`94.7月1日寄稿
今年は、どういう訳か、私が長いこと関心を払って来た三つの事柄に、時代錯誤とも言える事件が、引き続いておこりました。時代錯誤とは、今どき通じないぞと言う意味です。その三つを起こった順に書きますが、最初は「ドレフュス事件」です。
① ドレフュス事件とは、1894年フランスで、アルフレッド・ドレフュス(1859-1935)ユダヤ系の砲兵大尉が、軍事気密をドイツ軍に売却した、との疑いで、非公開の軍法会議にかけられた結果、流刑と位階剥奪に処せられ、悪霊島に終身禁固になった事件を言います...
(このイカイハクダツ、肩章他をもぎとり、帯剣をひざで折ると言うもので、侮蔑も極まれリと言う感じです。)
上院議員シューレ・ケトネやピカール中佐や兄のマチュー・ドレフュスらが釈放運動を続けるかたわら、知識人を中心とする世論の大きな抗議があって、1906年、ドレフュスの無罪が確認されました。
真犯人はエステルハージ少佐と言う遊び人でした。この事件はフランス第三共和制の最大の危機でした。思い返すと、大学時代に私が一番共感して読んだ外国の作家はゾラですが、このエミールゾラが、この事件に当って、人権擁護に立上がり、「余は告発する」で始まる文章を書いて、軍部の不正をなじり、そのため、国粋主義者の攻撃を受け、身の安全を図ってイギリスに亡命したのは有名です。
さて、ドレフュス事件百年目の今年1月に、フランス陸軍資料編纂局のポールコジャック大佐なる男が、軍の広報紙「SIRPA」に暗にドレフュスの無実を疑問視する論文を発表した、と言うのですから,「今更」何を?というものです。
レオタール国防相は、これを重視して直ちに、大佐を更迭(こうてつ=役職を帰る)処分にしたそうですが、当然の処置でしょう。
かつてユダヤ人憎悪に凝り固まった愛国主義者たちが、軍の処置を善しとして、結局、フランスの国論を二分する程の無益な政治闘争を生み出した愚かさに学んでいない人間がまだいる訳で、やはり驚かざるを得ません。「ドレフュス事件とゾラ1 」
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こういう愚を犯さないために、例えば稲葉の本などが読まれるべきでしょう。この本ひょっとして絶版かも知れぬので、次のを予備にあげておきます。
イ P・ミケル「ドレフュス事件2 」白水社`90刊
ロ A・ドレフュス「ドレフュス獄中記」中央大学出版部`79刊
ハ 大佛次郎 「ドレフュス事件、詩人、地霊〉朝日新聞社
② さて、二番目は、「ドイツ国家民主党(NPD)」を初めとするネオ・ナチ派が、ヒトラーのナチによるユダヤ人の大量虐殺やアウシュビッツなどの強制収容所におけるガス室などは”デッチアゲ”だとするデマ宣伝を行って来たことに始まります。これに対してドイツ連邦会議は、5月20日全会一致で刑法改正案を可決しました。つまり、今後、この種のデマ宣伝は違法として罰せられることになったのです。
オランダでもナチスのユダヤ人虐殺を否定するパンフレットの配布が禁じられました。
ブラジル政府も,カギ十字章などのシンボル品の製造使用に対して5年の禁固刑をもって望むと決めました。
又スペインでは最近ヒトラーの右腕の一人、オットー・レーマ(81才)の亡命拒否しました。こうした国際情勢の折も折り、自民党都連幹部が、選挙戦略を説いた本の中で,ヒトラーとナチズムを讚美する文書を書いて,国内外の批判を受け絶版回収した事件が起きましたが、これ又、今頃何をかんがえているのか、と呆れる他ありません。
「アウシュビッツの嘘」を主張する人々は,ヴィクトール.E.フランクルの本を読んだことがあるのでしょうか。(やはり最初から読まない,読む気はないんでしょうねえ)
「夜と霧3 」
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③ さて,最後は我が国でやはり5月のことです。
例の永野法相の「私は南京事件というのはあれ、でっちあげだと思う。私はあの直後に南京に行っている、云々の発言です。殺された中国人の数についての論議はともかくとして、日中15年戦争での「南京事件〉そのものは,否定することができないのが歴史の常識です。おまけに永野は事件当日立った14歳で、そんな子供が,何用あって,直後に南京に行くのか,或い行けるのか?と指摘されて,これを取り消すというお粗末付です。
この手の人間を北海道弁で「まんぱこき」と言います。嘘つきのことです。(もっとも,万八とは万の中で真なのは僅かに八個ということで、千三(せんみつ=真実なのは千のうち僅か三つ)と同じくうそつき、ほらふきにことですから、あながち方言と言う訳ではないかもしれません。)
方言論はともかく,こう言う手合い(てあい)にまどわされぬためにも、例えば洞(ほら)本なぞは読んでおくべきものでしょう。「南京大虐殺 4 」
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永野発言に対して「閣僚の,この種の失言続きは,国益を損じるので,新閣僚のために専門家を呼んで勉強会を開く方を考えたらどうか」(全く同感)と痛烈に評した秦郁彦の「南京事件 5 」(中央公論社.`86)も必読のものと思います。
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*本年度の「日本エッセスト.クラブ賞」に輝いた岸恵子の「ベラルーシの林檎6 」(朝日新聞社`93刊)にもドレフェス事件のことが出て来ます。
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岸が靴屋で「差別」的待遇を受けたことが機になって,同行していたニコール・Bなる女性が,アルフレッド.ドレフェスの孫であると判明します。「こんなに温かい手で抱きしめてくれるやさしいおじいさん」のアルフレッドを幼かったニコールがどう感じていたか....心をえぐられるような話しは...自分で読んでく下さい。全編優しさと勇気と洞察力に満ちたいい本です。