`95.4月19日寄稿
文化勲章受賞者、永井荷風の春本(今風にいうとポルノ)について、古今の作品を引きながら縦横に論じた好著、矢切隆之の『なぜ「四畳半襖の下張」は名作か1 』を“まこともって同感の至り”と心地良く読み終えて寝た、翌朝3月31日のことです。
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朝刊に、今場所優勝の横綱、曙が部屋の面々と、神戸六甲小学校に行き、「義援チャンコ」を数百人の被災者に振る舞った...と言う記事が出ていました。
小学生にサインをしている曙の写真を見ながら、突飛ながら思い出したのは、「四畳半襖の下張」裁判における、作家、開高健の証言でした。
開高曰く...江戸から明治にかけて、東京の下町では女性性器のことを「チャンコ」と呼んでいた、又北海道の積丹(しゃこたん)半島のソーラン節の元歌には「鏡またいで、う(=私)がチャンコながめ、うがチャンコながめて、うが笑う」というのがある。
それが今や、うら若い御夫人方が「あったかいチャンコ鍋を食べたいわ」などと平気でいう。
つまり、開高は、言葉というものは生き物で、時代とともに、意味も意識も変わるものであって、ワイセツな言葉などというものはない、いわんや文学においておや...と論証しようとしたのでした。
たしかに明治時代であれば「チャンコ鍋」=「お○○こ鍋』となる訳で、これはけったい(=奇妙)です。
チャンコ鍋は一先づ置くとして、1972年「面白半分」なる雑誌が創刊され、小説家が編集長をつとめて、半年毎に交代する方針のもとに、初代は吉行淳之介、二代目には野坂昭如がなりました。
野坂は7月号に、文豪永井荷風作と言われる名作にして、幻の春本「四畳半襖の下張」の全文を掲載しました。
同誌は、定価¥150で6月5に発売されましたが、22日になって警視庁、保安一課は、これを「ワイセツ文書』として、摘発、全国の警察が動いて、各書店から残部を押収してしまいました。
この警視庁の処置の是非(=よしあし)をめぐって、いわゆる「四畳半襖の下張裁判」なるものが起きた訳です。
文豪、荷風が遺した名作はワイセツにあらずとする作家達、例えば五木寛之、井上ひさし、金井美恵子、石川淳、田村隆一、有吉佐和子、といった淙々(そうそう=世に知られた、すぐれた)たる人達が、続々と弁護人側の証人として登場し、学識、良識を傾けて、論駁(ろんばく=議論)しましたが、残念ながら、これは検察側の勝ちとなり、編集長、野坂と発行人、佐藤嘉尚は有罪となりました。
一件落着して、警視庁に押収されていた証拠物件たる「面白半分」が戻された時、その数が半分(だったか)に減っていたと、佐藤はボヤイています。ナンデ?警察でなくなるの???
「四畳半襖の下張裁判・全記録2 」
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同年7月26日、今度は警視庁の四谷署が、新宿にあった「模索舎」なる書店を強制捜索して、同店が販売を依頼されて、店頭に並べていた「面白半分」のゼロックスコピー本が押収され、店主が逮捕されました。
これも裁判沙汰となり、店主側は荷風研究家の夏川文章やら、拓殖光彦などを証人にしてガンバリましたが、やはり検察側の勝ちとなり、「ワイセツ文書」を売った本屋が罰されるという変わった事件となりました。これがもう一つの「四畳半襖の下張」裁判です。
さて、自らポルノ作品を書いている(残念ながら、矢切のものを私はまだ読んだことがありませんが)という矢切は、「性文学とポルノの相違は、性文学が性を通して人間を描くのに対して、ポルノは性を通して人間を色情へと煽る(あおる)ーその違いではあるまいか。」と述べます。私が思うに、これは全く正しい。
発禁のおかげで、未だに完本(=訳)を読むことが出来ぬマルキ・ド・サドやらD・H・ロレンスの作品で出は、検察側が心配するところの劣情(れつじょう)など、誰もそそられやしないのです。
そして、かく断じた矢切は、「四畳半襖の下張」を軸として、よく知られた谷崎潤一郎の「鍵」だの田村隆一訳、作者不詳の「我が秘密の生涯」などを援用しつつ、「おとなの童話」である「ポルノ」の文章持つ「喚起力」(かんきりょく)について、説きます。これもまことに正しい。
ヘア・ヌード写真集が売れ、(何でもりえママとやらのヘアヌード集も出るとか、出ないとか、)パソコン利用のCD-ROMのポルノ的ソフトが出現し...といった当今とは言え、そんなものは文章によってたつ、ポルノ小説の相手とするにたるものではないのです。
オヤオヤ、ついに、私も肩に力が入ってしまいましたが、矢切のこん本面白くて為になります。男も女も読むべし、〜!!
*つけたり①矢切の本”女からみた快楽の構造”で引用されている「性の構造3 」の書影もあげておきましょう。この対談で、私は詩人の伊藤より、ポルノ女優の黒木を断然好きになりましたが、「FRIDAY」などによると、この黒木嬢最近の生活は気の毒なものらしい、可哀想になあ。
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*つけたり②「面白半分」の方の裁判で弁護人側証人として出た帝塚山大学の国文学の先生、榊原美文氏に習って、私も当時、藤女子大、武蔵女子大、札幌学院大学etc,の女子大生に「荷風」のものを読ませてみたら、全員碌に読めなんだ。
*つけたり③「面白半分」を当時私は定期購読していて、読後に「これはあぶない」と直感し、余計に一部買いに行ったが、その直後に警察が来た...と店員が教えてくれた。だから私は2部持っている。
*つけたり④オットト!肝心の事を忘れる所だった。矢切の本には「参考資料」として「四畳半襖の下張」全文がついている。これぞ「参考資料」の名に価する。かたじけなし!!!