山下敏明さんのあんな本、こんな本

第314回「神品」「清明上河図」複製本の展示

2011.12月寄稿

12月13日の午前中は忙しかった。朝、図書館に着くとUSB(?)から電話です、と言う。出ると「八木ですが」と名乗られて、後で分かったが、この人、USBだかのアナウンサー。その八木さんが言うには、毎日テレビ夕刊(?)を」やるのだが、これは地方紙のニュースから話題を拾うもので、ついては12月2日付け『室蘭民報』の朝刊に出た「竜とドラゴンの違いは?ー元市立図書館館長山下さんが講演、沼ノ端小学校で」を取り上げたいのでいいかーと言う。

自分の席に戻るので、と一旦切って後でゆっくりと話しをした。途中で八木さんは「山下さんは何故そんなに詳しいのですか」と、私自身もよく分からない質問をした。それはともかく、翌日又確認事項の諸処に答えてーこの結果は、12月14日の夕方、4:20から放送されると言っていたが、誰か気付いた人いるかしらん??

八木さんとの電話を切ってる間にかかって来たのは、苫小牧の「ふくろうの森の会」の世話人・墨谷さんからでー昂揚した声で墨谷山が言うには「すごいんですよ、朝日の一面見ましたか?清明上河図が来るんですよ。でも室蘭ではもうやったんですものね!!すごいですねえ!!」で私は思わず「エーッ、本当か?」と返したのだった。墨谷さんの言う朝日の一面の記事とは、下記のもの。

 

さて朝日が言う「神品」たる「清明上河図」とは何かについては、当記事の簡単な説明と、それより詳しい下記文章を読んでくれるとありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここここで書かれた「清明上河図」の復元絵巻は、昨年9月に私が台北故宮に「富春山居図」を観に行った時に購入して来たものだ。実物は余りにも細かいから台北でも大きな大きなアニメーションで見せていた。

私共私共では昨年10月にこの復元版を「ぷらっと・てついち」のメイン通路で展示した。拡大鏡持参を勧めておいたら、沢山の人が持って来たが、中には「天眼鏡持参で出来ました」などと笑わせてくれる人もいた。大好評に終わったあとのこのニュースで私は心底、いい展示をやっておいて良かったなあーと、多少は、自分の先見性(と言うと変だが)を誇らしく思った。

墨谷さんの電話の後、私はこの展覧会を取材した高橋結香記者にも電話して、復刻版とは云え、東京国立博物館に先がけてこの「神品」を逸早く、室蘭という一地方都市で公開出来たことの喜びを共にした。結香記者と語りながら私の頭に浮かんでいたことは、「モルエ中島」での展示のことで、と言うのも、過ぐる11月中旬、私達はモルエ中島A棟で第一回目の特別展をやった。出したのは黄公望の「富春山居図」、顧閎中の「韓煕載夜宴図」、それに大観の「生々流転」などだった。言うまでもなく、どれも逸品中の逸品で、おかげでモルエの駐車場が満車となる入りとなった。そこで、この1月にも引き続いて2回展はどうか?との話しが、寺島所長やら工藤さんやら、私どもの間で出て来て、1月7.8と日は決まったが、出品物は未だ考慮中だった。そこへこの朝日のニュースだ。私は今度の出品物は、再度「清明上河図」だ、と決めた。高橋記者と電話を終えた所へ、「ふくろうの会」の事務局長の田村博文さんから、「何度電話をしても話し中で」との前置きの電話が来た.田村さんと私は同じことを考えていたらしく、開口一番「今度も清明上河図でどうか」と言う。私も、「やっぱり、それだよね」と答えたのだが、今度の「清明上河図」の再度登場には途方もない“おまけ”が付く。というのは昨年9月魯迅を尋ねての修学旅行の上海行きで、私は別の清明上河図2点を買い求めてあるからだ。10月に展示したのは「本院・清明上河図」。

今度はそれに本家本元(つまり朝日で報道されたところの)張擇端の復元版と、有名な仇英の写本「清明上河図」を出す。仇英は生没年不明なれど、明の中期の大画家だ。本画と模写中の模写との定評がある2点を同時に出せるのは、復元物たる故に可能なことだ。本当に蒐めておいてよかった。今、1月7.8のポスターを「ふくろうの会」の美術担当の書家の田澤早智子さんが、鋭意作成中だ。と書いている所へ、「韓煕載夜宴図」の購入費を贈ってくれた小幡由紀子さんが、朝日の「神品」云々の切り抜きを持って来てくれて「うちにあるでしょう」と言う。ありがたい、ありがたい。皆「ふくろう文庫」を自分の物のように思ってくれている。同席の上田利子さんも同じことを言う。

 

 

 

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