄ん子文庫やら、蘭の会(だったかな)の人達も来て呉れて賑やかだった。

終わったあと、蘭の会のお母さん達と市役所入り口の真ん前にあった「みむら」でコーヒーを飲んだが、寒いのと、しゃべったあとののどのかわきでおいしかった。

この講演の第二のテーマとして、私は展覧会の図録に触れている。話変わるが、私が解せないものの一つに、展覧会を観て「図録」を買わない人がある。展覧会ではよく見かける光景だがー手帳やらメモ帳に観ながらメモしている人がいる。あれが私にはわからない。小.中学生のお小遣いのない年齢ならいざ知らず、何故図録を買わないのだろうかと言う疑問だ。じっくり観て、じっくりメモしておけば、あとで別に困らぬよ、と言うことなのだろうか、果たしてそうだろうか。今から50年も前の私の学生時代の展覧会図録と言うものは、只作品のコピーを集めたと言ってもいいもので、大体が、カラーにあらず。白黒が多かったし、それに解説なものでなくても碌と言ってもないよりましだったがーまあ余り役に立つものではなかった。

しかし今は全く違う。一言で言えば、大層役に立つのである。図録全体が充実して来た。全部カラーと言うのも沢山あるし、何よりも最新の研究成果を取り入れた、学者や学芸員達の論文がのっていること。これに加えて、末巻に付く「参考文献」が、美術愛好家には実にありがたいものが多くなっていて、つまりは、図録がそのまま必携の研究書たり得ている場合が多いのである。

となれば、小、中学生や一過性の観客ならいざ知らず、美術が好きだと自認するような人間ならば、会場でのメモで済む筈はないのであって、やはり図録を買い、家に帰って先刻、或は先日観た絵を改めて図録で観て、記憶を新たにし、解説を読んで、理解を含め、かつ又参考文献を一覧して、未知の文献を知り、出来ればそれらを買い集めて、自分の知見を増やすことが美術へのより深い知識の蓄積につながり、理解の度も増すと言うことになる筈なのである。

と言う訳で、私はずっと図録を蒐めて来た。と言っても簡単なことではない、と言うのは、欧米では、図録が書物扱いされていて、と言うことはつまり、ISBN=国際書籍番号なるものが、附されていて、と言うことは、この番号さえわかれば世界の如何なる所からでも、注文して入手出来るのであるが、如何なる訳か、日本では図録は本扱いされておらぬ。つまり、本として本屋を通して入手することは全く出来ぬ。

日本では、原則的には展覧会に行った人しか、図録は入手出来ぬ。とは言っても、今では美術館の多くに「友の会」のようなものが出来て、そこへ申し込めば入手可能だ、と言ってもこれが、前金でなければダメとか、現金封筒でなければダメとか手数のかかることおびただしい。

他には朝日新聞社や日本経済新聞社のように、FAXで或はTELで自分の所が主催したり、後援したりした展覧会の図録を売ってくれるところもある。と言う訳で、昔に比べれば一応図録を入手できる可能性はふえて来てはいる。

かくして私は図録を蒐めて来た...結果、本を読む上で、本を蒐める上で、鑑賞する上で、どれだけ役に立ったかわからぬ。各図録の優れた参考文献のリストを見てごらんなさい.自分の知見がいかにせまいものかが、はっきりと分かる...だからと言って失望することはない。ゆっくり、あせらず、知らぬ本は、今から読めばいい。知らぬ美術館は今から行ってみればいい、すべては、これ、お楽しみはこれからだ、と思えば、人生これより愉快なことはあるまいて。

ところで、私事になるが、図録を蒐めるについて、私が一番たよりとしているのは苫小牧の「おはなしオルゴール」の会の墨谷真澄さんだ.この人の美術書に関する嗅覚と検索欲は見事なもので、この人のおかげで、入手出来た図録は多い...今回あげたものも全てそうだ。

うん?何?図録を買うお金がない!って、じゃ一つGood   Idea   を。

飲んだつもりで貯金する人がいるが...月に一度でいいスピード違反はせぬが、したつもりで、警察に罰金を払ったつもりで図録を買うと言うのは如何?



 

 

 

 

 

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