第055回 焚火の本

`94.7月15日寄稿

私が住んでいる所は、「白鳥台」と言う名の高台にある町です。この台地からは眼下に室蘭港が、海原はるか向こうには,函館の駒ヶ岳が見えます。この港を通称「白鳥湾」と言います。昔は白鳥が沢山いたからです。町の名もこれから来たものです。風光絶佳の所ですが,風が強いのが玉に瑕(きず)です。なにしろ,湾内の一角に或る日本石油の大煙突から出る白い太い煙が、ゆらーと立ち昇る、なんていううららかな図は,滅多に見ることが出来ません。大抵は,煙が出た所で直角に曲がります。季節風に応じて,東か西かに吹き曲がりますから,いっそ,季節煙とでも名付けたいほどのものです。

こういう所ですから、焚火をするのは中々難しいのです。春、夏、秋と私も人並みに庭仕事をします。その結果、出てくる枯れ枝、雑草の類を台所の裏手の空き地で燃やします。

その空き地からは内浦湾(=噴火湾)と呼ばれる海と,蝦夷(えぞ)富士と呼ばれる羊蹄山(ようていざん)洞爺湖の近くの,活火山である有珠(うす)山と昭和新山が見えます。

この優れた景色を背景に、おだやかな風の中で焚火をするのなら絵になりますが、これが先刻述べた通りの風ですから、風速、風向その他を見極めて火をつけるのも、まことに気骨が折れることです。

それはともかく,或る夏のこと,モミの落葉を積んで焚火の折、サツマイモ、ジャガイモを灰の中に入れました。頃合いを見はからって、周囲で遊んでいた近所の子ども達4.5人に御馳走しました。皆「おいしい〜」とたべたあと、もっと食べたいと言うことになり,各自家に戻って芋をもって来ましたが,一番年嵩(としかさ)の子がパッッケージされたイカを手に戻って来ました。

妙なものをもって来たな、と思いつつ,私も乗ってしまって,家からアルミホイルを持ち出して,イカを包み燠(おき)に投げ込みました。ややあって、あたりにイカの香ばしい匂いが漂って、まるで祭りの屋台の前に立っている様ないい気持ちでした。私は食べませんでしたがイカを割いて食べている子ども達の満足気だったこと。

ところが、空き地の角の家の奥さんが玄関先に現れて,大声で「○○○、イカ知らない?」と叫びました。「ヤヤヤ!!」子だも達が答えて「今食べた」すると母親の声は急にとんがらかって「何やってるの!!それ今晩のおかずでしょ!!」「ヤヤヤ!!」イカは既に子供達の腹中に消えて、今更イカン(如何)ともしがたいのです。

この事態をイカニ(如何に)切り抜けるか、いやこれは参りました。とんで帰った少年の身の上は,その後イカガ(如何)相成ったか?、イカン(遺憾)ながら私は知りません。

さて、ここに、その名も「国際焚火学会」という大層立派なしかし、絶えて聞かざる名の会による「焚火の時間1」と題する本が出ました。

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表紙をめくると,炎のような真紅の紙ごしに。チョロ〜と火の手をあげ始めている焚火が見えます。和田誠による「焚火学会」のシンボルマークです。

これを見ただけで,好奇心の炎が己の胸中にメラ〜と燃え上がるのを感じます。この装置一つでもう、この本「凡」ではありません。

第1章は「国際焚火学会」の高らかなる宣言(マニフェスト)です。

第2章は「焚火のはなし」で19人のタキビイストが、各々焚火への愛を告白し,焚火についての蘊蓄を(うんちく=深くたくわえた学問や知識)を傾けています。その語り口は、素直なの,気取ったの、センチなの,理論派の、とあって、いや面白い面白い。

焚火本来の面白さに,語る人間の個々の面白さが加わりますから,余計面白い。期せずして,焚火学=人間学の本になっています。

第3章は3つの文章を並べた「焚火学小論」で、その3つ目が私の嫌いなジャック・ロンドンの小品「焚火2 」です。

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急いで付け加えますが、「白い牙」や「荒野の叫び声」の作家ジャック・ロンドンが嫌なのではなく、この「焚火」が嫌なのです。何故かと言うと,学生時代にこの作品を読んで,余りの恐ろしさに震えあがったからです。だから再読したことはありません。こう書いても指がかじかむ思いです。

巻末には、ありがたいことに「焚火への誘い本47選」がついています。私は「そうだ」「成る程」とうなづきつつチェックしていきましたが、「怪し火、ばかされ探訪」なる本は知りませんでした。

何やら面白げなこの本を,学会員諸氏は,既に読んでいたのかと思うと,何だか恨めしくなって,心の中に「瞋恚(しんい)の炎」(=ほのおの燃え立つような激しい恨み)が燃え上がるのを覚えます。まさか!大げさな!冗談冗談!!

しかし、まあ、喜びも,憎しみも,恨みも,心の中の「焚火」みたいなもんですね。

ところで、私はこの47選に不満があります...と言っては角が立ちますから,47選の選者にお願いがあります。それは48選として、あと1冊、ブレーズ・サンドラの文章に,マーシャ・ブラウンが画をつけた「影ぼっこ3 」(1983年度コールデコット賞受賞作品)を加えてほしいのです。

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言わずもがなを承知で言えば....ブレーズ・サンドラールは1887年フランス生まれの片腕(外人部隊で被弾、右腕を失った)の冒険家にして前衛詩人、

マーシャル・ブラウンは1918年アメリカ生まれの名うての絵本作家です。そして,この本はマーシャルが,サンドラールの詩の魅力にとりつかれて作ったものです。

この「影ぼっこ」の主役は確かに題名通り「影」であって,「焚火」ではありません。

しかし、その「影ぼっこ」が「夜になると焚火のそばにあらわれて、踊り手たちに調子をあわせ〜」とんると、やっぱり焚火も立派な、それこそ影の立役者です。そうとわかれば、この素晴らしい絵本1冊を、焚火本のリストに加えることに「焚火学会」の皆さんも賛成してくれるんじゃないかしらん。

*室蘭はここ.4日も5日も雨続き...焚火どころではありません。しかし、焚火の達人は雨の中でも火をつけるのだそうです。ー脱帽ー

 

  1. 国際焚火学会.焚火の時間,コスモヒルズ (1994) []
  2. ジャック・ロンドン.焚火.ポプラ社 (2010) []
  3. ブレーズ・サンドラ.影ぼっこ.ほるぷ出版 (1983) []

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